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明智光秀、織田家へ

 永禄八年文月(旧暦七月)末、新田又二郎は阿武隈川を挟んで白河結城氏が守る小峰城を眺めていた。合戦前の仕込みは上々である。既に宇都宮氏と小田氏には根回しを掛けている。

他にも、佐竹からの接触もあったが、従属で赦すのは小田氏だけと決めている。佐竹は大きすぎる。従属を認めれば北条と手を組んで、天下統一を目指して西進する新田の後背を脅かしかねない。


「殿、加藤殿が目通りを願っておりまする」


「段蔵が来たか。恐らく、都の動きであろうな。会おう」


 石川信直の案内で、加藤段蔵が現れる。又二郎の前で片膝をつくと、報告を始めた。


「殿が予想された通り、大和の松永弾正忠久秀は、亡き足利義輝公の実弟、覚慶様を興福寺に幽閉致しました。事実上、匿っていると言って良いでしょう」


「そうか。恐らく松永久秀という男は、三好修理大夫個人に対して忠義を尽くしていたのだ。三好家そのものに対する忠誠など無いのだろう。修理大夫亡きいま、三好に従う必要はないと判断したのだ。これで畿内は割れるな。遠からず、三好と松永の間で戦となるだろう」


 松永弾正久秀と聞くと、義理ワン(※ゲーム内でのステータスで、義理が最低値という意味)という印象があるが、史実を丹念に見ると、必ずしもそうとは言い切れない。松永久秀の出自には諸説あるが、現在では摂津国の土豪出身であったという説が有力である。いずれにしても百姓に毛の生えた程度のもので、織田家で例えれば木下藤吉郎のようなものである。

 三好長慶は、身分の低かった久秀を重用し、右筆から奉行、ついには守護代にまで取り立てる。通常、身分が低い者をこうして取り立てる場合は、上杉家の直江兼続のように、名跡を継がせるのが一般的である。だが三好長慶はそうした従来の慣習を無視し、松永久秀を松永のまま取り立てた。保守的な畿内においてこれは異例であり、三好長慶という人物の革新性が伺える一例であろう。

 三好長慶の寵臣となった松永久秀は、ついには大和一国の管理まで任されるようになった。もし松永が「義理ワン」ならば、この時点で裏切っていただろう。だが松永久秀はその後も「三好家家宰」として主君の長慶を支え、三好家と足利幕府の間を取り持つことに奔走する。


 松永久秀が三好家と袂を分かつ契機となったのが「永禄の変」である。松永久秀は将軍殺害にはまったく関わっていない。これは史料からも明らかである。だが止めようともしていなかった。恐らく、長慶が亡くなったことで、幕府との断絶は不可避と判断したのだろう。そして将軍が殺害されたことで、足利幕府は事実上終わったと考えたのではないだろうか。

実弟の覚慶(※足利義昭)を匿ったのは、その後の流動が読めなかったため、自己保身(※将軍殺害に関わっていないというアリバイ作り)を考えてのことであろう。また、三好家と袂を分かつことを宣言するためということもあったのかもしれない。いずれにしても永禄の変により、松永久秀という一人の「大名」が誕生したのである。


「関白殿下も動いておられまする。叔父である大覚寺義俊様を通じて、覚慶様を興福寺から逃し、織田を頼ろうとしておりまする」


「織田…… 朝倉ではなくてか?」


「朝倉は後背に一向門徒を抱えており、また冬になれば動けなくなりまする。一方、織田は武田とも盟を結び、後顧の憂いはありませぬ。朝倉よりも動かしやすいと考えたのでしょう」


「なるほどな。殿下もやるではないか。俺でも織田を頼るだろう。だが織田が動くとなると、この数年で畿内の勢力図は大きく変わるはずだ。もし織田が畿内を統一したら、武田や北条を越える大大名が生まれる。天下統一の大きな障害になる。此方も急がねば」


 この翌日、阿武隈川を挟んで白河結城と新田の合戦が始まった。





「フン、朝倉義景は阿呆よな。畿内に出る名分を自ら棄てるとは」


 岐阜城において、織田信長は書状をヒラヒラとさせて鼻で嗤った。朝倉義景からの書状である。足利義輝の実弟である覚慶を織田が受け入れるのであれば、朝倉はそれに異を唱えることはしないという内容であった。


「当家は加賀の一向門徒と争っており、畿内に出る余裕はありませぬ。覚慶様を御招きしたとしても、三好討伐の御期待に沿うことは難しく……」


「フム、十兵衛といったな。其方、誠にそう思うか?」


「………」


「朝倉は新田との交易で、多くの利を得ておろう。その利を使えば、一向門徒を調伏することもできたのではないか? それが難しくとも、例えば越中を手に入れた上杉と手を組み、加賀に備える負担を軽くすることくらいはできたはずだ。義景はこの数年、何をしていた? 何もしておらぬ。関白殿下が見限るのも、当然であろう」


「それは……」


 朝倉家の使者として岐阜城を訪れていたのは、明智十兵衛光秀である。明智の名は美濃の中では知られている。光秀は政戦両面で活躍し、茶道や礼法にも精通している。本来であれば一城を与えるに足る将なのに、朝倉家では外様扱いをされ、厚遇されているとはいない。


「十兵衛。明智の名は儂も知っておし、其の方については於濃からも聞いておる。その才を、このまま朝倉の中で朽ちさせて良いのか?」


「ッ……」


 十兵衛光秀は言葉に詰まった。流浪の身となってようやく朝倉家に仕えることができた。だがその禄は多いとは言えない。母親と従者数名を食わせたら残らない程度である。努力して身に着けた鉄砲の技術も、朝倉家中では認められてはいない。不満が無いといえば嘘になる。


「織田はこれから天下を目指す。畿内を統一し、さらには四国、中国、九州を獲る。足利幕府に代わる新たな秩序を打ち立て、日ノ本から戦を無くす。儂に仕えよ。その才を天下のために役立てよ」


「……母と、流浪の頃から付いてきてくれた者たちがおりまする。彼らを招きたく思います。また拾ってくれた朝倉家にも、義理を通すお時間を頂けませぬでしょうか」


 信長は口端を上げた。せめて朝倉家を納得させて来たいというのだ。こうした誠意を信長は愛していた。欲に釣られてホイホイと主家を裏切って来る輩より、遥かに信用できる。


「畿内に向けて兵を挙げるとすれば、来年早々になるであろう。それまでに片付けよ」


「ハッ」


 この日から、織田家は急速に軍備を拡充させ始めた。





 白河小峰城が燃えている。その炎が、夏の日差しで浅黒く焼けた頬を火照らせる。又二郎は腕を組みながら、燃え盛る城を見つめていた。


「殿、那須家から降伏の使者が……」


「斬れ」


 又二郎は視線を向けることさえせず、冷然と返答した。田村隆顕、清顕父子の働きは凄まじいものであった。田村は柏山に似て一兵に至るまで精強だが、それを縦横に駆使する軍師の存在が、田村をより強くしていた。


「追うのじゃぁっ! 結城を決して逃がすではない! 晴綱(※白河結城氏当主)の首を刎ねるまで追うのじゃぁっ!」


 どこからか、妖怪爺の大音声が聞こえてきた。白河結城については田村に任せている。又二郎の仕事は、その他の小国人たちの扱いである。やることは簡単だが、そのためには厳しい決断が必要であった。即ち「皆殺し」である。


「関東の国人たちに示すのだ。生きたくば新田に土地を明け渡せ。逆らう者は皆殺しだとな。これで北条もやりやすくなるであろう」


 新田の南下を止められるのは、南関東で勢力を伸ばしている北条しかいない。利根川以南の国人衆は悉く、北条に従うだろう。北条に従えば、少なくとも本領は安堵されるし、坂東武者としての面目も保てる。奥州人に降るよりは遥かにマシ。下総結城氏、千葉氏などもそう考えるだろう。古河(こが)公方はどこかに捨扶持を与えられ、ひっそりと終焉していく。奥州、関東からは、室町の色が消える。


「人の営みを止めることなど出来ぬ。旧態依然とした室町の支配では、もはや日ノ本を統治することは出来ぬ。新田が新たな世を創る。新田の世で、日ノ本は新たな夜明けを迎えるのだ」


 そのためならば、どれだけの悪名も背負う。又二郎の壮絶な覚悟に、周囲の家臣たちは戦慄した。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] この頃のノッブは野心より将軍や朝廷への忠義が強くて…それで振り回されてロクな目に遭わないんだけども この時代の天下は畿内を指し、関東や東北は割りとどうでもいいんだよね それどころか、東国統一…
[良い点] 新田も織田も順調に勢力を伸ばしてますね。 [気になる点] 新田は次はどこを狙うのだろうか?距離的には武田だけど北条がどう動くかによっては北条とも争いにはなるし。少なくとも上洛を急いでるわけ…
[一言] >「織田はこれから天下を目指す。畿内を統一し、さらには四国、中国、九州を獲る。足利幕府に代わる新たな秩序を打ち立て、日ノ本から戦を無くす。儂に仕えよ。その才を天下のために役立てよ」 さらっ…
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