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女真族

 永禄一二年(西暦一五六九年)も年末となる。史実では来年に年号が変わり「元亀」となる。実際、東西和平が成立したことで、年号を変えようという動きが出ている。改元の費用は都を征している織田家が出すだろうが、西国を攻めるため新田に費用を出せと言ってくる可能性がある。

 無論、唯々諾々と受ける又二郎ではない。朝廷および幕府に、それなりの対応をしてもらわねばならない。朝廷および幕府に「日本国代表として外交を行う自由」を要求する。どうせ織田は西国の問題を抱えているから、他国との外交などできないだろう。ならば新田がやったところで問題あるまい、という論理だ。


「ウヒヒッ、さすがは殿様。足下を見るのがお上手ですなぁ」


「クククッ、どうせ金を出すなら、それ以上に価値のあるものを求める。商いの基本であろうが?」


 新田家御用商人の金崎屋善衛門が、年末の挨拶のために春日山の屋敷に来ていた。来年には本店を直江津に移転させるという。東西の交易のみならず、大陸側への交易に力を入れるためだ。


「それで、後ろに控えるのは?」


「ハイ。アッシの倅で、善太郎と申します。挨拶せよ」


「お初にお目に掛かります。金崎屋善衛門が長男、善太郎でございます」


 見た目三〇前後の青年が、礼儀正しく挨拶をする。禿頭でいかにも強欲な悪徳商人の風貌をした父親と違い、しっかりと教育を受けたのであろう。育ちの良ささえ感じられた。ただ一つ、特徴がある。一部を残して頭部を剃り上げ、三つ編みにしているのだ。


「銭衛門、どうやら倅殿にしっかりと、新田の前を見据えた教育をしたようだな。その髪型は、大陸との交易のためだな?」


「はい。辮髪(べんぱつ)といいます。某は交易路確保のために、三年ほど大陸におりました。とは言っても、明国ではなく、その北の満州(マンジュ)という土地で暮らす、女真族という者たちとの交易のためです」


「ふむ。聞くところによると、女真は三つに分かれているそうだな?」


「よくご存じで。女真は満州がもっとも人が多いのですが、明と朝鮮に挟まれた海西(フルン)と呼ばれる土地のほうが力を持っています。一方、満州から東は明から遠いこともあり、野人(ウディゲ)と呼ばれています」


 又二郎の目が鋭くなる。二〇年後、一人の英傑の登場により、この三つは統一される。後に清国を建国するヌルハチである。だがどんな英傑も、環境がなければ育たない。ヌルハチの祖父ワンカオ(※文字の関係から、カタカナ名で表記する)は満州の都督であり、文武に秀でた男であった。ワンカオの下で、満州女真はまとまっていたと言ってよい。ワンカオ亡き後、ヌルハチがその遺産を受け継いだ。だから短期間で、女真族をまとめあげることができたのだ。


「以前、銭衛門に満州のワンカオと繋がりを持って欲しいと依頼したことがある。既に二度、書状でやり取りをした。今、女真で足りないものは何だ?」


「武器でございます。明は三つの女真族に、税に差を付けるなど分断を行っており、互いに対立しています。海西女真が力を持っているのも、明からの武器が入ってきているからです」


「では満州女真には新田から武器を送ろう。交易品として欲しいのは馬だ。大陸の馬は日ノ本の馬より大柄で、速く駆けると聞く。原野を駆ける野戦では使えぬかもしれぬが、整備した街道ならば、早馬として使えよう」


「確かに…… ですが、運べる馬の数にも限度があり、些か不釣り合いな商いかと」


「将来を見越してよ。ここだけの話だがな。俺は、明はいずれ滅ぶと考えている。そしてその後は、女真族が大陸に国を創る。ワンカオ自身が皇帝になるのは、年齢的にも厳しかろう。だが土台は創れる。ワンカオ殿には一〇年以内に、女真を統一してもらいたいのだ」


「それは……」


 善太郎は言葉に窮した。実際に目にしたからわかる。大陸の大きさは日ノ本の比ではない。野山など一切なく、四方見渡す限りの大草原など、この日ノ本にはないだろう。日ノ本とは大きさが桁違いなのだ。


「ワンカオ自身にも想像すらできないであろうが、いずれ女真が、明に取って代わる。それを見越して、今のうちに互いの関係を対等とし、国境を定めたいのだ。二、三万の武器など、将来を考えれば安いものよ」


 いずれ跡を継ぐヌルハチにも、ウラジオストク以東から、尖閣諸島や台湾島までを日本国領として認めさせる。清国皇帝直筆の書状があれば、歴史的証拠としては十分であろう。


「織田との盟により、新田は戦が無くなる。そうなると鍛冶屋などの仕事も無くなってしまうのだ。民の仕事を創るのが、俺の仕事よ。そのためにもワンカオには、頑張ってもらわねばな」


 昆布や漢方薬。さらに糸魚川で採れる翡翠を使って、明からヒト、モノ、カネを搾り取る。徹底的に弱体化させ、滅亡を二〇年早める。一七世紀になる頃には、清が誕生しているだろう。

 遠い未来を予言するような言葉に、なぜこの殿様が「怪物」と呼ばれているのかを思い知った善太郎であった。





 嫁が増えたからといって、夜な夜な爛れた生活をするわけではない。六日に一日は、独りで寝る夜とする。腎虚が怖いからという理由もあるが、九十九衆から美濃以西の報告を聞くためでもあった。


「六角は若狭に追いやられたか。さすがは織田信長、打つ手が早い。これで畿内は織田一色になるか。抵抗するとすれば比叡山や本願寺か?」


「本願寺に対しては、織田は柔軟な姿勢を示しています。加賀だけではなく、これから西に進む上で毛利攻めとなるは必定。毛利の本拠である安芸にも、一向門徒は数多いと聞きまする」


「うん。比叡山は? もっとも、織田がやらずとも、俺が上洛する時には、比叡山を焼き尽くして禿山にするつもりだが……」


「比叡山の僧侶たちは、安堵しきっておりますが、織田家中には叡山攻めるべしという声、確かにありまする。若狭攻めの際に、織田軍が通ることを認めなかったり、治安が落ち着いた都で高利で金を貸し、銭儲けに走ったりしているなど、その評判は著しく悪うございます」


「腐れ坊主だな。いや、もうそれは坊主ではない。野盗山賊の類よ。部外者の俺でさえ、そう感じるのだ。織田の心中は、察して余りあるな。で、幕府の様子は?」


「義昭公と織田殿の関係、表面的には盤石に見えまする。幕臣の中には織田家の台頭を警戒する声もありまするが、恐れながらそれ以上に、御当家への警戒が強く、幕府と織田家の亀裂は、今のところはありませぬ」


 そう聞いて又二郎は苦笑した。史実では、織田に取って代われると見られる勢力があった。武田や上杉、毛利などである。だがこの日ノ本では、新田に代わる力など無い。織田が西国を統一してようやく五分といったところだろう。つまり幕府としても、織田との関係を弱めるわけにはいかないのだ。


「となると、崩しやすいのは朝倉、そして徳川か……」


 最長で五年、できれば二、三年で戦を始めたい。五年以上になれば、領内で厭戦気分が広がるかもしれない。五年後、織田は戦続きで疲弊しているであろうが、見方を変えれば戦に慣れた精兵たちが揃っているともいえる。もし新田が、五年間も戦から離れれば、今の精強さを保つことは難しいだろう。


「来年は雪解けと共に加賀を攻める。だが獲りはしない。加賀を獲るときは、その先の越前、そして若狭まで攻められる状況になってからだ」


 そのためには六角を上手く使いたい。何でもよい。口実さえあれば良いのだ。そのためにはせいぜい、六角義治には踊ってもらわねばならない。


「若狭をはじめ畿内北部、さらに増やします」


 又二郎の考えを察したのか、加藤段蔵は先々に向けた一手を口にした。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] フィリピン経由で流れ込む南米の銀をどうにかしないと。
[一言] 織田が西国を統一してようやく五分…東国と畿内の格差を考えたらまるっきり逆で東国統一したぐらいじゃ、織田の半分ぐらいしかないんじゃないかなー?
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