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袋の鼠

本日は休日なので、二話アップの予定です。

次話は18時です。

 米代川の流れに沿って東進し、比内地方から鹿角郡に入る。米代川はここで南に向きを変え、支流の大湯川が東から北へと流れている。この分岐点に立つ館が、碁石館である。鹿角郡は山々に囲まれた開けた土地であり、材木と鉱物資源に富んでいる。この地を押さえれば、資源の利は無論、陸奥地方にも睨みが効くようになる。安東家にとって、新田と対峙するうえでも是が非でも欲しい土地であった。


天文二三年卯月中旬、檜山安東軍二〇〇〇は、無人の碁石館を通過し、鹿角郡へと入った。旧南部家の者たちは大半が撤退しており、山賊崩れの者たちが館を勝手に占領したりなどしている。この地を安定させるためにも、すべての館を占拠しなければならない。


「大湯川より南側の館から落としていくぞ。新田は九戸を通って八幡平から来る。それまでに鹿角南端の小豆沢まで落とすのだ!」


 鹿角郡は南北に細長い地帯である。安東軍はまず南側の占領に取り掛かった。丸館、一ツ森館などの大きな館には、野盗崩れが立て籠もっていた。豊島(としま)玄蕃頭率いる湊軍五〇〇が丸館に攻め掛かる。今年で一九歳になる豊島家嫡男、豊島次郎重村は獰猛な笑みを浮かべながら槍を振るった。


「ヘッ! 手ごたえねぇな。ま、楽だからいいけどよ。金目のモノを探せ。女もだ!」


 どちらが野盗なのかわからないような発言だが戦国時代の戦では、こうした乱取りは当たり前に行われていた。湊軍のみならず、安東軍においても、略奪などは普通に行っている。無論、それに対して良い感情を抱いていない者も中にはいた。


「筑前よ。百歩譲って野盗たちは仕方がないとしても、民に対しては無体な真似をするでないぞ」


「解っておりまする。ただ、兵たちも飢えておりますれば、中々……」


 大高筑前守光忠も、目の前の光景には顔を顰めている。比内地方から鹿角までの補給路は細長く、兵糧を保たせるためにも、こうした乱取りはどうしても必要であった。野盗と住民の区別などつくはずもなく、結局は手当たり次第となってしまう。ある程度のところで妥協するしかないのだ。


「殿、別動隊が高市館を落としたとのことです。このあたり一帯は押さえました。一度、軍をまとめて野営し、明日から南に進みましょう」


「よし。筑前に任せる。それと念のために、北への見張りを置いておけ。大湯川の北にもそれなりに館、砦があるからな。野盗如きに後ろを突かれてはたまらん」


 日が暮れ、赤くなった空を見上げて、愛季はふと考えた。


「……新田吉松は、いま何をしているだろうか?」





「クシュンッ!」


 吉松はくしゃみをして鼻を揉んだ。山の民に案内を受けながら、三戸城から西へと進んだ新田軍は、すでに大柴峠まで来ていた。ほとんど獣道のような狭い道を進んできたが、事前に柴刈りなどをしていたため、時間は掛かったがそこまで辛い道筋ではない。


「この道はいずれ拡張し、宿場なども設けるべきですな。八戸、三戸、鹿角、比内を最短で結ぶことが出来ます。奥州を東西で繋ぐ道は貴重です」


 道が街道となったときの利点を想像し、北信愛は興奮していた。鹿角の良質な材木や鉱物が最短で三戸まで送られてくる。大きな利益が生まれるだろう。


「それだけに、守りも必要だな。この道は大湯館の裏手に出るそうだが、そこにしっかりとした砦を築いておくべきだろう。俺は無意味な築城は嫌いだが、防御施設は重視しているからな」


 道と道が交差する場所、狭隘(きょうあい)の道から出る場所など、地理的な重要地点というものは存在する。鹿角攻めが終わったら、旧南部領の調査に乗り出し、そうした場所には砦を建設していくつもりでいた。食事をしながらそんな話をしていると、石川高信がふと思い出し、発言した。


「そういえば、津軽から比内への道も、狭隘でございましたな。下内川の東西は山に挟まれ、そして開けた場所に出ました。たしか、白沢というところです。小さな館こそありましたが、大して開発もされていない荒れ地でした。もし浅利が、あの地に堅固な砦が築いていたら、少なくとも津軽からはそれ以上、攻められなかったでしょう」


「ほう、そういう場所があるのか。勿体ないな。さて、明日はいよいよ、峠越えだ。鹿角の様子を報せに、物見も戻ってくるだろう。今宵はよく休めよ」


 やがて物見が戻ってくる。鹿角の様子を確認すると、すでに安東軍が入り、南へと侵攻しているという。長門広益ら重臣は、険しい表情を浮かべた。


「殿、思いのほか安東が速いようです。まさかすでに鹿角に入っていたとは……」


「しかも丸館や一ツ森館など、鹿角でも重要な場所を押さえています。このままでは鹿角の過半を獲られてしまいます」


「……安東軍は南に進んでいるのだな?」


 吉松の確認に、物見は頷いた。そして少し沈黙が流れる。吉松が考え事をしているからだ。吉松は沈思を邪魔されるのを嫌う。そのことを知っているため、周囲も黙って見守る。やがて一つの方向性が見えたのか、口を開いた。


「ならば、我らは北を獲る。大湯川以南を安東、以北を新田とする。その上で安東と交渉の場を持つ。そのためにも、出口を塞ぐ。鹿角に入ったら、我らは一気に西進し、碁石館を押さえるのだ」


 安東軍は全軍が南に入っている。比内地方の出入り口である碁石館を押さえて堅陣を組めば、安東軍は袋の鼠となる。その上で交渉の場を持つ。常に、相手よりも優位な状況で交渉する。これこそ戦い(ビジネス)の基本である。


「さすがは殿、御見事でございます」


 宇曽利の怪物の頼もしさに、家臣たちは皆、笑みを浮かべた。





 翌朝、安東軍は鹿角郡南の黒土館、花輪館へと攻め掛かった。この二つを獲れば、小豆沢まですぐである。湊軍の活躍もあり、昼過ぎには館を落とし、そしてさらに南へと軍を進めようとした時であった。


「注進! 注進!」


 北に置いていた物見が駆け込んできた。さては北から、野盗あたりが攻めてきたかと皆が思った。だが危機感はない。野盗などせいぜい一〇〇名程度である。一軍を差し向ければすぐに追い払える。だが物見の報せは、安東軍を激震させた。


「大湯館方面から軍勢が出現、その数およそ二〇〇〇。凄まじい速さで柏崎館を飲み込み、さらに西に進んでおりまする!」


「に、二〇〇〇だと! どこの軍だ!」


「それが、三無の旗印がありました。新田軍かと思われます!」


「ば、馬鹿なッ! なぜ新田が大湯から出てくるのだ!」


「西に進んでいるだと? 一体、なにを狙って……」


「あり得ん。新田のはずがない。何かの間違いであろう。御屋形様、今一度、確認すべきかと」


 皆が騒然とする。大高筑前は物見の報せを信じず、もう一度確認すべきだとまで主張する。だが安東太郎愛季は、呆然とした表情で呟いた。


「……まさか、越えてきたのか?」


「殿? 大丈夫でございますか!」


 だが愛季には、その声は届かなかった。吉松が成したことを想像すると、笑みすら浮かんできた。そして鳥肌が立つ。自分がどれだけの化物を相手にしているのか、改めて思い知った。


「……おそらく新田軍は、三戸を出てそのまま西に進んだのだろう。川を越え、山を越え、ひたすら道なき道を進んできたのだ。つまり、鹿角への新しい道を拓いたのだ」


ゾクッ


 愛季の言葉を聞いた瞬間、豊島重村は武者震いした。どんな化物だよと思った。


「面白れぇ……」


 一方、それを瞬時に見抜いた愛季もまた、非凡である。重村の父親である豊島玄蕃頭は、むしろ愛季への評価を一段、上げた。若年ながら見事な当主ぶりだと感心したのである。


「では、西に進んでいるとは…… まさか!」


 新田が現れた。それを受け入れた時、吉松の狙いを全員が察した。


「戻るぞ! 我らは袋の鼠にされる!」


 安東軍は南を捨てて、北へと戻り始めた。だがその時には既に、新田軍は比内地方への出入り口である碁石館を占領し、米代川と大湯川が合流する地点に陣を構えていた。鹿角郡という袋の中に、安東軍は完全に閉じ込められてしまったのである。


「不覚…… 碁石館に兵を残しておくべきであったか」


 だがこれは結果から言えることであった。安東軍二〇〇〇というのは、鹿角を獲れるギリギリの人数で計算したものである。碁石館に三〇〇程度を残していたら、鹿角攻めはもっと時間が掛かったであろうし、新田軍二〇〇〇の前に意味があったかは疑問である。


「殿、如何いたしましょう。北を押さえられた今、我らは袋の鼠でございます。このまま対陣すれば兵糧が保ちませぬ。一方、新田には我らの知らぬ道がありまする。ここは犠牲を覚悟で攻めるしか……」


「いや、ここは交渉で打開すべきだ。もともと新田とは、それなりに友好関係を結んできた。新田は、敵対していない相手には寛大なところがある。交渉の余地はあるだろう」


 旗を背に挿した使い番を、新田陣に差し向ける。宇曽利の怪物と北天の斗星の邂逅が、始まろうとしていた。


(´・∀・`):本日は二話投稿の予定なので、後書きは短くします。次話が楽しみだという読者様は、グッドボタン(評価)チャンネル登録(ブックマーク)をポチッて下さると嬉しいです。

(=゜ω゜=):次話は6月19日18時です。これからも応援、宜しくお願い致します!


※ブックマークやご評価をいただけると、モチベーションに繋がります。

※筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」の第三巻が6月に発売されます。

こちらも読んでいただけると嬉しいです。


本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 三国志演技での赤壁後、曹操軍撤退後の孔明と周瑜の荊州争奪戦を思わせるw
[気になる点] まあ、降参したわけじゃないから(そもそも戦闘に突入してない)旗挿した伝令送るだけでいいんじゃなかろうか? [一言] ぶっちゃけ、ちょっとでも碁石館に兵を残されてたら厄介なことになってた…
[良い点] 両雄相対する初戦となるか、盟友となるか。 先が読めず面白いです。 [気になる点] 笠を振り、旗を巻いて武具を置くのが主に攻城戦の降参の流れだったらしいですね。 ただ、今話はまだ戦闘に入って…
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