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東西の様子

 永禄九年(西暦一五六六年)九月、織田家と六角家に奉じられる形で、足利左馬頭義昭は上洛を果たした。衰えたとはいえかつては畿内に大きな影響力を持っていた六角家と、三万の軍を持つ織田家の連合軍である。畿内で最大の勢力を持っていた三好家も、当主であった三好長慶亡き後は、急速に力を衰えさせていた。


「申し上げます。摂津池田城城主、池田筑後守殿より降伏の使者が来ておりまする」


「嫡男を人質に出すことを条件に、降伏を認める。これで摂津はほぼすべて押さえた。松永が筒井攻めを始めておる。此方も動く必要がある。松永が落とす前に、筒井を降らせるのだ」


 大和国信貴山城の松永弾正久秀は、信長より「切り取り次第」を許され、同じ大和国の有力国人を抱える筒井陽舜房順慶がいる筒井城を攻め始めた。筒井城は永禄八年に一度、松永久秀の手に落ちたが、その後に筒井藤政(※この時点では順慶ではない)が取り戻し、一進一退の攻防が続いていた。

 織田信長としては、大和一国を一人の大名に任せることは不安であり、松永久秀と筒井順慶の二人を置き、互いに牽制させることで大和を治めようと考えていた。


 こうして、畿内の主だった勢力が織田信長の下に降ると、ようやく将軍宣下の準備へと入ることができた。京都本圀寺に入った信長は、六角五人衆(※後藤賢豊は死去)と共に公家衆への働きかけを行い、菊亭晴季や山科言継らが本圀寺を訪れ、準備が整った。

 無論、その間に信長は水面下で、六角の重臣らへの調略を行っていた。六角承禎は未だに実権を握っているが、当主の六角義治との間に亀裂が入り始めていた。


「なぜ管領代のままなのか! 我らは将軍を庇護し、上洛のお膳立てをしてやったではないか!」


「されど、織田殿がお断りになられた以上、我らも過剰に受け取る訳にはいきませぬ」


 信長は結局、弾正忠の地位を正式に認めること。桐紋と二引両の使用を許可することのみを受け取り、幕政には口を挟まなかった。そうなると、織田よりも兵力が少なかった六角としては、副将軍はおろか管領の地位すら求めることは難しくなる。「六角浅まし」と不評が立つのは間違いないからだ。


「父上も父上だ! 左兵衛督の地位だけとは! 浅井を滅ぼし、三好を畿内から追い出した。今の我らなら、越前、丹後にまで出られよう。そうなれば織田にも匹敵する。将軍とて我らを無視できまい」


 そんな妄言を吐きはじめたのだ。承禎はすぐに、義治を観音寺城に呼び戻した。不満を持つのはまだいい。他国を攻める野心を持つのもいい。だが京の都でそれを口にするのは愚か極まりない。どこに耳があるか知れない。承禎は暗澹な思いで、義昭と信長に非公式な詫び状まで出した。


 こうして、次の騒動への火種は燻っていたが、それでも畿内は一応の安定を取り戻し、足利幕府は再興した。信長はすぐに美濃に戻ろうと思ったが、六角に火種があったことや、木曾が降ったことで信濃方面の防衛と情報網に厚さが増した。また、新田との交渉が成功裏に終わったことは、早馬で知らされている。そこで信長は、二条城を再建するまで本國寺に留まることにした。

 そして一〇月も終わりになる頃、木下藤吉郎秀吉が戻ってきた。





「猿ッ! その首刎ねてやる故、そこに直れ!」


「ウヘヘェ! 申し訳ありませぬ! 女房可愛さに、美濃で三日も過ごしてしまいました!」


 戻ってきた藤吉郎に対し、信長は刀を手にし、険しい表情を浮かべていた。だがその目には優しさがあった。要するに演技である。こうして怒鳴らなければ、他の家臣たちに示しが付かないからだ。


「言い訳を聞いてやる。何故勝手に、諏訪に調略など働いた! さらには徳川まで巻き込みおって! 儂がいつ、海道通過の勝手を認めた!」


「ヘヘェッ! それでございますが……」


 藤吉郎はペラペラと、それでいて理由を解りやすくまとめて説明した。


「武田殿であれば、南信濃の混乱が、むしろ武田家中をまとめる(たが)となったことに気付かれているはず。また新田陸奥守様は、海道通過ができるならば、徳川様を攻める口実が無くなりまする。信濃、東海道を膠着状態にすれば、御屋形様は安心して西に進めるかと……」


「小賢しい! その程度のこと、新田が見通しておらぬはずあるまい! 新田の狙いは最初から、加賀越前だ。美濃、遠江との国境が安定すれば、新田は安心して全軍を加賀に回せる。貴様の猿知恵は、新田、武田にも手を貸したのだ」


「ご、ご尤も! 面目ありませぬ!」


 無論、藤吉郎もそれは理解していた。戦線を一つに絞ることは、攻める側のみならず、攻められる側にも利点がある。織田は当面、越前朝倉と加賀一向宗を意識すれば良い。それに加賀一向宗は、石山本願寺とも繋がっている。石山本願寺にとって、寺領すら認めない新田の存在は、信長以上の脅威であろう。


「猿。本願寺との渡りを付けろ。矢銭五〇〇〇貫を出せば、加賀への支援を黙認してやる。新田と全面衝突するにはまだ早い。時を稼ぐのだ」


 新田の西進を少しでも長く、足止めしなければならない。そのためにも、足利幕府の権威は有益であった。信長自身は、足利義昭に対して敬意など微塵も抱いていないが、軽い神輿は使える。


(新田の脅威を煽れば、筆まめな義昭のこと。きっと西国に書状を連発するだろう。まずは伊勢と越前、そして波多野か。だが新田にも、あと一手、打ち込みたいところだな)


 信長は、自分が持つ最大の切り札を使うことを決意した。





「統治という点で考えますと、やはり三〇〇〇人程度の規模で集落を形成し、それを複数集めて一個の街とする。三万程度の街を複数繋げて国とする。これが宜しいかと考えます」


 宇都宮城において、田名部吉右衛門政嘉は、奥州南部から関東一帯の人口分布を調べ、今後の行政方針を報告していた。新田家では家老の五割を文官が占める。他家では考えられないほどに文官が優遇されているが、それでも五割というのが、戦国時代らしさであった。


「道もロクに通っておらぬ山間部の貧村など、維持する必要は無い。新田が天下を獲れば、日ノ本全土の生産性が数倍になる。人も急速に増えるであろう。集落単位で学舎を置き、六歳から一五歳までの九年間で、読み書きと算術、生活習慣や倫理観、そして基礎的な武術を叩き込め。国づくりの根幹は人づくりよ」


「文官、武官の志望者は年々増えており、人で不足も解消されつつあります。今は学問を教える者を増やすべく、各寺社に協力を呼びかけております」


 又二郎は爪を噛みたいほどの焦燥感を押さえていた。宇曽利から二〇年で、ここまで出てきた。だが新田に統治されたことで、東日本では人口が急速に増えつつある。都市計画もなく集落を拡張させれば、未来において行政府が苦労することになるだろう。利水と交通の便を計算しつつ、計画的に大都市を置いていかなければならない。


「俺の予想では、今のやり方のまま、日ノ本一国で食わせることができる人の数は、およそ四〇〇〇万人程度であろう。それ以上は、技術的な発展を期待するしかない。明、琉球、南蛮から農畜産物を取り寄せると共に、特に南蛮から、技術や学問を取り入れる。そして南蛮には、此方が指定したものを高値で売る」


(生糸は無論、脚気対策の知識や天然痘予防、さらには抗生物質などが輸出できれば、奴らは高値で買い取るだろう。西欧の歴史を変えかねないから、慎重になるべきだがな……)


「とりあえず、今はルイス・フロイスを通じて、南蛮の国に呼びかけているところだ。南蛮の絵画が欲しい」


「確か、婦人の絵でしたな。フラなんとかという国の宮殿に飾られているとか? 殿が黄金を積んででも欲せられた絵、観とうございまするな。ただ、桜乃方様の御悋気が心配ですが」


「始祖、南部三郎様が枕に立たれたのだ。遠い将来、その絵は金で買えないほどの価値になるらしいが、今はフォンテーヌブロー宮殿というところで埃を被っているそうだ。ならば俺が買う。桜もその絵を観れば悋気など一発で消えるであろうよ」


(クックックッ、歴史を知る者の特権よ。ルネサンス期の芸術を大量に輸入し、一大美術館を形成する。絵画のみならず、文人たちの直筆原稿も入手しよう。ダンテの神曲、シェイクスピアの戯曲、セルバンテスのドン・キホーテ…… だがまぁ、もう少し先のことだ。まずはルーブル美術館最大の名物を手に入れようか)


 口端を歪めた又二郎の顔は、ゾクッとするほどの悪人顔であった。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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[良い点] 目指せ絵画バブルっ!! [気になる点] ジワリと東軍西軍の対立構図が... 将来的にどっかで関ヶ原合戦までもってくのかな。 信長の切り札? お市ちゃんか? [一言] 今回も楽しく読みまし…
[気になる点] 牛肉や小麦食が基本の西洋に脚気が流行した時期があるのだろうか? 売れる情報と言えば、壊血病の治療法なのでは?
[一言] 日本にそれと持ってくるなら、温度・湿度の調整設備と紫外線照射を防ぐ設備が必要では? いや、それ以前に海を渡る際にボロボロになりそうな?
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