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佐竹への脅し

 上州合戦の決着、そして武蔵七党が利根川以南に退いたことにより、関東で新田と敵対しているのは、常陸佐竹氏のみとなった。佐竹氏は、甲斐源氏の武田氏と同じく、源義光流源氏の一族である。源義光は甲斐守として甲斐に土着したが、その嫡男である義業(よしなり)は、常陸久慈郡佐竹郷に拠点を構えた。そして、義業の子である昌義(まさよし)が佐竹を名乗ったことで、佐竹氏が誕生する。昌義は常陸の支配を進める中で、奥州藤原氏と婚姻を結ぶなど勢力を拡大させた。また、佐竹氏の本拠である常陸太田城を整備し、主城としたのも佐竹昌義である。以来、佐竹氏は四〇〇年以上にわたって、太田城を居城として常陸を支配してきた。


「殿、ついに武蔵まで決着がつきました。岩城も抵抗虚しく討ち取られた今、早晩、新田の大軍が押し寄せるは必定でございます。抗するか、降るか。御決断の時でございましょう」


 常陸太田城には重苦しい空気が漂っていた。北からは最上義光率いる一万が押し寄せ、南は小田氏治が逃がすまいとガッチリ固めている。那珂(なか)川以南における重要拠点、水戸城はなんとか守り切っているが、逆を言えば水戸城以南はすべて失ったことになる。これ以上の抗戦は厳しい状況であった。


「何を言うか! まだ負けと決まったわけではない! 小田は動きを止めておる。まずは籠城し、その上で隙を突いて打って出るのだ。ここで北を押し返せば、新田との交渉とて有利になろうが!」


 笠間長門守幹綱、島崎大炊介(おおいのすけ)氏幹ら主戦派が声をあげる。第一八代当主である佐竹常陸介次郎義重は、嘆息をなんとか堪えた。代わりに、家老である和田掃部助昭為が、馬鹿かお前らはという調子で返した。


「愚かな…… 唐沢山は墜ち、岩城も滅びた。すでに関東は決している。新田は無理に攻める必要などない。周囲を取り囲み、ただ我らが飢え死ぬのを待つだけでよいのだ。そんなことも判らぬのか?」


 岩城領を攻めていた最上義光は、岩城親隆の降伏を認めず、岩城を完全に滅ぼした。親隆は、実弟であり黒川城にて南陸奥の内政を担当している伊達輝宗にまで書状を送って降ろうとしたが、輝宗は封すら開けずに書状をそのまま又二郎に送り、また義兄の義光には、自分は一切気にしないので存分に攻められよとの書状を送っていた。

 また妹の義姫からも、文句を言ったら実家に帰ると夫を脅そうと思っていたのに、先に気にしないと言われた。少しは逞しくなったようだと、惚気の書状が別に届き、義光は大いに士気を上げたのであった。


「言い過ぎだ、昭為……」


 佐竹義重がそう窘める。和田昭為は佐竹家において、政戦両略で活躍する家老だが、それだけに頭も切れ、愚者に対して馬鹿にしたような言い方をしてしまう。家老という重職にありながら、昭為を嫌う者は多い。そんな男に愚かと言われれば、余計に反抗してしまうのは当然であろう。


「降りたい者は、勝手に降るが良かろう! 我らは武士の源流、真の侍ぞ。新田ごときに降るくらいならば、いっそ華々しく討ち死にしてくれるわ!」


 幾人かの重臣、国人たちはそう言い放って出ていってしまった。事実上、佐竹家が分裂してしまったのである。和平派、降伏派だけになり、義重は堪えていた嘆息を吐いた。





 それから三日後、ついに太田城に降伏勧告の使者が来た。強硬派の暴発を防ぐため、城内ですら警護の兵が必要であった。その殺気だった城内を涼しい顔をして、初老の男が歩いていた。


「いやはや、なかなかに揉めておられるようですな! さぞ、苦労をされておられることでしょう。御心中、お察し申す」


 評定の間にドカリと座った真田弾正幸隆は、朗らかな声で当主の義重に語り掛けた。又二郎がいる金山城には、八柏道為と沼田祐光という二人の謀臣がいるが、道為は上杉、武田、北条との窓口役となり、また祐光は上州で行われる大葬儀の手筈を整える役目がある。何より、新田の軍師として知られているため、敵対している相手の本拠地に乗り込ませるわけにはいかなかった。


「とまぁそうした事情で、武田家の大軍師であった某が、皆々様を説得するために、こうして乗り込んできたわけでござる。降っていただければ、死者は出ずに済むし、某も手柄を立てて、亡き御屋形様への義理を通すこともでき、そして真田家も安泰。皆が幸せになって万々歳というわけでござる」


 あまりに明け透けな降伏勧告であった。佐竹義重は思わず失笑した。ここまで明け透けに言われては、主戦派も怒るに怒れないだろう。まともに受け止めて感情のままに激発すれば、自分を愚か者と喧伝するようなものだ。


「真田殿。見ての通り、当家はいま、降伏すべしという者と、断固戦うべしという者とで割れている。幸福を促すということは、所領安堵の従属を認めるということか?」


 そんなはずがない。そう思いながらも、和田昭為はそう聞かざるを得なかった。もしここで所領安堵が認められるのであれば、主戦派も一気に黙るだろう。新田が関東平定を急いでいることは間違いない。ならば僅かでもその可能性があるのではないか。微かにそう期待した。


「あぁ、なるほど。御懸念はよく判り申す。されば、新田陸奥守様より、皆々様への言伝を預かっておりまする。よくお聞きくだされ」


 真田幸隆は咳払いをして、胸を張った。


「降伏を望む者は所領を捨て、一族郎党をすべて引き連れて宇都宮城に登城せよ。無論、それには当主である佐竹義重殿も含まれる。そして残った者は、太田城以下すべての城、砦、領主が居なくなった土地を領するがよい」


 そこで言葉を切り、周囲の反応を伺う。何を言っているのかと呆れる者、固唾を飲んで次の言葉を待つ者、ひょっとしたら国人として残れるのではないかと期待する者など、それぞれが表情に出ていた。

 幸隆は、その上で、と言葉を続けた。


「その上で、常陸に残った国人は、降伏の意思なしと見做し、家門取り潰しの上で皆殺しとする。この期に及んで尚も戦い続けようと考える者など、新田が作る天下には不要な存在である。ただの賊徒として誅する故、葬儀を行うことも、墓を建てることも認めぬ。この国の歴史より、その名を永遠(とこしえ)に消し去る。その覚悟があるならば、存分に戦われよ。以上でござる」


 真田幸隆は口上を述べながら、なんと残酷な措置なのかと、佐竹家に憐憫の情すら抱いた。領地を、国を自ら捨てる。武士にとってこれほどに辛いことはない。その上で、それが出来ない者など不要と断じ、その名を記録から消し去るというのだ。


「これは脅しではござらぬ。これを口にされた陸奥守様の表情を見て、某は確信しており申す。眉一つ動かさずに、冷徹に実行されるであろう。某自身、背筋が凍るような思いでござった」


 およそ、武士が武士に対して吐く言葉ではない。武士では、これ程に残酷なことは思いつかないだろう。宇曽利の怪物の言葉を吐いたほうも、それを聞かされたほうも、皆が顔を蒼褪めさせている。主戦論を唱えていた笠間長門守幹綱、島崎大炊介(おおいのすけ)氏幹でさえ、呻くことすらできなかった。





「家門取り潰しだけではなく、墓すら認めず、史から名を消し去るとは……」


 由良成繁は、金山城下の屋敷で酒を飲んでいた。新たな主君から下賜された、陸奥で作られたという澄酒である。酒精が強く、確かに美味い。だが素直に酔えない自分がいた。


(これも時勢と思い降伏したが、恐ろしい…… 儂は、本当に正しかったのか?)


 由良家は家禄一万石が許された。それに加え、自分には隠居料として一〇〇〇石が与えられている。これは自分が死んだあとは妻の化粧料になる。これらはすべて、米と銭によって与えられる。領地開発の責務から解放され、百姓たちは兵役に出ることもなくなった。上州では今、検地と同時に農地整備と刀狩りが行われている。すべての土地を領しているからこそ、こうした大胆な施策が迅速に実行できるのだ。


「おそらく、武田や上杉、さらには北条に見せつけるためでしょうね」


 妻の輝子が、酌をしながら小さく呟いた。男ではないかと思えるほどに苛烈な妻でさえ、新田又二郎と比べれば可愛く見える。新田は武士に対しては厳しいと聞いていた。確かにそう見えるが、一方で降った者には家禄を与え、家門存続を保障している。たとえ役目がなくとも、三代までは働かずに食っていけるほどに、厚遇しているのは確かだ。


(だが逆に考えれば、三代もすれば多くの武家が、ただの町人、百姓になるということだ。一〇〇年もせずに、武士という存在が無くなるかもしれない。いや、それを待たずに、使えぬ者はどんどん放逐されていくだろう。新田又二郎は、家臣に対して甘い男ではない)


 実際には、適材適所が新田家のやり方なのだが、齢六〇を過ぎている由良成繁としては、元服したばかりの嫡男が、新田家で働いていけるのか。そして、新田家そのものが確固とした天下を築き、一〇〇年、二〇〇年の太平の世を作れるのかが不安であった。


(まだ死ねぬ。国繁がそれなりの立場になるまで、見届けねば……)


 由良成繁の目には、新田家とその当主に対して、ある種の危うさを感じていた。確かに新田家は、今回の戦でさらに巨大になった。だが領地が膨れ上がれば、同時に様々な意見、価値観を持つ者たちが集まる。今の形のままでは、いつか瓦解するのではないか。

 恐怖と不安を隠すように、由良成繁は酒を呷った。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「幸福」?降伏すれば「幸福」かどうかはわからんが?
[一言] 佐竹氏は、源氏姓から、藤原姓になったんだよなぁ まあ、系譜的には源氏何だろうけど、血筋的にはって、思ってしまう 昔、信長の野望で、武将調べてる時に知って、そうなんだぁって、思った
[一言] 「一戦交えたら有利な交渉が出来る!」って思われてるのは、又二郎が悪いんですよ? 「開戦前なら降伏を許す!一戦交えたらお取り潰し!」って徹底してないんで 有名武将なら贔屓して、どんなに抵抗して…
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