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新たな世の姿

新年、明けましておめでとうございます。

本年も応援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

 越中国を攻めている上杉軍に、新田軍の佐渡島侵攻が届いたときには、既に河原田城まで落城していた。その報せを聞いた上杉輝虎以下、重臣たちは重苦しい沈黙に包まれていた。新田は最初から佐渡を狙っていたのである。本庄繁長、椎名康胤が示し合わせたように叛乱を起こし、いま自分たちが越中国にいるのも、すべて新田又二郎の掌の上であった。


「よもや、佐渡を狙っておったとは……」


「これは拙い。佐渡小木湊は直江津から目と鼻の先。春日山城には僅かな兵しかおらぬ。新田に備えるためにも、ここは一旦、引き上げるべきでは?」


「落ち着け。佐渡は本間の地縁深き土地。新田とて簡単には治められぬ。それに間もなく雪が降り始める。新田が動くとしても来年であろう。一刻も早く、越中を片付けるのだ。本庄とて、新田に踊らされていたと解れば立ち回りを考えるであろう」


 幸いなことに、越中国の目途は立ちつつあった。椎名康胤は籠城して抵抗しているが、それは本庄と新田が出羽から越後を脅かすことを期待してのことである。新田が来ないことを伝えれば、恐らくは降る。謀反を起こした康胤を切腹させ、椎名家は断絶させる。そのかわり、家臣たちは赦免すると伝えれば、後は城内で解決するであろう。

 それから数日後、椎名康胤の首が運ばれてきた。最期まで抵抗したのか、凄まじい表情である。恐らくは家臣たちに取り押さえられ、無理やり腹を切られたのであろう。


「憐れな者よ……」


 首を一瞥した輝虎は、無表情のまま呟いた。皆も同じ気持ちであった。身の丈にそぐわぬ野心を持っていたのが悪い。そう言ってしまえばそれまでだが、それに火を付けたのは新田である。唆された挙句に誰からも援けてもらえず、右往左往した挙句に家臣からも裏切られ、苦悶のまま孤独に果てた。とても戦勝を祝う気持ちにはなれなかった。

 場の空気を変えるように、直江景綱は咳払いをして今後の方針を確認した。


「雪がちらつき始めておりまする。越中全土を手にした今、一旦はお戻りになるべきでしょう。一向衆の動きは、伏齅(ふせかぎ)(※上杉家の諜報部隊、軒猿とも呼ばれた)を置いておけば大丈夫でしょう」


「うむ。加賀、能登の抑えは斎藤下野守に任せる」


「ハッ」


 史実でも、上杉謙信は戦にも内政にも強い名将、斎藤下野守朝信に重要な土地を任せていた。武田への備えが不要となり、北条は佐竹と里見が押さえている。いまやるべきことは、新たに得た越中国を完全に上杉の土地とすることであった。


「それと弥次郎(※本庄繁長のこと)だが、如月まで待つと伝えよ」


 新田の後詰が期待できなくなったのは、本庄繁長も同じである。新田家と上杉家に挟まれた以上、もはや先が見えていた。輝虎の言葉は、いま降るならば赦すという意味である。

 こうして、上杉輝虎は椎名家を滅ぼし、越中一国を手に入れた。だがその喉元には刃が突き付けられている。佐渡を獲られた以上、大規模な戦はできなくなる。上杉は動くに動けない状態となった。





 離島の治め方は、蝦夷地統治で経験している。内政の判断力がある者に大きな権限を与え、その土地を任せるという治め方だ。だがそれ以上に重要なのは、その者が信頼できるかどうかである。叛乱を起こされたら、離島である分、奪還するのが難しくなるからだ。


「春日山城に近いため、戦の判断もできねばならぬ。新田家には多くの将がいるが、佐渡を任せられるのはお前しかいない。頼むぞ」


「深く御信頼を頂きましたこと、心より感謝申し上げます。佐渡の統治、お任せくだされ」


 酒田亀ヶ崎城において、石川左衛門尉高信は佐渡総奉行の役目を与えられた。軍権と行政権の両方を持つため、殆ど大名に近い。他にも数十人の行政官を送り込む。配備する兵力は五〇〇〇。炮烙玉を投擲するための投石機を搭載させた三〇〇〇石船は三〇隻を配備した。


「酒田と両津湾との間に、月に二度の定期航路を設ける。人と物の行き来を活性化させ、佐渡全体を豊かにするのだ。金崎屋が能登の七尾と交易するそうだ。能登は畠山修理大夫(※畠山義総のこと)の死後、主君と家老とで争っているらしい。領民のみならず、修理大夫を頼って都から逃げてきた公家や連歌師たちも、先行きを不安に思っているに違いない。新田がまとめて引き受ける。どんどん人を招き入れろ」


 鉱山開発はとにかく人手がかかる。ただでさえ、釜石で行っている製鉄で人手不足であった。豊かな新田本領から、未開の佐渡島に移る者は少ない。又二郎としては、能登、加賀、越中からの移民に期待するしかなかった。

 一通りの差配が終わると、又二郎は一人になりぼんやりと考えた。佐渡島一つを開発するのでさえ、一〇年は掛かるだろう。優れた行政官は育ってきているし、読み書き計算を覚えた領民も増えている。だが日本国として纏まるには、まだまだ時が必要であった。自分がどれくらい生きられるか解らないが、天下統一後、二〇年は統治を行いたい。そのためには時は幾らあっても足りなかった。


「開発しつつ土地を広げる。それしかない。今はまだ奥州だけだが、関東甲信越まで出れば、天下統一まで一気に加速できるだろう。もっとも、織田信長がどう動くかで変わるが……」


 焦るなと自分に言い聞かせるが、それでも焦燥感は拭えない。酒を飲みたいと思った。





 永禄六年(一五六三年)霜月(旧暦一一月)、尾張清洲城を本拠とする織田信長は、美濃攻略に乗り出していた。


「南信濃を領する武田とは盟を結んだ。竹千代(※松平元康)も一揆を抑え込み始めている。いまこそ、舅殿(※斎藤道三のこと)の遺言に従い、美濃を切り取る時ぞ」


 だが、美濃の斎藤治部大輔龍興(※一色の姓を名乗っていたが、斎藤で表記統一)は凡愚そのものであったが、家臣たちは優れていた。特に西美濃三人衆と呼ばれる稲葉、安藤、氏家は優れた武将で、義龍の頃から家老として斎藤家を支えていた。さらに、木曽川を越えて美濃新加納(しんかのう)における戦で頭角を現したのが「竹中重治」であった。経験を積んだ壮年の武将たちと若き俊英によって守られる斎藤家を滅ぼすには、強烈な一撃が必要であった。


「ふむ…… 新田家ではそのような方法で家を建てているのか」


 この日、信長は清洲城に越前から来たという商人を呼んでいた。奥州で版図を広げる新田家の話を聞くためである。日ノ本の果てにいながら、天下統一という目標を掲げている新田家を信長は気にしていた。


(誰かが、麻のように乱れ切った日ノ本を束ねねばならぬ。誰もやらぬなら俺がやる)


 父である織田信秀が存命であった頃から、信長は密かにそう決意していた。自分と同じ目標を打ち立て、弱小国人から奥州最大の大名まで成長した新田又二郎政盛の話は、信長にとっても参考になることが多かった。


「精緻な図面を描き、予め部材を加工しておき、現地に運んで組み立てるか……」


 信長の中に、一つの案が浮かんだ。美濃を攻略するには、稲葉山城と西美濃三人衆を分断するしかない。幸いなことに龍興は暗愚で、何かと諫言する家老たちを遠ざけているという。分断し、かつ美濃攻略の拠点となる場所に砦を建てる。だがいかに暗愚な龍興とて、目と鼻の先に砦が立てられるのを黙って見過ごすはずがない。戦をしながら砦を建てるなど出来ようはずもなく、机上の空論と思っていた。


(このやり方であれば、昼夜突貫で三日…… いや、二日で建てられる。やってみる価値はあるか)


「それにしても新田陸奥守は面白いことを考える。国人が土地を持つことを禁じ、すべて禄で仕えさせているそうだな? 米ではなく銭で売買をするなど、まるで商人(あきんど)ではないか」


「新田様の御領地では、百姓に至るまで読み書き算術を学ばせております。すべての民が銭を使えるようにする。そして銭を使いたくなる物を用意する。物を運べる道を整える。運べるように野盗を駆逐する…… 何方かが仰っていました。新田は、武士が治める世を終わらせようとしていると」


「であるか」


 信長は頷いて、商人を下げさせた。私室に戻り、正室である於濃乃方の膝枕で横になる。考え事をするとき、頭の中を整理するとき、信長は決まって正室の膝枕を求めた。於濃乃方の聡明さは信長も認めるところである。語り、質問を受け、回答することで考えが纏まっていく。


「新田のお話、如何でございましたか?」


「日ノ本の果てに儂と似たようなことを考える者がいるとは、少し驚きだ。国人から土地を取り上げ、武士の世を終わらせるというのは頂けぬがな」


「はて? 御前様も新たな世を創るのだと、常々仰っていますが、新田とは違うのですか?」


「フン…… 新田が既に日ノ本を統一し、天下人として政事をしているのであれば別だ。だが今は、奥州の半分を領する一大名に過ぎん。どれ程急いだとしても、天下統一まで少なくとも三〇年は掛かるであろう。問題はその後よ……」


「噂では、陸奥守殿はまだ一〇代とか。三〇年経っても五〇には届きませぬよ?」


「人の意識というものは、簡単には変わらぬ。陸奥守が生きているうちは良い。だが死んだ後はどうなる? 土地に拘る者、昔を懐かしむ者、新たな機を伺おうとする者…… 承久(じょうきゅう)の乱から三〇〇年、日ノ本は武士が土地を治めてきた。領民たちもそれを当然と受け入れてきた。日ノ本すべてで一つの国という意識を持たせるには、一〇〇年は掛かるであろう。陸奥守の目指す世は、余りにも遠すぎるのだ。人は、二〇〇年は生きられぬ」


 天下統一の志は良い。銭を中心とする世も認める。だがたった一つの政体で日本を束ねるのは、いま時点では不可能だ。ヒト、モノ、カネ、情報の流通を促すには日本全土の道を整え、治安を回復させ、貧富の差を埋めるために全土で産業を振興しなければならない。どれ程の時を要するか、想像もできない。


(一先ずは幕府を開き、太平の世を創る。その上で、治安の回復と街道の整備、産業の振興を行う。武士の世を終わらせるならばその後であろう。世を改めるにしても、余りにも急進的であれば、人は付いてこぬ……)


 いずれ新田は関東に出る。そして甲信越を飲み込み、この尾張にも来るかもしれない。それまでに織田は畿内を領し、確固たる力を手に入れる。新田とぶつかるとき。それは天下分け目の戦となるであろう。


「……寝てしまいましたか?」


 眼を閉じていた信長は、いつの間にか眠ってしまっていた。少し冷たい掌が、額を撫でた。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 競争相手がいないなら南蛮はもう海外進出するくらいになってるからノンビリなんかできないよね 武士の力減らして民の教育頑張れば二世代先には大丈夫になるんじゃね
[良い点] 浪漫の塊です ノベライズ一巻は表紙に桜姫(初対面時)お願いします 信長の野望が捗ります [気になる点] 特になし? 八戸兄貴は出て来ますか? [一言] 応援してます 変なオーバーテクノロ…
[一言] 信長も国人合議制から家臣制に切り替え、刀剣・茶器の価値を高め所領の代わりに下賜したり、所領制から俸禄制への切り替えは考えてたんだろうなと …そこまで慎重にやっても本能寺の変よ 100~20…
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