そうして
介入するのはよろしくないと思っていた。
草むらに身を潜め、俺は様子を伺う。
巨大な体躯を持つサベージウルフと、腰を抜かしたドライアドの姿が見える。周辺に散らばる破片は、おそらくドライアドの死体だろう。
この森にも食物連鎖がある。
どのモンスターも、モンスターを食べて生きている。
だからこそ、そのようないざこざに手を出すべきではないのではないかと、思っていた。
「なんでサベージウルフがあたしたちを襲うのよぉ……」
そんな言葉が聞こえるまでは。
書物を思い出せ。
サベージウルフは肉を好んで食べる。討伐に生肉を使用することを推奨される程に。
対するドライアドは木の精霊の一種だ。モンスターであるが、それぞれが樹木と同一。
肉を好むサベージウルフが、樹木を食べなければならない程に逼迫している。
これは、おかしなことだ。
まぁ、それもあるのだけど。
「いくらモンスターと言っても、泣いている奴を見殺せんよ」
ドライアドは目尻に涙を溜め、しかし、覚悟を決めていた。さすが、モンスターとしてこの森で生きているだけのことはある。
だけど。
「シッ」
手の中に握り込んだ礫は三つ。
音もなく振りかぶる。投擲。
二つが外れ、一つがサベージウルフの鼻先に命中した。
『ギャンッ!?』
悲鳴を上げたサベージウルフを目にし、俺は飛び出した。
ドライアドを背中に庇い、手作りの剣を振り翳す。
「間に合ったな」
呟くように言った。
……これじゃね? これ、騎士っぽくね? 目指すべきカッコいい騎士ってこう言うのじゃね? モンスターからモンスターを護ってるのはよくわからんけど、これこそ俺のなりたい姿だったんじゃねぇの!?
「キ、キャァァァァアッ!?」
悲鳴を上げられた。
まじかよ。俺的にめちゃくちゃカッコよかった筈なのに。
……いや、まぁ装備は山賊みたいなもんだけどさ。
「しかし……」
どうするべきか。
一旦は怯ませたものの、既にサベージウルフはこちらを睨んでいる。喉を鳴らしながら、ふんふんと鼻先を動かしている。
『グルルル……』
そして、背を向けた。
「えっ、なんで?」
疑問に答えてくれるものはなく、ただ声だけが響くのみ。
いや、そっか。
自分の姿を見下ろして、自己解決した。なるほど、俺の身体を覆っている毛皮のせいかもしれない。あいつは同族の毛皮を纏う俺を見て、自分より強いのだと錯覚したのだろう。
「ま、それはそれで都合が良い」
もしかしたら違うのかもしれない。
だが、引いてくれたのは間違いじゃない。
「ええと、それで……大丈夫だったか?」
「…………」
返事がない。気絶しているようだ。
「やれやれ……こいつ、モンスターなんだよな……?」
『キュルッ』
ララが、ガサガサと草むらを掻き分けて姿を現した。俺を見つけると、とてとてと歩いてきて、その小さな手でぽかぽかと俺の太もも辺りを殴る。
当然、ダメージはない。
「怒るなって。流石の俺も、ララを抱えたままでサベージウルフとは戦えないって」
『キュル』
ふん、と頬を膨らませて、そっぽを向かれた。
思わず苦笑いが口から漏れる。
「しかし、おかしいよなぁ、やっぱり」
食べ散らかされたドライアドたちの身体は、少しづつ樹木へと変貌していく。肉食獣たるサベージウルフが、木々を食わなければならない理由は、ない。
そして、ララたちの群れを襲ったのも、同様の違和感がある。
植物系のモンスターさえも襲わざるを得ない理由が、何かあるのだろうか。
わからない。
そして、わからないままでは安心して生きることも出来ない。
「……ぅ」
そうやって思考を巡らせているうちに、近くで呻き声がした。見れば、ドライアドの生き残りの目が覚めたようだ。
ゆっくりと瞼を開ける。
ぱちぱちと瞬きを繰り返した後に、俺の姿を捉え、同時にぎょっと目を見開いた。
「な、なによぅ……人間じゃない! あー、怖がって損した! もうなによなによ! 今日は厄日じゃないの!」
「よかった、元気そうだ」
「よくないわよ! なにもよくない! なんだってのよ! なんでサベージウルフがあたしらを襲いに来るのよ!」
目に涙を溜め、ドライアドたちの死体だったものに手を向ける。すでに死体はなく、折れた枝や、砕けた木片が散らばるのみ。
「あたしら、平和にしてたのに! ここには天敵もいないからのんびりしてたのに! どうしてよ……! どう、して……」
膝から崩れ落ちる。涙が溢れ、俯いたまま顔を上げない。
かける言葉が見つからない。
『キュルルル……』
そんなドライアドの元へ、ララが歩いて行き、そっとその頭を撫でた。
「あによぉ……あんた……あんた、なに?」
『キュルルルル』
「マンドラゴラ……? うそ、だって、あんたらの種族はもっと、萎びた感じじゃ……」
『キュル!』
「へぇ、この人間の……」
言葉がわかるらしい。
俺にはどう聞いても同じにしか聞こえないけれど。
「なぁ、少し、いいかな?」
「なに?」
「教えて欲しいことがあるんだ」
ドライアドは俺の目を見つめ、ふっと笑った。
「いいわ、あたしに答えられることなら教えたげる」
そう言って、ようやく少しばかりの笑顔を見せた。
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