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それぞれの軍議

 会津黒川城から北に一里半のところで、蘆名軍と上杉軍は合流した。これまでの両家の関係を考えれば、友好的な雰囲気になどなろうはずもない。だが想いは一致していた。


(なんとしても、ここで新田を食い止める)


 兵力こそ劣っているが、上杉輝虎自身が率いた時、上杉軍は鬼神の如き強さを発揮する。永禄四年の小田原城攻めにおいて、輝虎は小田原城の近くの蓮池(※現在の蓮池弁財天神社近く)に一人歩を進め、そこにドカリと座りあろうことか弁当を食い始めた。驚いた北条方は鉄砲一〇丁による二度の狙撃を試みたが、輝虎に当たることはなく、悠々と昼食を取って帰ったという。この時、関東の国人衆は、輝虎が毘沙門天の加護を得ていると本気で信じたという。

 そんな軍神が本気で新田と戦うのだ。蘆名軍の中には、上杉軍に向けて手を合わせる者までいた。


「新田はここから一里のところに陣を構え、馬止を築いているとのことです。米沢城からは大量の物資が届いており、新田軍はまるで宴のような飯を食っているとか」


 主君である蘆名盛氏に促されて、四家老筆頭の松本図書助氏興が状況を説明する。鋭い眼差しと落ち着いた佇まいをした男が、黙ってそれを聞いていた。歴戦の猛者である氏興であっても、目の前の男には一抹の緊張を拭えないでいた。上杉輝虎という男は、その場に居るだけで周囲に影響を与える存在であった。


「猪苗代を抜いてからの新田の動きに、少し不審がありますな。まるで我らを待っていたかのような。これまでの新田の動き、もう少し詳しくお聞かせ願いたい」


 輝虎の代わりに、家老の直江景綱が発言する。確かに新田軍の歩みは遅くなったが、何もしていなかったわけではない。慧日寺を降して中立にしたこと。長浜に出て米沢城との補給路を構築したこと。そして長い馬止を構築して堅陣を組んでいたことなどを説明する。


「新田は、どれだけの種子島を持ってきたのか?」


 輝虎の言葉に、氏興は無意識に背筋を伸ばした。


「物見の話では、およそ六〇〇〇とのことです」


「六〇〇〇とは……」


 柿崎景家が呟く。永禄八年時点で、五〇〇〇丁もの鉄砲を持つ大名など、奥州はおろか日ノ本全土を見回しても新田家しかいないのではないか。さらに新田の鉄砲は従来とは造りが異なる。どういうわけか、射程が遥かに長いのだ。これは二年前の東禅寺城攻め、そして余目の合戦から、上杉軍も知っていた。


「新田の種子島は強力でございますが、鉄砲は一度撃てば、次の弾込めまで時を要します。そこで竹盾を足軽たちに持たせ、新田を攻めます。竹盾だけでは種子島を防ぐのは容易ではありませんが、水で湿らせた稲藁の束を竹で挟んで分厚くすることで玉を防ぐことが出来る。これは我らが幾度も試して確かめました。我ら蘆名が鉄砲を引き付けている間に、上杉の皆様には騎馬隊で一気に攻め掛かっていただきます」


「ほう……」


 蘆名家とて、新田の伸長を黙って見ていたわけではない。南下する新田と激突する日に備え、随分と前から種子島を研究し、その対策を立てていた。本来であれば秘中の秘であるはずの策を明かしたことは、それだけ上杉を信頼してのことである。


「相解った。総懸かりで臨むとしよう」


「新田の種子島は強く、その竹盾とて長く保つとは限りませぬ。新田が撃ち始め次第、我らも動きます。蘆名の皆様の御信義、決して無には致しませぬ」


 こうして、対新田の策は決まった。輝虎は上杉方本陣に戻る途中、直江景綱に確認した。


「越後からの報せは?」


「未だ何もありませぬ。街道に伏嗅を置き、庄内で動きがあれば直ちに報せるよう、手筈を整えておりまするが……」


「気になる」


「新田の動きが緩やかなことでございますな? 新田の速さであれば、我らが着く前に黒川城を攻めることもできたはず。それをしなかったということは、庄内方面でも動くということでしょう。如何されますか、御実城様」


「新田を破り、そのまま米沢まで攻める」


 なぜ新田が堅陣を敷いているのか。それは米沢城と会津との間に補給線を構築し、長陣にも耐えられるようにするため。ではなぜ長陣を考えるのか。それは会津に上杉本軍を引き付けている間に、庄内方面から越後を伺うため。上杉輝虎はそこまで読んでいた。

 ならばこちらはどうするか。ここで新田を撃ち破り、米沢城まで一気に攻め立てれば良い。そうなれば庄内方面の新田軍は米沢に向かわねばならず、白河の田村、伊達も戻るだろう。つまりこの長原の決戦こそが、奥州を賭けた最終決戦となる。





「此方の兵力は三万、敵は二万。優勢ではありますが、決して油断はできませぬ。何しろ、あの上杉輝虎自らが出てきているのです。一万の兵力差など有って無きようなものです」


 新田本陣において、長原を模した図面に駒を置きながら、南条越中守広継が説明する。新田又二郎政盛をはじめ、長門広益、柏山明吉、三田重明、そして最上義光の五人が動かされる駒に視線を向ける。


「上杉も蘆名も、新田の種子島は調べているはず。何か手を打ってくると思うが?」


「確かに…… それに上杉の騎馬隊は手強い。二年前の余目では付け入る隙が無かった」


 三田重明の言葉に、長門広益が頷く。新田は一度、上杉と戦っている。あの時の上杉輝虎は本気で新田を破ろうとはしていなかった。庄内地方に楔を打ち込むことが目的であり、それは見事に達成されている。佐渡島奪取という奇手を打たなかったら、庄内地方は今でも膠着していただろう。


「恐らく蘆名が種子島を引きつけ、その間に上杉の騎馬隊が突撃するという策を取るでしょう。種子島を防ぐには、余程分厚い鎧を身に着けるか、幾層にも重ねた盾を持つしかありませぬ。いずれも騎馬には不向きな装備です。そこで、蘆名への種子島隊を半数にします」


「上杉をおびき出し、種子島で屠ると?」


 南条越中の基本方針に対して様々な意見が出る中、又二郎は昔を思い出していた。当時はまだ種子島も少なかったが、それでも十分な距離から三段撃ちをして屠れるはずだった男。だがその男は理解不能な力によって、本陣まであと一歩というところまで迫った。


(上杉輝虎の強運は、南部晴政以上かもしれぬ。果たして種子島だけで、上杉の騎馬隊を止められるだろうか? 人間の意思は、種子島を使った近代戦の戦理をも凌駕するのかもしれん……)


「越中……」


 それまで黙っていた又二郎が口を開いたことで、全員の視線が主君に集まった。


「いっそ、種子島を棄てるか?」


「は?」


 その場の全員の目が点になった。





 永禄八年卯月(旧暦五月)下旬、会津長原において、蘆名上杉連合軍と新田政盛率いる新田軍の激突が始まった。北側に陣を取る新田軍三万を見て、松本氏興は険しい表情を浮かべた。蘆名の兵たちは基本敵に農民兵である。無論、この時代の農民は現代とは違う。戦となれば人を殺すことに躊躇いなど無い。現代人では考えられないほどに、殺し慣れている。

だが農民兵にとっては、戦はあくまでも「副業」であり、本業は農業だ。新田の常備軍のように戦を本業とし、そのために日夜調練を行っている者たちと比べれば、体つきは無論、戦への士気もまるで違う。上杉輝虎のような、存在そのものが崇められるような武将が率いれば別だが、普通は自領の農民兵をまとめるのに苦労するのが普通の武将である。


「相当な調練を積んでおりますな、あの兵たちは……」


背後から、平田左京亮舜範に声を掛けられる。蘆名の兵とて幾度も戦を経験した歴戦の者も多い。だが新田は短期間に連戦し続けてきた。乱戦に持ち込まれれば不利になるだろう。


「主攻は上杉です。我らは潰れ役ですが、血を流す価値はあります」


 ここで勝ったとしても、新田を止めることは出来ない。だが勝てば不戦の盟を結ぶことも可能だ。それがたとえ従属の関係であろうとも、主家や自分たちの家門と土地は残るだろう。


「では、始めましょうか」


「武運を……」


 蘆名を支える四家老たちが、それぞれの持ち場につく。やがて法螺貝の音が響いた。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 鉄砲を使わない!? ここで一気に兵種変更とは大胆だなぁ
[良い点] 200話連載達成おめでとうございます!
[一言] 200話連載達成おめでとうございます。
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