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岩村城入り

「なに? 新田は二万の兵で来るだと?」


 岐阜城において、織田信長は妹である市姫の輿入れに向けて準備を整えていた。目的は可能な限り長く、新田の西進を止めることである。新田は日ノ本すべてを領し、新たな統治機構を構築しようとしている。天下を統一し、乱世を終わらせるという点では織田信長も同じだが、その先が違う。

信長が描いているのは、あくまでも武家による統治である。現在は武士が多すぎるため、天下統一後に整理は必要だろうが、広大な直轄領と軍事力を持つ中央政権を置き、その上で各地に国主を配して地方統治を行わせる。中央政府がすべてを決めるには、日ノ本は広大過ぎるからだ。そして、地方統治を安定させるためには、どこそこの殿様によって治められていると、民たちに受け入れさせる必要がある。そのためにも、武家による血統の統治が望ましい。これが、織田信長が描く天下統一後の青写真であった。


「二万…… 此方を攻めるつもりはあるまいが、ならば何のためか? 半兵衛はどう思う?」


「幾つかの理由が考えられまするが、恐らくは武田を信用していないからでしょう。武田は新田に従属して日が浅く、家臣領民の中には納得していない者もいるはず。寡兵で武田領内を通れば、万一があるやも知れぬ。そう考えてのことでしょう」


「なるほど。武田としては、逆に面白くないと思うやも知れぬな。そこに付け入ることは?」


「難しいでしょう。新田がその程度を考えぬはずがありませぬ。表向きの理由としては、二万のうち半数以上を武田領内に置き、一月ほど武田軍と合同の練兵を行うつもりでしょう。また某であれば、これを機に数万の軍勢が移動できるだけの街道の整備を行います。信濃は山深く、大軍が移動するには道が不便なところも多いはず。いずれ西進するにあたっての準備として、実際に大軍を進めて整備すべき場所を見極めようとします」


「で、あるか…… 五年、一〇年先まで見据えているか」


 確かに、東西和平後に信濃で練兵が行われたり、数万の軍が移動したりするようなことがあれば、新田に対して公然と非を唱える口実を生み出してしまう。この機を逃すわけにはいかぬと考えるだろう。そして、それに対して織田が非難することはできない。現時点で織田と新田は、まだ正式に不戦の盟を結んだわけではないからだ。


「……で、六角の動きはどうか?」


「六角右衛門督殿(※六角義治)、動く気配はありませぬ。家老衆も見限った様子……」


「そこまで市を娶りたかったのか。あの愚物に、我が妹は勿体なさすぎるわ」


 信長は鼻でフンと嗤った。岩村城で織田と新田の当主が会談し、そこで東西和平が整う。戦国の趨勢を決める重大な場である。そして、六角家の当主であり幕府管領代の立場である六角右衛門督義治は、将軍の名代としてその場に参加する資格が十分にある。もし六角義治が、大局的視点から織田を立てて、東西和平を祝うならば、織田家としても六角家を粗略には扱えなくなる。朝廷も、将軍足利義昭も、それを認めないだろう。

 だが六角義治は、自分の義理の父親が畠山義総であること、そして一時は、市姫を自分の正室にという話があり、本人もその気になっていたことから、新田との盟約には、断固として反対の立場であった。自分が関与しないところで、勝手に東西和平の話が進んでいたということも、面白くないと感じていた。


「噂では右衛門督殿は、密かに尾張を訪れて、遠目で市姫様を観たことがあるそうです。その時から、市姫様に懸想されていたとか…… 右衛門督殿から見れば、自分より年下の新田陸奥守殿に、奪われたと感じているのでしょう。能登畠山家の滅亡も相まって、新田嫌いになるのも、無理からぬかと……」


「ハッ…… 女子一人への感情で、六角一〇〇万石を潰すか。小人の些末な考えなど、儂にはとても理解できぬ。だが新田は、良い口実を呉れた。新田が二万を用意する以上、此方もある程度は用意しても問題あるまい。岐阜城に一万五千を整えよ。理由は、解るな?」


「御意。既に手筈を進めておりまする」


 東西和平が整ったら、返す刀で一気に南近江を攻めるつもりなのだ。幸い、新田が二万の兵を連れてくるのだから、此方もそれ位は必要なのだと、堂々と言い訳することができる。

 信長の中では、東西和平に反対した六角家など、既に滅んだも同然であった。朝廷と幕府に逆らう者は滅ぼす。その決意を示す良い贄になるだろう。

 先々の見通しが立ち始めた。機嫌が良くなった信長は、久々に酒を飲もうかと思った。





 新田側として同行するのは、軍師として沼田祐光および田村月斎、武将としては蠣崎政広、九戸政実、最上義光の三名である。田村月斎以下は、高遠城で武田軍と合流し、合同練兵を行う。陣構えや合図、兵站に至るまで、新田軍のやり方とすり合わせを行い、武田軍の強さを維持しつつ新田の色に染め上げるのが目的である。


「やはり道が狭いな。黒備衆を動員し、道の拡張と整備を行え。天竜川も見ておきたい。恐らく、大掛かりな治水工事が必要なはずだ」


 武田信玄は織田信長と比べると守旧的な印象を持たれているが、実際は家臣統率や領内統治に、かなりの革新性がある。寺社に対しても、不入権を保証する代わりに、戦勝祈願や戦没者供養を義務付けるなどの統制を行っている。鎌倉時代から続く武士の制度を時代に合わせて見直し、さらに武田家が大きくなるにつれて、寄親寄子制度を導入するなど、必要な措置を漸進的に行っていた。このきめ細やかな統率によって、武田家臣団は信玄の下で、結束したのである。


「現時点で、武田家に新田式の家臣統制を導入することは不可能だ。どのように武田家をまとめ、そして変えていくか。大膳大夫殿(※武田義信)の手腕に期待だな」


 武田義信は、素質としては悪くない。元々、幼少の頃から嫡男としての英才教育を受け、武田信玄という偉大な見本まであるのだ。家臣たちも、義信を盛り立てるために結束している。上手く新田式に切り替えていけば、武田家は新たな天下でも十分に残っていけるだろう。


「殿。美濃に一万以上を集結させているとの報せが入っています。増やしますか?」


「いいや。織田の兵は、此方への備えではない。恐らく会談が終わったら、その足で戦を始めるのだろう。美濃からの出陣ということは飛騨三木氏か、あるいは近江六角か。上野之助(※沼田祐光)も解っているだろう?」


 岩村城まで率いていく兵を増やすか、という沼田祐光の問い掛けを否定する。自分であればこの機会に六角を潰す。南近江の観音寺城は、美濃と都を結ぶ要衝に位置しており、そこに他家がいるのは邪魔なのだ。六角を攻めて下した後は、若狭あたりを攻め取り、そこに六角を転封する。六角義治は大局を観ることができない。野良田の合戦(※西暦一五六〇年)で浅井を支援した朝倉家に対しては、負の感情を抱いている。それを水に流せるほどの器量はないだろう。北陸地方を良い具合にかき回してくれる存在として、六角を利用しようとするかもしれない。


 永禄一二年長月(旧暦一〇月)末、新田又二郎政盛は、苗木城を通り、岩村城へと入った。田村月斎と武将三名は、高遠城に残してある。もう間もなく神無月になることを考えれば、あまり長居はできない。信濃でも霜が降り始めるからだ。即席で街道整備を行うため、黒備衆三〇〇〇を北信濃に残してある。帰りは一ヶ月も掛からないだろう。


「さて…… 織田信長とはどのような人物か。楽しみだ」


 山間に段々と築かれた、岩村城の石垣を見上げながら、又二郎は目を細めた。





「申し上げます。新田軍五〇〇〇、城下に入りました。新田陸奥守様は明日、登城されるとのことです」


「で、あるか……」


 岩村城内で新田軍の到着を待っていた織田信長は、そう呟いた後に少し沈思し、そして立ち上がった。


「出掛ける」


 もう夕刻だというのに、そう言っていきなり外出支度を始めた主君に、当然ながら周囲は戸惑った。信長が、僅かな供回りのみを連れて岩村城下に出たのは、それから四半刻後(十五分後)のことであった。


《後書きという名の「お願い」》

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※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 四半刻って15分じゃなくて30分じゃない?
[一言] いよいよ対面か。素直にワクワクするなぁ
[気になる点] 四半刻は三十分では?
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