森の奥に向かって
枝葉を斬り払いながら、進む。
幸いにもサベージウルフの牙は鋭く、邪魔な枝を簡単に斬ることができた。鋸のように縛り付けた牙で斬るのに、コツがいるが、それはもう慣れた。
後は、進むだけだ。
ララのいない背中は少し寂しいが仕方がない。
ドライアドに預けてきたのだ。
森の奥で発生したなにかの調査にあの子は必要ない。
護られるべき彼女を、わざわざ危険かもしれない場所に連れて行く必要はないのだ。
「……本当にあってるのか、このままで」
疑問はある。
だが、ひた走るしかない。
帰り道は、俺の走ってきた道を逆走すればいいのだから。
「安請け合いだったかな……」
だとしても、受ける他ない。
まるで呪いみたいだ、と思った。
騎士となる呪い。騎士になるしかなかった生まれの呪い。
だとしても、俺にはそれしかないのだから。
日が傾き、薄暗さが増した時、俺はそれを発見した。
「なんだ……? あれ」
それは人影のように見えた。
山賊かなにかか、と思った。けれど違う。
夕焼けの差し込む木々の間に、一人。こんな所に、人影。いや……あれは人なのだろうか。
ふらふらとしていて足取りは定まらない。ゆらゆらと動いていて、捉えどころのない動き。目的もなく、ただ歩いているような。
同時に、つんとした刺激臭が鼻を突く。
こんな臭い、今まで嗅いだことがない。
しかし、不快感を抱く臭いだということは理解できた。
「…………」
「……お前は誰だ。ここでなにをしている」
「…………」
俺は藪の中から人影に向けて問い掛けた。
返事はない。
だが、こちらを認識したようだ。人影がこちらを向いた。差し込んだ夕焼けの中に、ぼんやりとその顔が浮かび上がる。
「……ぅ」
思わず、吐き気を催した。
赤く染まったそれは、凡そ生きている人間ではなかった。窪んだ眼窩から零れた眼球。頭皮の半分を失い、その内部を露出させた頭部。腐り落ちた腕。穴の開いた胴体。ふらふらしているのは当然だ。その脚は折れ、あらぬ方向を向いていたのだから。
「アンデット……!」
その存在を理解した。
死体に宿った低級の悪魔。死体を動かし、人間を襲い、その仲間を増やす恐るべきモンスター。
「一体だけ……か?」
そのアンデットは、意味の分からない言葉のような、うめき声のようなものを上げ続けている。ゆらゆらとした動きのまま、こちらに近寄って来る。
「っち」
舌打ちした。声を掛けたのは、失敗だったかもしれない。
アンデットは仲間を呼ぶ。もしかしたらこの周辺にアンデットがいるのかもしれない。なにせここは魔獣の森。死体には事欠かないだろう。
アンデットが声を上げる。
うめき声とも叫び声ともつかぬ声。
「不味い……っ!」
その声を上げさせる訳にはいかなかった。
俺は疾駆し、アンデットの首を切り落とした。
声が出た瞬間に、切り落とされ、宙を舞い、地面に落ちて砕けた。
「…………」
ぼこぼことあちこちで土を穿り返す音がする。
分かってしまう。
この周辺でなにが起きているのか。その音は土を掘り返す音。死体が。この森に取り残された冒険者の骨や肉が、蘇る。
地面を掘って、その姿を見せる。
「……これは、駄目だ」
俺だけでは対処できない。
せめて神官……そう、神への祈りを届ける人間がいる。
俺は背を向けると、一目散に逃げだした。
「アンデット?」
俺の住処と定めた洞窟に、ドライアドとララはいた。
焚火の焚かれた洞窟内は、外と違って暖かく、明るい。
恐らくララが連れてきてくれたのだろう。膝の上にララを乗せ、ドライアドはきょとんと小首を傾げた。
「ああ、アンデット……生ける屍だ」
「……この森でそんなの、見たことないけど」
「そりゃそうだ」
アンデットは悪魔が死体に憑りついて、始めて魔物になる。
だが、好き好んで死体に憑りつく悪魔なんている筈もない。
だからこそ、アンデットは自然発生しない。そこには何らかの人的誘因がある。例えば悪魔召喚を得意とするもの。例えば死体を操るもの。
そういったものがいなければアンデットは出現しない。
「あんなのがいたんじゃ、サベージウルフ共も逃げてくる訳だ」
おそらくこの魔獣の森を根城にするネクロマンサー……もしくはそれに準ずるもの。
駄目だ、勝ち目がない。
「どうするの?」
「ほっとくしかないだろ」
「そんな……」
「もしも報告があれば、教会が動くだろうよ。奴らは不浄を許さないだろうからな」
「教会?」
「ええとな……信仰心を元に聖術を使う連中なんだが……わかるか?」
「知らない。でも信仰心はわかるわ。あたしたちも、魔王様を信仰しているもの」
「魔王ねぇ……」
かつての大戦で、人間と領土を争った存在。魔族を束ね、モンスターを支配した王。
けれどもう、存在しない。
こちらでは悪しき存在として語られる魔王も、彼女たちにとっては信仰の対象なのだろう。
「今の俺にアンデットを倒す術はないからな……下手な手は打たない方がいいだろう」
「…………」
「お前も、しばらくここを使えよ。火を焚いていれば、大概のモンスターは寄り付かないだろうし」
「……あたし、植物系なんだけど」
「でも、火はつけられるだろ?」
「滅茶苦茶怖かったわ」
「…………」
俺はどこかこの状況を楽しんでいるのかもしれない。
久し振りに素で話せる状況。
今までなかった、命のやり取りをしなければならない状況。
「それはそうと、寝ようぜ」
「そうね……疲れたわ、流石に」
と、言うと、ドライアドはその姿勢のまま瞼を閉じた。
「……横にならないのか」
よく見れば、足から根を地面に張っているのが見えた。
「やっぱ人間とは違うんだな」
「……なに?」
「いや、なんでもない」
俺も寝るか……明日はなにせ、食料を集めなきゃならないからな。
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