目が覚めて
「……っ!」
頬を伝う水滴と土の匂いに意識が覚醒する。
同時に身体が、濡れた葉に包まれているのに気が付いた。
「——ッ!?」
ばっと身体を起こし、視線を彷徨わせる。
木々の乱立し、そこかしこでモンスターの蠢くのが感じ取れる。ぞっと、背筋が凍った。
捻じ曲がった樹木の枝葉は、明らかに尋常なものではない。
魔力を含んだ肥沃な大地から栄養を吸い上げた、魔の樹木。
その実は魔力を豊富に含み、モンスターを呼び寄せるという。
家にあった本に、そう書いてあった。
「魔獣の森……!? どうして!?」
頭が混乱する。
訳がわからない。
だって昨日は普通にベッドに横になって、いつものより早くに就寝した筈だ。
確か夕飯の後、急に眠くなって……。
「チッ……そういう事かよ」
そこまで思い至ってわかった。わかってしまった。
同時に被っていた、畏まった自分を取り払う。
あの、俺を見ていない父様の態度。
つまりそれは。
「ははっ、マジかよ。子供にそこまでするか?」
いや、もう子供ではない。だから、父様の言わんとすることはわかる。
つまり『お前は我が家系に相応しくない。だからここで死ね』ということだ。
自分の手を汚さずに、魔獣の森のモンスターに始末させようってことだろう。
「くそ……」
思わず悪態が口から出る。
けど、ずっとそうしている訳にもいかなかった。
何故ならここは魔獣の森。
聖都・クルスハーツ郊外にある、管理外区。自らの手でどうにかできる範疇を逸脱したモンスターの住む森。クルスハーツの騎士団が監視し、モンスターが外部に出てこないように、また人が入り込まないように常に見張っている。
必要ならモンスターの討伐も行うが、それも森に入ってまでやることではない。
つまりそれは、誰かの助けを期待することもできないということ。
「……俺に土地勘はない。ここから出る方向さえも分からない……ははっ、詰みだな、これは」
だけど。
それは、癪だった。
「勝手に期待して、思い通りにならなけりゃこうか」
良い子ではあったと思う。
けれど期待していたものではなかった。
わかる。
俺も、そうだ。
騎士になるとばかり思っていたのに、手に入れたのは『畑』という農民のスキル。
「……考えたって仕方ない……」
こんな所で。
こんな人生で終わっていい筈がない。
ここから、生き延びて、俺は俺の幸せを掴むんだ。
「まずは状況の整理と使える力の確認だ」
服装は寝間着。
防御力はないに等しい。
武器はない。
使える力は『畑』のスキル。
「……『畑』、これは……なにができるんだ?」
脳裏に浮かぶのは『畑』のツリーに並ぶ文字列。『成長促進』……それ以外は、まだ見えない。
『畑』を極めて行けばわかるのかもしれない。
『成長促進』に意識を向けると、頭の中に言葉が浮かぶ。
『成長促進』
……植物の成長を助ける。
作物の早期収穫に役立つ。
また、痩せた土地であっても強制的に実らせることができるがすぐに枯れる。
「……無理かも」
言葉が口から漏れた。
絶望が足元から這い上がってきて、俺を引きずり落とそうとしてくる。
『グルルルル……』
背後から唸り声。
聞こえたのは偶然だった。
けれど気付いたのが遅かった。
俺が振り向くよりも早く、唸り声の主は俺に飛び掛かってきた。
「――っ! サベージウルフ!?」
屈強な四肢を持つ、青色の猛獣が俺の目の前にいた。
牙を剥き出しにし、瞬時に俺に飛び掛かる。
「ッがぁあああああああああああああああああああああああッ――!?」
咄嗟に腕を防御に差し出し、そこにサベージウルフの鋭い牙が食い込んだ。
激痛と痺れが脳内を支配する。めきめきと腕が軋む音が、やけに耳に大きい。
だくだくと血が流れ、視界が明滅する。
逃げなきゃいけない。
痛い。
いたい。
「――っこ、の!」
引き剥がそうと片手で顎を掴むが、意味がない。
力が足りない。
自分一人じゃ、剥がせない。
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
なにか、なにか、なにか。
なにか、できないのか?
さっき、死にたくないと思ったばかりだ。
なのに、こんな所で。
こんな人生のままで。
死にたくない。
「――――ッ!」
考えろ、考えろ、考えろ!
俺に、今、できることは――
『成長促進』だ、け。
「――ッ、一か八か! 『成長促進』!!」
俺は地面に向けてそのスキルを発動する。
掌から自分の中の生命力……魔力が地面に向けて放たれ、吸い込まれていく。
その間も俺の腕は牙が食い込み、今にも食い千切られそうだし、ぼたぼたと生暖かな血が降って来る。
けれど、それが思考を冷ましてくれる。
ああ、死ぬんだな、ということが、俺の頭を冷やしてくれる。
地面が振動し、めきめきと何かが軋む音がする。
『ッ!?』
食いついたサベージウルフが異変に気付くがもう遅い。
「うぉ!?」
ドンッ! と激しい音と共に地面がひび割れる。
地面から急激に成長した樹木が伸びて、サベージウルフの身体を押し上げた。
『ギャンッ!?』
サベージウルフが悲鳴と共に、顎を開いた。
その瞬間に、俺は腕を引き抜く。
周辺から伸びた木々が、俺を避けるようにしてサベージウルフの身体を天高くに押し上げる。サベージウルフは枝に埋もれ、四肢をバタつかせるのが見えた。
そして、その瞳は俺をはっきりと見据えていた。
「に、逃げなきゃ……」
俺は未だに血を流す腕を抱えて、その場から逃げ出した。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!