北条家の降伏
現代の日本人は殆ど意識していないが、日本料理(和食)というのは壮大な文化体系によって成立している。例えば割り箸の割り方一つでも、正式な作法というものが存在する。飲食店において一人で食する時などは良いが、冠婚葬祭の時などは、作法に厳しい人は眉を顰めるときなどもある。本膳料理、懐石料理、会席料理の違いなど、知れば知るほどに日本料理は奥が深く、一個の学問が成立するほどである。
葬儀、法事の後に出される料理、いわゆる「精進落とし」も、その歴史は古い。精進落としについては、地域によっては「御斎」あるいは「出立ちの膳」などと呼ばれる。その由来は仏教の「斎食」であり、精進落としの考えから、肉や魚などは本来、食べないものとされている。
昨今の葬儀では仕出しなどが多いため、こうした考え方は珍しくなり、一般的な懐石料理や弁当などが出されることが多い。一方、現在においても精進落としの料理を用意する仕出し屋もあり、一定の需要があるのは確かである。
葬儀の後の大広間は、異様な雰囲気であった。武田、北条、上杉、小田、そして新田。関東を巡って戦いあった者同士が、一堂に会して食事をしている。北条新九郎氏政は、友誼を結んだ武田太郎義信が隣に居てくれるのを頼もしく想った。上座である当主の席には誰もいない。父親の北条左京太夫と新田陸奥守が、向かい合う形で、上座に最も近い場所に座っている。
「新九郎殿、これはなんでしょうか?」
友が小声で聞いてくる。返すべきかさえ迷った。誰もしゃべらずに、黙々と食事をしているからだ。だが目の前の料理は確かに異様であった。見た目から野菜であることは確かなのだが、これは典座教訓(※禅宗である曹洞宗のレシピ集)に出てくる料理なのだろうか。
すると咳払いが聞こえた。
「堅苦しいな。空気が重い。目の前の飯が何なのか知らずに食うのも、不安であろう。俺が説明しよう」
新田陸奥守が意外なほどの大きな声を発した。自分たちよりも、さらに若い。まだ二〇過ぎのはずだ。
「この野菜がまとまってサクサクしているやつは、かき揚げという。人参、牛蒡、未成熟の大豆を水で溶いた麦粉でまとめて、菜種の油で揚げたものだ。タマネギも入れたかったが、五葷(※精進料理で避けられる食材)だからな」
「揚げた?」
言葉を受けて、父がそう返した。陸奥守はしてやったりと笑い、嬉しそうに説明し始めた。明の調理技法で、熱した油で食材に火を通す方法らしい。
「俺の楽しみは、新しい食材、新しい料理を食うことだ。時間があるときは厨に行って、自分で包丁を握る。ここに並んでいる料理も、俺が考えたものだ」
「なぜ、自ら厨になど?」
父が真顔で尋ねる。息子だから解る。父は、かなり驚いている。北条の三倍はあろうかという大大名が自ら厨に立って包丁を握るなど、異様としか思えない。だが陸奥守は、何を当たり前のことを聞くのだと言いたげな調子で、首を傾げて返した。
「左京太夫殿は、何のために武士をやっている? 俺は、美味い飯を食うためにやっている。家族に、家臣に、領民に、美味い飯を食わせて、良い着物を着せてやって、毎日が充実し明日を夢見る日々を過ごさせるために、俺は武士をやっているのだ。飯は基本中の基本だろ。もっと美味い飯を、もっと美味い酒をと追い求めるのは、人ならば誰でも同じではないか?」
「ふむ…… だがなぜ自ら厨に?」
「俺が一番、金持ちだからだ。試すには金が必要だ。失敗することもあるからな。たとえば、この器の料理だが、蓮根と生姜を擦り下ろして粉末にした米を加えてまとめて両面を焼き、刷毛で酢醤油を塗ったものだ。隠し味に、宇曽利の名産である紅飴を少し加えてある。美味いぞ」
そう言って頬張る。食べてみると確かに美味い。この料理のために、幾度か試作をしたのだろう。宇曽利の紅飴は関東にも入ってきているが、甘味であるため値段が高い。
「甘味もあるな。伊豆の橙を絞った果汁と干したテングサで作ったものだ。橙の心太とでも名付けるか。甘酸っぱいぞ」
伊豆という言葉に、私も反応した。テングサとは、確か百姓が肥料などで撒いている「大凝菜卅」のことではないか? それと酸味が強い橙とで、このような料理ができるのか。
「関東は宝の山だ。特産品、名産品が山のように眠っている。俺がそれを掘り起こす。民が豊かに平和に暮らせるようにする。それが、俺の一所懸命よ」
これでも北条は、内政に力を入れ民の慰撫に尽力してきた。だが、それでもまだ甘いのか。このような考え方を持つ大名が治める土地と隣接する。余程の覚悟をもって内政に臨まねば、すぐにでも飲み込まれてしまうだろう。
叔父から新田名物と聞いていた牛蒡茶を飲んだ北条氏康は、ほうと息を吐いた。斎食の後、関東の今後について話し合う場が設けられていた。まずは北条、次に武田と上杉になる。新田からも家老筆頭の田名部吉右衛門政嘉、外政を担う浪岡弾正少弼具運が同席している。
「改めて名乗ろう。新田陸奥守又二郎政盛である」
「北条左京太夫氏康である。この度はかつての盟友、そして関東管領殿を弔う場に招いていただき、感謝する。北条の家は倅に譲ったが、北条全体は儂が差配している。北武蔵での事も、儂の責任である」
「別に攻めるつもりはない。むしろ其方のほうが、これから大変であろう? 武蔵七党は困った連中だ。あっちにフラフラ、こっちにフラフラと蝙蝠のように立ち回り、それでいて土地もロクに治めておらぬ。新田が武蔵に入ってしまったら、皆殺しにせざるを得ぬ。だから貴家に任せる」
「我らは、従属するつもりだったのですが……」
北条新九郎氏政が口を挟んだ。又二郎の態度と言い方は、まるで対等の同盟相手のようである。もっとも、氏康はそれを読んでいたのか、最初から対等の振る舞いをしていた。
「ふむ。やはりもう少し、親父殿に鍛えられたほうが良いな。北条に従属されると、我らが困るのだ。なぜか解るか?」
「それは……」
「岩付だ」
氏康が息子に教えた。それでようやく、氏政も納得した。関東公方の扱いに困るのだ。新田はただでさえ、室町幕府から敵視されている。そして室町幕府はいま、織田と六角によって立ち直ろうとしている。下手をしたら、新田討伐令が再び出される。上杉、武田、北条はそれでも動かないだろうが、遠江以西のすべての国が糾合するかもしれない。そうなれば、新田を越えるほどの大勢力となるだろう。
「このまま西進するわけにはいかぬ。関東以西は少し様子見だな。新田には、吉右衛門以下優れた行政官が多い。関東については吉右衛門たちに任せるとして、俺は越後から越中、そして加賀を目指す」
「止まるつもりはないと…… 新田殿、かつて浪岡殿から、貴殿は天下を目指す天下人だと聞いた。だが根本の問いをしていなかった。貴殿に直接、尋ねたい」
「何かな?」
「なぜ、天下を狙われる? 新田はすでに、日ノ本最大の大名。日ノ本開闢以来、貴殿ほど広大な土地を領した者はいないだろう。誰も貴殿には勝てぬ。それなのに、もっと土地を、もっと豊かさを、そして天下をと野望に燃えている。貴殿は、何によって突き動かされているのだ?」
氏康としては、新田又二郎の為人を知るための問いだったのかもしれないが、当の又二郎はハタリと止まり、考え込んでしまった。齢二歳で、陸奥乃海を眺めながら、天下を獲ると決めた。だがなぜ、あの時に天下を獲ると決めたのか……
「考えたこともないが…… 今の世に対する不満かもしれぬな。それと危機感かの」
「それは具体的に、どのような不満なのか? そして何に対する危機感なのか?」
「飯だ。いまでこそ白い飯が食えるが、かつての宇曽利ではロクに米も採れなかった。味噌や醤油もなく、鍋に野草と雑穀を入れて塩で味付けした雑炊がせいぜいだった。俺はそれが不満だった。もっとうまい飯が食いたくて、土地を広げた。危機感というのは、まぁ日ノ本の外に対する危機感だ。もし今、文永、弘安のような襲来があったら、日ノ本はどうなる?」
いわゆる、元寇の役である。知らない武士など当然いない。だがそれは、富士乃山が噴火したらどうすると言っているのに等しい。一度は起きている以上、再び起こらないとは言えない。だが自分や子供が生きている間に起きるとは限らないではないか。
「自分が生きている間には起きないだろう。そんな考え方をする奴は、為政者を即刻辞めるべきだ。一〇〇年、二〇〇年先を見据えるのが為政者の役目であろうが。断言しよう。富士乃山はいずれ必ず噴火する。この関東全土を巻き込む巨大な地揺れも起きる。そして、海の外から異国が圧力をもって脅してくる日も、必ず来る。今しかないのだ。日ノ本全土が入り乱れ、次の時代を決めようとしている。この戦国乱世の結果次第で、一〇〇年後、いや五〇〇年後の未来が決まる。俺が、その未来を描くのだ」
「それは、どのような未来か?」
「明や朝鮮だけではない。遥か彼方の南蛮諸国にも負けぬ、世界に冠たる大日本国だ」
目の前の若者の話を聞くうちに、氏康は、なるほど話が嚙み合わぬわけだ、と得心した。視点と視野が違い過ぎるのだ。多くの武士は、まず家と土地を考える。少し視点が高くなって、ようやく領地や隣国、あるいは関東といった地域全体を考える。もしかしたら、日ノ本全体を考える者もいるかもしれない。
だが、この男の視点と視野には、遠く及ばないだろう。今この時を一つの時代ととらえ、遥か未来から歴史という視点で考えている。とても常人では理解できない。「怪物」とはよく言ったものだと思った。
そしてこの怪物の凄まじいところは、ただの夢想家ではなく、それを実現するだけの知恵と行動力を持っていることだ。人は、理想だけでは生きられない。だから「豊かさ」と「日々の変化」の両方を与えている。今日を豊かに暮らし、明日はもっと豊かになるという確信を与える。だから人が付いてくるのだ。
氏康はふぅと息を吐いて、微かに笑みを浮かべて頷いた。
「陸奥守殿、天下を獲られよ」
それは事実上の、北条の降伏宣言であった。