血が止まらなくて
「はぁ……はぁ……」
命からがら逃げだして、崖下に出来た小さな洞窟に身を隠していた。
血が止まらない。
「――っ」
来ていた寝間着のシャツを破り、腕を締め上げる。
それでも傷は塞がらないし、失った血液は戻らない。
このままだと、死んでしまうのは誰の目にも見て明らかだ。
死にたく、ないのに。
「見つけたのは薬草が一枚きりの草……俺……死ぬのかな……?」
浅い洞窟の奥の、硬い地盤を貫いて生えた、小さな薬草。
それだけだ。
植物の生命力には感服するが、生憎とそれだけでは足りない。
俺はその場に寝転がる。
思えば大したことのない人生だった。
騎士の家系に産まれて、騎士になることだけを目標に生きてきた。それだけが俺の生き甲斐だった。それなのに、それすらも失くしてしまった。
俺はいったい、何のために生きていたのだろうか。
「手に入れたのはこの『畑』のスキルだけ……」
神様は俺のことが嫌いなんだろう。
騎士になりたかったのに……与えられたのはこれだけ……。
しかも、今使えるスキルは植物にしか効果がなくて……。
「待てよ……」
目の前にあるのはなんだ?
薬草……植物だ。
「一か八か……はぁ……それしかねぇよなぁ」
命の危機だ……試せるものは試すしかない。
どの道、このままだと死ぬのは間違いがないのだから。
「『成長促進』」
俺は薬草に対し、『成長促進』を使う。
掌から魔力が流れ出て、薬草へと注がれる。
すると、硬い地面を突き破って、隙間から幾本もの薬草が芽を出す。
小さな芽はみるみる内に成長し、葉をつけた。
「……ふぅ」
薬草を傷口に張り付け、破いたシャツを再度巻き付ける。
痺れは未だに残るが、痛みは大分マシになった……いや、もしかしたら痛覚が麻痺しているだけかもしれないのだけど。
改めて、洞窟の入り口に目を向ける。
光が飛び込んでくる先は、やはり魔獣の森。
このままここでじっとしている訳にもいかない。
一息つくまで意識していなかったが、ここまで血液を落としてきたのだ。モンスターがその臭いに釣られてやってきてもおかしくはない。
「さっさと移動するしかない……か」
けれど体力は失ったままだ。しかし動かなければならない。移動ができないのだとしても、せめて火を焚かなければならない。
そうしなければ、俺の命はすぐにでも失われてしまうだろう。
命の危機が続く状況にため息が出る。
けれど嘆いてばかりじゃいられない。
「悪いな、お仲間さんを使っただけじゃなくて、愚痴まで聞かせて」
さっきまでは気付かなかったが、薬草のすぐ近くに小さな草が生えていた。
図鑑でも見たことのない種類の草なので、おそらく冒険の役に立つものではないのだろう。
こんな洞窟に生えていた二種類の内、一種類を俺が使ってしまった。
少しだけ申し訳なさが芽生えるのは、俺が植物に関連するスキルを手に入れたからだろうか。
「じゃあな、お前も頑張れよ」
岩盤を突き破る程の草だ。きっと逞しく生きてくれるだろう、と俺は動物を撫でるように、その草の天辺の若葉を撫でた。
すると突然、若葉がまるで生き物のように震え、地面がひび割れ、何かが這い出ようとしていた。
ずるり、と岩盤から顔を出したのは、人の顔のような空洞を持つ、どこかニャンジンという作物に似ているモンスター。
オレンジ色の体にぽっかりと空いた空洞のような目と口を持ち、人の体のような手足を持つ、悲鳴を聞いたものは死に至るという恐怖のモンスター。
「な……これ、マンドラゴラか!」
俺は咄嗟に耳を塞ぐ、地面から抜かれたマンドラゴラは悲鳴を上げる。その程度の知識はあった。
しかし、いつまで経っても、マンドラゴラは悲鳴を上げなかった。キョロキョロと辺りを見回し、不安そうに震えている。
俺はそっと耳から手を外した。
今更そんなトラップはないだろうと判断した。
「なんだ……? お前」
『キュルルルル……』
「なにを、訴えてるんだ?」
『キュル……』
マンドラゴラは俺の影に隠れるように身を縮め、鳴き声をあげている。
「寂しかった……とか?」
こんな洞窟だ。
モンスターといえど、たった一匹で住むには広過ぎる。
ましてやこんな小さな体だ。その寂しさは計り知れない。
「一匹だけ……仲間は?」
『キュル……』
ふるふるとマンドラゴラは体全体を振った。
「そっか、俺も一人なんだよ」
その姿にどこか親近感が湧いた。
よく見れば、マンドラゴラの体には細かい無数の傷がついている。何かしら、群れから追放されるようなことがあったのか、わからない。
でも、どこか親近感が湧いた。
そっと頭を撫でようとすると、マンドラゴラの目がキュッと威嚇するように釣り上がった。
しかし、それは俺を見ていないように思え、視線の先を辿る。
マンドラゴラは洞窟の外に向けて、キュルルルと唸り声を上げる。
そこには——
「サベージウルフっ!」
俺をつけて来たのだろう。地面に鼻先を擦り、ふんふんと鼻を鳴らしながら、洞窟の方へ近づいて来る。
「拙い」
俺は咄嗟に岩陰に身を潜める。
焼石に水なのはわかっている。
前にも後ろにも進めない。どちらにせよ、俺の死は定まっているかのように思えた。
一歩、また一歩と近づく死に、俺は息を殺した。
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