どうにもならなくて
「あ、おいっ」
咄嗟に抱き抱えていたマンドラゴラが、俺の手を飛び出して、洞窟の入り口に向かって動き出した。
小さな手足を動かして前進する様子は可愛らしくもある。だがしかし、今の状況でそれは悪手であることは誰の目から見ても明らかだ。
けれど俺の手は届かない。
伸ばす前にてとてととサベージウルフの前に立ち塞がる。
「なにしてんだ……あいつ」
俺は息を潜めて様子を見る。
今の俺の状況で戦おうと思う程、俺は馬鹿じゃない。
まだ完全に回復していない上に、武器もない。だから俺は正しい。ここで戦うことに意味はない。絶対にそうだ。なのにどうしてあいつはサベージウルフに向かっていくのだろう。
「俺を逃がす為……いや、そんなことはないか」
なら、どうして、と考えた所で、洞窟の入り口から叫び声が聞こえた。
マンドラゴラの悲鳴。
甲高い、金切り音のようなそれは、遠く恐らく効果範囲外にいた俺の耳にさえ、届いた。
間近にいたサベージウルフは一溜まりもない。
――――そう、思った。
殆ど同時に、サベージウルフの咆哮が、悲鳴をかき消した。
びくり、とマンドラゴラが硬直し、次の瞬間にはその体は弾け飛び、洞窟の中に半身が飛ばされてくる。
幸か不幸か、俺のいた岩陰の側でべしゃりと音を立てる。
上半身だけになったマンドラゴラはジタバタと手を動かす。
けれど、その目は死んでいない。
そいつは、まだサベージウルフに立ち向かう気でいたのだ。
「なんで……そこまでして」
そうして、一つの結論に思い至る。
マンドラゴラの体に刻まれた無数の傷。群れで生息する筈のモンスターが、こんな場所に一匹だけ。
そして、この必死さ。
行動が、俺の考えた通りなら。
「お前、あいつに仲間を喰われたのか?」
ぽつり、と呟いた言葉に、マンドラゴラは反応し、じっとこちらの顔を見つめた。
「……だめで元々だ」
所詮、早いか遅いかの違いでしかない。
どちらにせよ、遅かれ早かれ俺は死ぬ。
でも、試せることがあるのに死ぬのはごめんだ。
「『成長促進』
俺はマンドラゴラに対してスキルを発動する。
一種の賭けだ。
モンスターに効くかどうかはしらない。
でも、俺とマンドラゴラの目的は一致している。
すなわち、あいつをどうにかしなければどちらも死ぬ。
それは、嫌だ。
『グラァ!」
スキルの発動を感知したのだろう。サベージウルフがこちらに対し、警戒を抱く。
俺は落ちていた石を握り締める。
震え出したマンドラゴラを尻目に、俺はサベージウルフに投石する。
咄嗟に避けて、しかし、こちらを油断なく見つめている。
あぁ、逃げ出したいなぁ。死にたくない。
だけど、勝たなければ生き残れない。
「さぁ、来いよ。俺が相手だ」
鋭く尖った石を片手に、俺は岩陰から飛び出した。
奇襲。
すなわち意識外からの攻撃。
敵は俺を認知していたが、どう攻勢に出るかはわからない。だからこその奇襲。そもそも、俺は騎士となるべく修行を積んだ。騎士とは重厚な鎧に身を包み、剣と盾を装備し、国の為に戦うもの。ならばこそ、その真価は鎧と武器があってのもの。
俺が騎士として戦える道理はない。
俺にあるのは、寝間着と先端の尖った石だけ。
だからこそ、意識の外から素早く間合いを詰め、頭部を叩き潰す他にない。
出来なければ死ぬ。
反撃してこない。もしくは武器がないとサベージウルフが思っている間の勝負だ。
一瞬でいい。
驚かせればそれでいい。
「——―っシッ!」
気合いと共に俺は片手に握り込んだ礫を投げつける。
たとえ警戒していたとしても、来る筈のない礫が眼前に迫れば、それが何であろうと目を瞑るか、回避行動を取るか、防御を行う。
サベージウルフは目を瞑り、防御姿勢を取った。
——―それでいい。
既に俺は、奴の近くまで走っている。
自分の投げた礫に迫る速度で走れるのは、騎士の修行の賜物だろう。最も、一番重要な意味を果たせていないが。
「おおおおおおらぁ!!」
俺は裂帛の気合いと共に、掲げた石を奴の頭頂部に向けて振り下ろした。
ぐちゅり、と柔らかな感触。
サベージウルフは頭頂部を潰されまいと首を捻り、その片目を犠牲に、回避したのだ。
なんて奴。
その瞬間、俺の敗北が決定した。
『ガルルルルゥ』
片目から血を流しながら、サベージウルフは俺を睨みつける。激昂しているのは火を見るより明らかだ。
次の刹那、奴は俺の喉元を喰い千切り、その肉を喰らうだろう。
だがしかし、最後まで抵抗する。
万が一でも可能性があるのなら、それを手繰り寄せるよう努力しよう。
『ガアッ!』
サベージウルフが地面を蹴る。
その速度は目で追えない程に速い。
一拍息を吸った時にはもう目の前で、俺の喉元に向けて牙を剥いていた。
組み敷かれる! と思った時には俺は地面に倒れ、サベージウルフの両顎を押さえつける他になかった。
汗が垂れる。
絶体絶命だ。
俺がどんなに力を込めようと、顎を閉じる力には敵わない。徐々に閉じていく両顎を、俺は絶望感と共に見つめ続けた。
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