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余目の戦い 前半

遅くなり申し訳ございません。

 酒田からおよそ六里(※二四キロメートル)のところにある遊佐郡吹浦で兵糧、槍、甲冑などを受け取った又二郎率いる新田本軍は、状況を確認した。およそ二割が脱落しており、兵力は八〇〇〇強となっている。


「沼田祐光殿の奇策により、およそ一日の時間を稼ぐことができました。現在、上杉勢は総掛りで攻め続けていますが、御味方の士気高く、抵抗を続けております」


「よし。藤六たちは?」


「小野寺殿が殿として盾岡城に残りました。その数、一万二〇〇〇。長門殿は一万八〇〇〇を率いて最上川を下り、間もなく狩川あたりまで到着するかと」


「うむ。越中、どう見る?」


 水を飲み、干飯を口にしながら又二郎は今後の展望を聞いた。


「上杉とて此方の動きを掴んでいるはず。輝虎は撤退まで見据えているでしょう。聞く限り、東禅寺城は今日一日は持ち堪えます。そしてすぐ後ろには長門殿が迫っている。上杉は今夜にも軍を退き、この余目にて長門殿を迎えようとするでしょう」


「そのまま撤退はしないか?」


「その可能性もありまする。ですがその場合、我らの追撃を受けることになります。赤川の横山城ではなく、さらに南の鶴岡城あたりまで兵を退くことになりましょう。余目は最上川の対岸にあり、我らは到着まで最低でも三日は掛かります。一方の長門軍は二日で到着するでしょう。上杉は野戦において長門軍に勝利し、我らを迎え撃つつもりです」


 それを聞いた又二郎は首を振った。城攻め、野戦、そしてまた城攻め。過重労働にも程がある。どれだけ戦好きなのかと思った。もっとも、過重労働という意味では此方も似たようなものである。


「上杉輝虎と長門広益の戦いか。甚三郎はどう見る?」


「兵力、疲弊度、そして練度においてもほぼ五分でしょう。されど長門軍には弱点がありまする」


「将の数か……」


 上杉軍には輝虎以下、蠣崎景家、斎藤朝信、小島弥太郎、本庄繁長といった名将たちが揃っている。一方の長門藤六広益には、それなりの武将や武辺者はいるが、名将と呼べるのは藤六のみである。新田家は急速に拡大したため、どうしても武将の数が足りなかった。


「藤六に伝えよ。勝つ必要はない。足止めさえすればよい。我らはあと三日で届く。それまで上杉を食い止めよとな」


 長門藤六広益には、八柏道為が軍師として付いている。これくらいは読んでいるだろう。だが長門軍には滝本重行など血気盛んな武辺者が多い。軍の性格としては、どちらかというと攻めの方が得意なのだ。一本、釘を刺しておく必要があると感じた。





 又二郎の指示を待つまでもなく、長門広益も八柏道為も、この戦が守りの戦であることをよく理解していた。決戦前の軍議で、道為は地図を差しながら作戦を説明する。


「大前提として、この戦の勝ちとは敵将の首を獲ることではなく、最小の犠牲で敵を追い返すことです。よって基本的には、守りの戦を行います」


 鶴翼の陣形を敷いて上杉軍を迎え撃つ。北から新田本軍が迫っている以上、上杉は攻勢に出て撃ち破らなければならない。だが長門軍の性格は攻めを得意としている。この点は道為も懸念していた。


「ただ守るだけではなく、滝本重行、矢島満安の二人には攻めにも転じて貰いましょう。戦場をかき乱すのです。ただし深入りは厳禁です。上杉軍はこれまでの軍とは違います。深入りすれば取り囲まれてしまうでしょう。あくまで、敵の注意を惹くことが狙いです」


 新田軍はこれまで、万を超える合戦を幾度か行ってきた。だが敵は常に「連合軍」であった。連携などあろうはずがなく、苦戦することなく勝ち続けてきた。

 だが今回は違う。上杉軍は一大名で二万近くの軍なのである。かつてない程の苦戦が予想された。だがそれは上杉方でも同じ感想であった。新田軍との野戦は初めての経験である。上杉の重臣たちは、目の前の敵軍がこれまでとはまったく違うことを本能的に察していた。


「……美しい」


「あぁ。あれは相当に鍛えられた軍だ。真に強い軍は静かで、優し気で、そして美しいものだ。武田以上に手強い相手だぞ」


 小島弥太郎の呟きに、柿崎景家は頷いた。関東、信濃で戦ってきた歴戦の猛者が、表情を険しくしている。上杉軍も相当な精兵のはずなのに、下手をしたらそれを上回る程の迫力を感じていた。

 両軍が余目で対陣する。上杉輝虎は右手を上げ、そして下ろした。


「掛かれぇぇっ!」


 余目の戦いが始まった。





「うぉぉりゃぁぁぁっ!」


 滝本重行は二〇〇の手勢を率いて敵軍目掛けて突撃した。朱槍が風きり音を立てて振るわれる。足軽を蹴散らして突き進む。そして途中で向きを変える。「大ふへん者」と刺繍された羽織は、味方にとっても敵にとっても目印となった。


「御味方、各所で押され始めております!」


「無理に押し返そうとはするな。敵も疲れているのだ。押し続けることなどできぬ」


 余裕を見せる長門広益であったが、内心は別だ。自分の想定を上回る手強さであった。特に部隊同士の連携が凄まじい。率いる将、そして兵たちが戦慣れをしているのだ。奥州の兵とは質が違った。


「御実城様、御味方優勢です。此処は一気に……」


 直江景綱の進言に、上杉輝虎は首を振った。確かに優勢に見えるが、決定的な一撃を与えるほどの差は出ていない。ジリジリと退きながらも、粘り強く守り続けている。そして時折、打って出てくる二つの部隊が目障りであった。そのために一気呵成な攻めに出られずにいた。動きからして相当な武辺者が率いている。討てば勝負は半ば決するだろう。


「弥次郎(※柿崎景家のこと)、慶之助(※小島弥太郎のこと)を出せ」


「ハッ! 左右で飛び回る蠅を叩き落とすよう、伝えまする!」


 上杉家が誇る歴戦の益荒男たちである。輝虎は確信を持っていた。小島弥太郎は指示を受けるとすぐに動き出した。供廻りを連れ、上杉軍をかき乱す小部隊を潰しに行く。


「うりゃうりゃうりゃっ……」


 調子に乗って敵を屠り続ける滝川重行は、横からいきなり痛撃を受けた。槍で素早く防いだが、腕が痺れるほどの力であった。


「ほう…… 少しはやるな? 俺は小島慶之助貞興、小島弥太郎のほうが知られているがな」


「へぇ…… 噂は聞いてるぜ。上杉最強の益荒男、鬼小島ってのはアンタか」


 重行は槍を持ち替えて、痺れる手を振った。小島弥太郎の名は重行も知っていた。強力無双にして稀代の豪傑と呼ばれている。素手で猛犬を打ち殺したとか、巨大な羆を槍で一突きにしたとか、眉唾な話が語られていたが、相対してみると本当に有り得そうだと思えた。


「俺の名は滝本重行、いずれ天下無双の武辺者になる男だ!」


「貴様にいずれ(・・・)などない。此処で終われ」


 大不便者と鬼小島の一騎打ちが始まった。





 矢島満安は天下の広さに眩暈がし宗であった。滝本重行、三田重明など自分より強い者と出会い、今日まで懸命に自分を鍛え続けてきた。だが目の前には、それを上回る強者がいた。


「惜しいな。若すぎる。あと数年もすれば、儂に伍するであろうが、その芽をここで摘むことになるとは……」


 柿崎弥次郎景家は、数ヶ所に傷を負っていた。槍で傷をつけられるなど久々であった。それだけ、目の前の若者が強かったのである。だが矢島満安は満身創痍であった。致命傷こそ辛うじて受けてはいないが、槍を持つ手にはもう力が入らなかった。


「矢島満安、その名は忘れん。さらばだ!」


 景家の槍が満安の心臓を捉えようとしたとき、いきなり鉄砲が仕掛けられてきた。狙ったわけではないが、右腕に一発が食い込んだ。僅かな隙、それをついて満安は一気に退いていった。いわば敵前逃亡である。だが景家はそれを卑怯とは思わなかった。死ねばそれまでなのだ。まずは生きること。それが益荒男として大成するための第一条件なのだ。


「……ふん、良い判断だ」


 口端を上げて、景家は馬を翻した。一方の滝本重行と鬼小島弥太郎の一騎討ちは、馬鹿力同士の叩き合いとなっていた。互いの槍がミシミシと悲鳴を上げるほどに、渾身の力で振る。技も何もない。力が上の方が勝つ。そういった勝負であった。


「殿、柿崎殿も退かれた様子。ここは一旦、お退きくだされ!」


 その言葉に、弥太郎は馬を翻して去っていった。途中で新田軍を蹴散らしていく様子を見て、重行は自分が見逃されたことを悟った。もう腕には力が入らない。一方の小島弥太郎には、まだ余裕があった。


「俺の負けか…… 天下ってのは広いなぁ。退くぞ、お前ぇらっ!」


 余目の戦いは、上杉軍がやや優勢のまま、昼を過ぎた。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 撤退してるから既に負けなんだけどね! このまま素通りさせて、船で先回りして春日山城下でも焼けばいいような…
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