武田・上杉動く
奥州から数万の兵が移動し始めていた。新田領内の街道整備と兵站を担当している北信愛は、街道の果てまで続く荷車を見ながら、この一〇年間を感慨深げに振り返った。
「主要な街道から優先して整備をした甲斐があったな。宇曽利から宇都宮まで、一本の街道で迅速に荷を運ぶことができる。峠越えが必要な場所には、替え馬も配置されている。あとは各集落を繋ぐ道と、集落を通る大通りの整備だな。これは殿の御命令通り、道路整備を専門とする商家を主要な城下町に置くことにしよう」
かつて、日本全国の都道府県には、公共工事を担当する建設会社が存在していた。談合や税金の無駄遣いなどという声により、そうした建設会社は締め上げられ、数を減らし続けている。
だが、日本は全土で地震が起きる地震多発地帯である。建物や道路が傷む速度は、地震が少ないヨーロッパとは比較にならない。また、地震が発生した時に活躍するのは、重機やトラクターを所有し、細かい道を把握している「地元の建設会社」なのだ。つまり、各都道府県に土建会社を置くことは「安全保障」の観点からも必要なのである。
「街道を使う商家から、その大きさに合わせて税を徴収し、街道整備に充てる。道が整えば、より多くの人と物が行き交い、民が潤い、物が売れるようになる。殿が目指される“銭の世”には、街道整備が必須なのだ。お前も良く学び、新たな世の役に立て」
嫡男の北愛一にそう説明しながら、信愛は将来を考えていた。いずれ天下が定まった暁には、全国の街道整備を計画する部署が必要となる。集落同士を繋ぐ道だけではなく、集落内で荷車が混雑しないよう、交通までも考えねばならないだろう。
「日ノ本全土の交通を考える部署…… 国土交通部という名になるかな」
独り言を呟く父に一瞬視線を向けた若き後継ぎは、途切れることなく続く荷車隊を見ながら、どれだけの大戦になるのかと胸を膨らませていた。
永禄九年(一五六六年)卯月(旧暦四月)も半ばを過ぎた頃、新田軍はほぼ出陣の準備を終えた。当面の目標は、奥州の再統一である。岩城を攻め、相馬の臣従を正式なものとした上で、佐竹に与した奥州南端の国人たちを滅ぼす。そのまま一気に佐竹に攻め込んでも良いが、それは唐沢山城以西の上州の動き次第となるだろう。宇都宮城では、又二郎が陣触れを発表していた。
「大将は最上源五郎、副将は九戸政実に命じる。兵力は一万二千。岩城は其の方の義弟である、伊達総次郎の面目を潰した奴らだ。遠慮はいらぬ。思う存分に攻めまくれ!」
「御意!」
「次に北武蔵だ。特に成田の動きには、注意をせねばならぬ。蠣崎政広を大将、副将は下国重季とする。兵力は八〇〇〇だが、重季は父親の師季に似て守勢に強い。まず藤岡城(※栃木県藤岡町)を落とし、そこを拠点として武蔵の国人衆を牽制するのだ。此方から攻めずに、奴らが北に出れないよう、固めよ」
「ハッ!」
「残りは俺と共に、三万で唐沢山を攻める。箕輪城から、長野業盛をはじめとする上州の国人衆が出てくるだろうが数はせいぜい一万がいいところだろう。三万もいれば十分よ」
皆が頷き、いよいよ出陣かというときであった。大評定間に急使が駆け込んできた。
「申し上げます! 武田法性院殿、躑躅ヶ崎館を乗っ取り、領内に号令を掛けましてございます! 躑躅ヶ崎には、既に一万が集まってございます!」
そこに、さらに急使が駆け込んできた。
「申し上げます! 春日山城にて異変! 上杉不識庵殿、春日山城にて挙兵! 西越後から越中にかけて、一万近くを集めているとのこと!」
「馬鹿な! 真に上杉が動いたのか!?」
南条越中守広継は立ち上がって叫んだ。田村月斎は面白そうに顎鬚を撫で、そして若き主君に視線を向けた。どのような顔をしているのか、興味があったのである。そして思わず唾を飲み込んだ。
「クックックッ…… まさか本当に武田と上杉が来るとはな。これだから戦国は面白いのだ!」
宇曽利の怪物は、髪の毛が逆立つような闘気を昇らせながら、歯を見せて笑っていた。
情報を整理するため、一旦は出陣を取り止める。家臣たちの中には怒りを示す者もいるが、それは八柏道為が宥めた。
「ここで知ることができて良かったではありませんか。上州に出陣し、唐沢山城を包囲したところに、武田上杉の連合が現れて背後を突かれるより、余程マシでございましょう」
「その通りだ。上州には三万を超える数が集まるだろう。それにしても何があったのか。九十九衆が探っていよう。段蔵の方向を待て。腹が減ったな。皆、飯にするぞ」
全員が籠手を外し、甲冑姿のままで食事を始める。雉肉焼きに野菜の味噌汁、卵焼きに糠漬け、五分突きの飯を喰らっていると、加藤段蔵が現れた。
「段蔵。何があった?」
「申し訳ございませぬ。武田信玄が自ら動くとは…… 九十九衆でもその動き、掴めませなんだ」
一月ほど前、武田信玄は新たな湯治場を探すと言って、僅かな供回りと共に信濃に入った。その際に、修験者の恰好をした上杉謙信と密談が行われた。その結果、武田と上杉でほぼ同時に政変が起き、城を乗っ取った。自分に付いてくる者たちだけで、新田に戦を挑むと号令を掛けたのである。
「それで? 武田や上杉は?」
「信玄殿は兵を興して出陣されました。その後、躑躅ヶ崎館に戻った当主武田義信殿は、父親との断絶を宣言。信玄殿についていった者たちも、武田家から追放するとのことでございます。明日には、武田からの使者が来るでしょう」
「なるほど。上杉も同じであろうな」
「恐らくは…… 武田家、上杉家共に、先代が勝手にやったこととするつもりでしょう」
「そんな馬鹿な……」
南条広継が思わず呟いた。まったくその通りである。城を乗っ取ることくらいはできるだろう。だが兵を集め、将を決め、兵糧武具を整えて出陣するなど、謀反者たちだけでできるはずがない。間違いなく、家中皆が、承知の上でのことである。
「意地……であろうなぁ」
田村月斎は遠い眼差しで、そう呟いた。
時は少し遡る。武田家当主、武田太郎義信は父親から話を聞いたときに、自分も出陣すると申し出た。だが父親は断固として承知しなかった。
「儂より若い者たちは、一人たりとも連れて行かぬ。また新田に臣従することを是とする者たちも同じよ。そうした者たちを纏め、次の世へと導くのが其の方の役割ぞ」
「ならば戦などせねば良いではありませぬか! 武田は新田に対して、北条への道を通してやったという貸しがありまする。浪岡弾正少弼(※具運のこと)殿は、新田家の外政を担う重臣。その縁を頼れば、家臣たちを守ることも十分に可能でございます!」
「家はな。家は残るであろう。だが、戦いもせずに唯々諾々と土地を奪われながら、それで新田に首を垂れるなど、武士として、いや、男としての矜持が許さぬ! 太郎、三条と共に其方を東光寺に幽閉する。儂が出陣した後は父子の縁を切り、家臣たちも追放とせよ。そしてすぐに、新田に臣従を申し出るのだ」
「父上……」
戻るつもりは無い。そういう意味であった。義信の眼から熱い雫が落ちた。信玄は義信の背に手を回し、生涯で初めて、息子を抱きしめた。
「御屋形! 某も共に征きまする!」
高坂弾正昌信は興奮した表情で、当主の場所に座る武田信玄に詰め寄った。信玄は面白そうに笑みを浮かべた。それは滅多に見ることのない姿であった。
「源助(※高坂昌信の幼名、源五郎とも)、今年で幾つになる?」
「ハッ、四〇になりまする」
「そうか。残念だったな。此度の戦、儂より年下の若造たちは連れて行かぬ。年寄りの楽しみを奪うな」
「御屋形様!」
「義信は大将としてもそうだが、男としてもまだまだ磨き残しがある。儂の代わりに、義信を鍛えてやってくれ。新田にはこの先、錚々たる武将たちが名を連ねよう。今の太郎では、武田家が埋没しかねん」
小者に至るまで、年下の者たちを躑躅ヶ崎館から追放する。そこに、真田源太左衛門幸隆がきた。
「某は、今年で五四になり申す。御屋形と御一緒する権利は、ありまするぞ」
「勘助に続いて源太左衛門まで来るか。其方も武田にとって必要な男であろうが」
「いやいや! 倅たちも育ち、真田乃荘を託すには充分。なにより、美濃殿(※原美濃守虎胤)という揶揄う相手がおらず、退屈しており申した。新田陸奥守殿は、宇曽利の怪物と呼ばれているとか。さぞ、揶揄い甲斐がありましょう」
信玄は笑って頷きながら、内心では感謝していた。これから死ぬのである。死ぬための戦なのである。それなのに、自分の我儘に付いてきてくれる者がいる。良い家臣たちに恵まれたと思った。
「御屋形様、よもや某を置いては行かれますまいな?」
隠居した飯富虎昌まで駆けつけてきた。嫡男である太郎義信の傅役なのである。それこそ残るべきだろうと伝えたが、頑として聞かない。
「若君には、もう何も教えることはありませぬ。あとは経験で磨かれていくでしょう。今の某は、ただ一人の戦人。このまま朽ちるくらいならば、戦場にて華麗に散りとうござる!」
信玄はただ、頷くことしかできなかった。他にも多くの武田武士たちが詰めかける。それぞれの家には後継ぎがいる。後顧の憂いのない者たちばかりであった。宿老であった飯富虎昌をはじめ、軍師に山本勘助、真田幸隆、武将として馬場信房、室住虎光などが加わる。兵力は一万だが、武器や兵糧は十分に持った。
その中で唯一、信玄よりも年下の武将が居た。実弟の武田信繁である。一緒に行けないのならば腹を切る。弟の最初で最後の我儘を聞いてくれと懇願され、仕方なく連れていくことにした。
「兄上。皆、揃いました」
躑躅ヶ崎館の評定間に、武田信玄以下武田家の老臣たちが揃った。皆が歴戦の名将たちである。
「此度の戦。儂の生涯で最大のものとなろう。武田、上杉に加え、上州の長野や武蔵七党まで加わる。相手は奥州を統一した日ノ本最大の大名、宇曽利の怪物ぞ。だが、儂から見れば二〇過ぎの若造よ。武田武士の恐ろしさ。奥州の田舎侍たちに思い知らせてやるがよい!」
そして全員で、評定間に飾られた鎧に向かう。
「御旗楯無、御照覧あれ!」
永禄九年卯月、武田信玄は一万の兵を率いて西上州へと出陣した。
(´・∀・`):感想をたくさんいただき、有難うございます。近衛家や三条家についてはこの後も出てきますが、物語としてやっぱり、武田信玄と上杉謙信には活躍して欲しいんだよね。
(=゜ω゜=):筆者も悩んだらしいけど、土地が取り上げられるとなれば、やっぱ簡単には臣従しないだろうというのが、結論だったんだよな。
(´・∀・`):武田家は特に歴史があるからね。信玄の描き方については賛否もあると思うけど、忍人(非情な人)なだけの人物とはどうしても思えなくて、こうした武将像になりました。
(=゜ω゜=):でも本音では、舞台が大きくなりすぎて、あと何万文字書けば決着するのか見えなくて困ってるんだろ?
(´・∀・`):別に困ってないよ。面倒に思ってるだけだよ。頭にある展開を文字化するのって、面倒なことなんだよ。勝手に文字化してくれる機械とかあればいいのにね。
(=゜ω゜=):あと二〇年は掛かりそうだな。
(´・∀・`):というわけで、関東大乱がいよいよ始まります。それに伴い、活動報告でのラフイラスト公開も更新します。今回は、浪岡具永、具統親子です。此方も楽しんでください。
(=゜ω゜=):これからも応援、宜しくお願いするのぜ~
※ブックマークやご評価をいただけると、モチベーションに繋がります。ポチッとしていただけると大変嬉しいです。