約束して
素振りをすると、迷いが消え行くし、頭もすっきりする。
幼い頃からの日課だが、どうにも欠かすことができない。
上段に張り上げ、振り下ろす。
単純な動作を繰り返す。
日が昇ると、薄暗かった森にも多少の光は降る。枝葉の隙間から漏れた木漏れ日は、長閑な山村を彷彿とさせる。
俺は早起きして、スキルツリーの確認に励んでいた。と、いうのも、昨日ドライアドを助けた事で、新たなスキルが発現していたのだ。
その名も『農耕』
『農耕』……あらゆる農耕具をうまく扱えるようになる。
「相変わらず戦闘向きじゃないでやんの」
そんな訳で、朝の日課を終えた俺は、工作に勤しんでいるのだった。
畑を作るのに必要な道具は、勉強したことがある。民草を守護する騎士なればこそ、護るべき民の仕事を知らなければならないのだから。
クワ……そうだ。土を耕すにはそれが必要だ。
俺は記憶の彼方から、形を思い浮かべ、それに必要なものを拾ってくる。平らな石と、棒。それらを縛り付ける蔦だ。
人間は大昔、このような原始的な道具を用いて生活していたという。それに倣う事になろうとは。
「クソ親父が知ったら笑うかな」
笑うだろうな。
「なにしてるの?」
『キュル……』
ドライアドと、その後に次いで瞼を擦りながら、ララが歩いてくる。緑色の手に引かれて歩く姿は、さながら姉妹だろうか。
「っ」
改めて見ると、ドライアドは美少女の姿をしている。人間を誘惑し、捕らえるモンスターなのだから当然なのだけど。
が、しかし。
目に映るのは銀の髪の毛に、緑色の体色。赤い瞳の瞳孔は、まるで獣のように縦長だ。起伏の少ない体を、蔦を巻くことで覆い隠している。
が、しかし。
ほぼ全裸と変わらないのだ。
服を着ろ服を。まともな服を着ていない俺が言うのもなんだけど。
ドライアドは小首を傾げると不思議そうに。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない。お前の格好は、朝から目に毒だ」
「?」
と、自分の体を見下ろすと、顔を上げ、にんまりとした笑みを浮かべた。
「へぇー、あんた、人間なのにそんなこと気にするんだ」
「気にするに決まってんだろ!? なんだよその格好は!」
「ドライアドといったらこの装束に決まってるじゃない」
「……」
とんでもない装束だな。
「そーなんだぁ、モンスターに興奮する変態さんなんだね」
「うるせぇ。そんな服で出歩いてるやつなんて、街にはいねぇんだよ」
「……否定はしないんだ」
「……勝てない気がしてきた」
とてとてとララが歩いてきて、項垂れている俺に、精一杯の背伸びで手を伸ばす。
「よかった……まだ味方はいた」
『キュル!』
「ほら、ダメよ。そんな人に近づいちゃ」
『キュル?』
唯一の味方が連れて行かれてしまった。
「と、いうか、お前が服を着りゃ解決するんだよ」
「お前じゃない」
「じゃあ俺もあんたじゃねぇな」
「むっ……」
そういえば、俺はララと名付けたけど、ララも俺の名前を知らなかった筈だ。
これは失態だ。騎士を目指した人間が、名乗ることを忘れるだなんて。
俺は二匹のモンスターに向き直る。
「俺はアスタだ。苗字はあったけど、追い出されたんならないようなもんだろ。だから、ただのアスタ」
「あたしはドライアドのリア」
『キュル!』
俺たちは握手を交わした。
「こんな風に、他の人たちとも仲良くなれたらさ。街へ行こうぜ。そしたら服でもなんでも買ってやるよ」
「それは……まぁ、楽しみにしておくわ」
伏し目がちに呟くように、リアは言う。
何事か呟いたように口が動くが、聞こえない。
追求はしない。してはならない気がした。
◆
「できる訳ないじゃない」
あたしは聞こえないように呟いた。それは夢物語の話だ。あたしが何人殺したと思っているのだろう。あたしが、何の為にあんたに着いてきたのか、わからないのでしょう。
あたしはただ、利用する為にここにいる。
あんたは頼りない。けど、間違いなく強い。
今の森は異常だ。
仲間をやられた今、新しい仲間が産まれるのなんて待ってられない。
ドライアドはトレントの樹から産まれる。
あたしたちは死んでも、種となり復活する。
けど、復活したあたしは、このあたしじゃない。
そんなのは嫌、考えられない。
だから利用する。
あたしが生き残る為に。
ただ、その夢物語の理想論は嫌いじゃない。
握手を交わした手のひらが熱を持っているように思えた。
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