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崩れゆく南奥州

「ふざけるなぁ! 儂は…… 儂は奥州管領畠山家の家柄であるぞ! 宇曽利の山猿如きが、なぜ儂を攻めるのだぁ! 本来なら儂を主君として迎えて当然であろうが!」


 二本松城内において、二本松義国はそう叫んでいた。既に城の周囲は十重二十重に包囲されている。田村が一五〇〇の兵力で攻めてきたため、二〇〇〇の兵を掻き集めて迎え撃ったが、アッサリと蹴散らされた。当主の田村隆顕どころか、既に隠居したと思っていた月斎まで出てきたという。


「田村め! 新田に降った腰抜けどもがっ! 蘆名はどうした! 佐竹は! なぜ、なぜ誰も儂を援けぬのだぁっ!」


 鎌倉から続く奥州武士の歴史において、奥州管領を輩出した二本松畠山家は、奥州斯波家に匹敵する家柄である。二本松義国は特に名家としての誇りが高く、蘆名や田村よりも上位だと自負していた。それが今、滅びようとしている。なぜこのような結末となったのか、義国には理解できなかった。


「父上、二本松は降らぬのでしょうか? 畠山家は奥州管領の名門、それを滅ぼせば、幕府とは決定的に断絶します。それどころか、下手をすれば朝敵にさえ、されかねません」


 二本松城を包囲する新田軍の中で、田村家は最前線に置かれていた。とはいっても無理攻めなどはしていない。既に一戦しているので、新田の城攻めを見ていろと命じられていた。嫡男の清顕の言葉に、父親の隆顕は首を振った。


「名門だからこそ、殿は二本松を滅ぼすおつもりなのだ。殿が作ろうとされている新たな世に、旧き名門など不要なのだ。其方も良く心得よ。坂上田村麻呂の末裔という自負は持っていても良い。だが決して驕ってはならぬ。己は何を為すのか、何を為したのか。これからは、それのみが認められる世となるであろう」


 ドーンという雷鳴のような音が響き、空気がビリビリと震えた。何事かと顔を向けると、兵たちが一斉に城内に流れ込んでいる。田村隆顕は瞑目して首を振った。戦の常識がまるで違う。田村の土地にも鉄砲は伝わって来ていたが、新田ではそれを多用しているという。高価な火薬を湯水のように使い、野戦も城攻めも短時間で一気に終わらせてしまう。


「いずれ、益荒男たちの世は終わるであろうのぉ……」


 田村月斎は目を細めてそう呟いた。隆顕も同感であった。弓矢や槍、あるいは刀による戦いは終わる。これからは鉄砲という武器の力によって、戦が行われるようになる。人が戦うのではなく、武器が戦う世となる。武士としての矜持、益荒男の意地などはそこには無い。


「武士の世の終わりか……」


 武士とは、戦のために存在している。戦が無くなれば、武士は不要になる。物を産み出す者、物を動かす者が活躍するようになる。寂しくないと言えば嘘になる。だがそれでも、人が人を殺さずに済む世が来るということは、素晴らしいことなのだ。新田の武士たちは皆がそう信じ、そのために戦っている。


(儂の代のうちに、田村の家にしっかりと家訓を遺さねばならぬな。益荒男の心意気を……)


 次の世において、田村の家をどう残すか。隆顕は真剣に考えていた。





 二本松氏の滅亡と田村氏の臣従は、南奥州の諸大名、諸国人に大きな衝撃を与えた。奥州に残る勢力は数えるほどしかいない。主だったところを挙げれば、蘆名、相馬、岩城、二階堂、猪苗代、結城である。そのうち相馬は、当主の相馬盛胤と田村家嫡男の田村清顕は義理の兄弟という関係にある。また長年に渡り争い続けていた伊達家が新田に臣従したことで、相馬は争う相手を失った。さすがに新田家に喧嘩を売る程、相馬盛胤は愚かではなかった。一方、一六歳という若さで家を継いだ佐竹次郎義重は、若さに似合わぬ統率力を発揮して家中を纏めて領地拡大に乗り出し、その矛先を相馬領へと向けていた。佐竹次郎義重の母親は岩城重隆の娘であり、相馬攻めにおいて岩城の助勢も期待できたということも、相馬攻めを選んだ一因であった。

 

 当主を戦で亡くし、家中を纏めるために時間が掛かる伊達と比べ佐竹はいち早く代替わりし、義重の下で急速に力を増していた。伊達以上に手強い敵に南から攻められた相馬家であったが、伊達が新田に臣従したことにより状況が一変する。まず岩城が佐竹から手を引いた。岩城家当主の岩城重隆は知勇に優れた名将であったが、子宝には恵まれず、伊達晴宗の長男である鶴千代丸を養子として迎えていた。現在では孫四郎親隆と名乗っており、既に家中を取りまとめている。

 実弟の総次郎輝宗が伊達家当主となり、そして新田家に臣従した。これにより、岩城孫四郎親隆は岩城家の今後を考えざるを得なくなった。新田と相馬の間に、直接の関係はない。相馬を攻める佐竹を岩城が援けたとしても、それは新田には関係のないことである。だがこの先が読めない。南奥州はそれぞれの家が複雑に絡まり合っているため、どこか一つが動けば全体に波及する。それを見極めるまでは迂闊に動くわけにはいかない。


 伊達、最上が新田に臣従したことにより、岩城孫四郎親隆は動くに動けない状態となった。そして岩城が動かなくなれば、相馬と佐竹の争いにも影響が及ぶ。当初こそ押されていた相馬盛胤であったが、現在は膠着状態となっている。日向館、小浜館(※福島県富岡町)など所領の南一帯を失ったが、新山(しんざん)城まで退いた相馬盛胤はそこで佐竹を食い止めていた。

 そして状況が激変する。宴席である田村家が新田に臣従し、二本松城を攻め落とした。田村は小大名だが弱くはない。当主の隆顕は猛将として知られており、義弟であり嫡男の清顕も、その器量を期待されている。さらに田村には、田村月斎という妖怪がいる。


「伊勢はどう思うか?」


 小高城内において、相馬盛胤は軍奉行である佐藤好信(別称、佐藤伊勢)に意見を聞いた。領地で横暴な振る舞いをし、謀反を企んでいると讒言されるほど、佐藤家は相馬家中で重きを成している。一つの家の存在感が大きくなるのは危険と考え、盛胤は讒言を聞く形で佐藤家を改易しようかとも考えたが、その矢先に起きたのが、先の新田包囲網であった。さすがにいま時点で、佐藤好信を失うわけにはいかず、軍奉行のまま今日に至る。


「御当家の存続を第一とお考え下され。今は迷っている時すら惜しゅうございます。田村を通じて、伊達に執り成しを頼むのです。いま新田に降れば、御当家は安泰でございましょう」


「だがこの地を失うぞ。儂だけではない。家中の者たち皆だ」


 相馬氏の歴史は、鎌倉初期の千葉氏流から続く。当然ながら、家臣たちも皆が土地を持っている。自分ひとりが降ると決めたところで、家臣たちが従うとは限らない。


「伊勢殿の言葉に某も賛成します。いまであれば、御当家のみならず家中皆が、新田に召し抱えられるでしょう。ですが時が経てば、岩城が先に降るやもしれませぬ。そうなれば新田は、逆に御当家に降伏の使者を出してくるでしょう。いえ、下手をしたら降ることすら許されにず……」


 家老である江井(えい)河内守胤治(たねはる)も同意する。新田が相馬を攻めるのに口実など必要ない。先の連合軍に加わった相馬家は、新田からすれば敵も同然なのだ。それは岩城、二階堂、蘆名、佐竹も同じである。口実が無いと安心していられるのは、白河結城家くらいであろう。


「まずは家中を纏めましょう。御当家を含め、全員が土地を手放すとなれば、某を妬む者の溜飲も多少は下がるはず。さらには佐竹に悩まされることもなくなります」


 こうした動きは相馬家だけではなかった。二階堂や岩城でも似たような動きが始まっている。一方、新田との対決を選んだ大名家もある。蘆名家、佐竹家、そして白河結城家であった。


「蘆名と佐竹はまぁ理解できるが、結城家はどうしてだ? 先の連合軍にも結城家は加わっていなかったはずだ。田村との関係は考慮せねばならぬが、臣従するのであれば受け入れても良いと考えていたのだが……」


 米沢城の寝室において加藤段蔵から報告を受けていた又二郎は、腕を組んで首を傾げた。結城氏は歴史こそ古いが、奥州を代表するような家柄ではない。もし降ってきたのならば役目をうまく調整し、田村と接触しないようにするつもりでいた。だが報告では、蘆名や佐竹、さらに北条、佐竹、上杉を巻き込んで新田と戦うつもりらしい。


「結城左京太夫晴綱殿は、蘆名や北条と縁を結び、佐竹や那須と戦い続けていました。されど次第に所領を失い、追い詰められていたようです。御当家に降ることも考えたようですが、田村殿が先に降ったため、今からでは田村殿の下に位置づけられると考えたのでしょう」


「上も下もないのだがな。そもそも田村も伊達も最上も、みんな所領などないぞ。家禄だって一万石を上限としているのだ。かつての憎悪を引き摺ったところで、意味はないのだがな」


「それを理解しておられぬのでしょう。左京太夫殿は、田村の風下には立てぬと仰られたそうです」


「馬鹿だな」


「御意」


「相馬は新田への臣従へと流れつつある。岩城も同様だ。まずは田村、相馬、岩城を抑えた上で、佐竹と蘆名に備えよう。結城に関しては、田村に任せるか」


 いかに環境が変わったとはいえ、人間は簡単に過去を忘れることはできない。田村家にとって、結城家は累代の怨恨がある。ならばここで晴らさせてやるのが良いだろう。田村隆顕を大将とする結城攻めが決まったのは、それから数日後であった。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 殿!結城、佐竹を一気に飲み込めば八溝山金山が手に入りますぞ!
[気になる点] 確かに葦名に従属とあるが、田村は伊達にも従属していました。 例えると真田が上杉徳川豊臣と従属先を変えていったのと同じということでしょう。 同じ立場の二階堂氏はまだ葦名に攻められ…
[一言] 他人のふんどしでいくさができる♪ 兵糧も背後の守りも考えなくて済む♪ 脳筋には正に据え膳!
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