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それぞれの家族

 新田家は内政を重視する。そのため必然的に、文官が重視される。冬場になれば新たな文官候補者を育成するために、領内では学問が盛んになる。子供はおろか、すでに壮年を迎えた大人までが、読み書き算盤、そして礼儀作法を学ぶ。

 武田甚三郎守信は目の前の光景に戸惑っていた。本来であれば調練を受けているはずの新田の兵士たちが、「いんいちがいち、いんにがに」と走りながら歌っているのだ。


「これは一体……」


「あれは殿が考えた掛け算の歌です。たとえ足軽であろうとも、算術ができれば買い物が楽になる。殿の目標は、全領民が最低限の算術を身に着けることです。既に田名部では、大多数の領民が、普通に計算を行い、銭を使っています」


 南条越中守広継に声を掛けられ、守信は一礼した。冬が終われば、再び戦が始まる。守信はその時に向けて、新田家での調練方法を学ぶつもりでいたのだが、大浦家とはあまりにも違った。


「くくはちじゅうはちぃっ!」


「馬鹿もんっ! 八一だ! もう一周回ってこい!」


 笑いが起きている。なぜこんな笑いが許される? 調練とはもっと厳かで、もっと激しいものではないのか? だが観察を続けるうちに、守信にも調練の意味が理解できて来た。一〇名がまったく同じ動きをする。それが二〇名になり、五〇名になり、そして一〇〇名になる。整然と並び、そして決められた通りに行進する。一糸乱れぬとはこういう動きを指すのか。


「想像してみてください。二〇〇〇の足軽が旗の動き一つで、整然と動く様を。一人ひとりが体を鍛えるだけではなく、互いに連携しながら集団として戦う。某も、新田で初めて見て、そして戦慄しました」


「確かに…… このような軍とは戦いたくありませんな」


「短時間で、愉しみながらやるというのが新田軍の調練です。そろそろ昼ですね、彼らと一緒に、食事をしませんか?」


 誘われるまま、毛皮を羽織っている足軽たちに合流する。緊張している者もいるが、広継が楽にせよと伝えると、彼らは思い思いにその場に座り込んだ。やがて湯気を昇らせた荷車が到着した。


「猪肉の味噌汁、いぶり漬けの握り飯、鶏の串焼きか。美味そうだな」


「これは…… こんな料理を」


「新田では当たり前です。特に調練後には、肉を食べることを奨励しています。動いた後に獣肉を食べると、その肉が己の力として吸収される。殿の御言葉で半信半疑で始めたそうですが、彼らの身体を見ればわかるでしょう?」


 守信は納得して頷いた。農閑期に戦に駆り出される百姓の身体とは、まるで別物である。首は太く、動きは機敏で力もありそうだ。なにより、長距離を駆ける体力がある。新田軍の神速の秘密を見た気がした。


「うん、美味い」


 広継が美味そうに握り飯を頬張っている。守信も一口齧った。麻の実が混じった麦飯だが、漬物の塩味が程よく効いて美味い。猪肉が入っている汁は、葱や大根なども入っており、幾らでも食べられそうな味であった。あまり腹は減っていなかったが、夢中で食べてしまった。


「殿の目標は、日ノ本のすべての家で、これくらいの食事が出来るようにすることです。この津軽でさえ、まだ実現できていませんが、田名部や蝦夷大館などでは、かなり近づいています」


「大浦城の民たちも、皆がこの握り飯を……」


「食べられますよ。だから人が集まってくるのです」


 豊かさの基準が根本的に違うのだ。食べることが出来て当たり前、寒くなくて当たり前、野盗がいなくて当たり前。これが新田の基準なのである。そうなれば戦にすらならない。戦の前に、民たちが新田へと逃げてしまう。そして領主ではなく、新田の統治を望むようになるだろう。

 守信はゾッとした。一所懸命こそ武士の本分。領地と領民を守ることが武士の役目。そう学び、それを当たり前として生きてきた。だが領地と領民が武士を必要としなくなったら?


「……殿は、武士の世を終わらせるおつもりでしょうか?」


「はて…… ただ、形は変わらざるを得ないでしょうな。寂しくもありますが、楽しみでもあります。新たな世をこの目で見られるのですから」


 広継はそう言って笑った。出来るだけ早く、倅を近習として送り出そう。守信はそう決意した。





 その頃、石川城においては石川左衛門佐高信と、南部晴政正室および娘たちと対面していた。七戸などは、嫡女の桜姫を擁立して新田に対抗しようと動いたりもしていたが、肝心の七戸家中でさえ、対新田で意見が割れている。擁立して対抗などという以前の問題であった。その隙に、彼女たちは石川城まで無事に逃れることが出来たのである。


「義姉上、御無事でなによりです。兄上の死は本当に、残念でした」


 話し合いによって、南部晴政正室は石川城下の寺に入り、四人の娘たちは高信が親代わりとして後見することとなった。これはすでに、吉松も承知しており、嫡男の亀九郎も手元に置いて育てることになる。


「それで、左衛門尉殿。桜と新田吉松殿との婚姻は、いつになるのです?」


「は? あ、いやそれは……」


「私はそもそも反対でした。娘の婚姻を罠に使うなど…… ですが殿が言っていました。巡り合わせが違えば礼を尽くしてでも、新田吉松殿を婿に迎えただろうと。だが戦うことになった。戦うからには卑劣な手段を使おうとも勝たねばならぬと。普段はそのような言い訳めいたことは言わなかったのに。きっとどこかで、負けを予感していたのでしょうね」


「義姉上……」


 高信はやりきれない気持ちであった。ほんの少しだけでも兄が譲歩していたら、きっと結末は違っただろう。だが起きたことはもう変えられない。ならばより良い未来を創るために努力すべきだろう。


「殿は、桜姫に対しては好感を持っていた様子です。ですが状況が悪すぎます。いま婚姻の話を出そうものなら、娘を使って新田家中を壟断するつもりかと疑われまする。時間は掛かりますが、某が状況を作りまする。御正室とはならぬかもしれませんが……」


「構いません。いえ、むしろ側室のほうが良いでしょう。そのほうが、生まれてきた男子に三戸南部家を再興させやすいと思います。ただそのためには、南部家家中が信用されなければなりません。それなのに……」


「靱負佐殿(※毛馬内秀範のこと)は、一年は喪に服したいと。来年の今頃には、こちらに来るでしょう」


「七戸や八戸のことです! あの者たちは、殿の御恩を忘れて……」


 高信は頷いた。もっとも、それほど心配はしていない。吉松は仁義を重んじるが、同時に極めて合理的に物事を考える。七戸や八戸は、三戸南部家とは別の家である。別の家としなければならない。そうしなければ、攻める口実が無くなるからだ。


「殿であれば大丈夫です。某と靱負佐、それに北左衛門佐もいずれ来るでしょう。これからの働きによって、南部家再興を殿に認めていただきます」


 この会談の内容は、九十九衆を通じて吉松にも知らされた。もっとも、話を聞いた吉松は苦笑しただけであった。自分はまだ精通すらしていない。嫁だの男子だの、遠い未来の話をされても困る。それ以前にやるべきことが山ほどあるのだ。女児に構っていられないというのが本音であった。

 だがこの夜、吉松は久々に女性と一緒にいる夢を見た。





 青森湊が整備されたことで、冬場であろうと安全に田名部に戻ることが出来るようになった。師走を前に、吉松は久々に、祖父の顔を見に田名部館に入った。だがそこには意外な人物がいた。母親の春である。


「母上? まさか田名部にいらっしゃるとは。御爺、これは一体……」


 母親は辛そうな表情を浮かべていた。夫を殺した男が目の前にいるのだ。辛くないはずがない。そう思ったが、様子がおかしい。縋るような眼差しを吉松に向けていた。


「うむ。儂から話したほうが良かろう」


 それは、実兄である八戸久松が病に倒れたという話であった。


(´・∀・`):九九についてですが、筆者が大昔に大爆笑した「某漫画」をパクらせていただきました。まぁこれくらいは許されるのではないでしょうか。

(=゜ω゜=):学ラン着て日本刀振り回している人が主人公のアレね? で、分数には挑戦するの?

(´・∀・`):いや、そんな話までは出さないから。ちなみに「某書房」のような胡散臭い解説も出しませんし、やたら漢字の多い必殺技も、まるで信じられない「死亡確認」もありません。

(=゜ω゜=):まぁ九九もネタだからね。一行だけなら模倣も許されるんじゃない? それで、明日も二話アップ?

(´・∀・`):申し訳ありません。明日は用事があり、一話しかアップできません。次話が楽しみだという読者様は、グッドボタン(評価)チャンネル登録(ブックマーク)をポチッて下さると嬉しいです。

(=゜ω゜=):次話は6月13日12時です。これからも応援、宜しくお願い致します!


※ブックマークやご評価をいただけると、モチベーションに繋がります。

※筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」の第三巻が6月に発売されます。

こちらも読んでいただけると嬉しいです。


本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] ◯塾かな?
[良い点] 毎度楽しく読まさせて貰ってます。 [一言] 養子に家潰させる訳にもいかんから家臣による押込かな?
[一言] 信長が病気と偽って弟暗殺したのとは立場が違いすぎるし降伏したい家臣に閉じ込められでもしてるんじゃね 主人公の実兄だから殺すのは不味いから病気で倒れたって中途半端な感じなんじゃね
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