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永禄五年、秋の戦の始まり

ダンジョン・バスターズ第4巻の改稿のため、来週いっぱいまでは投稿が不規則になります。後書きに予定を書いておりますので、よろしくお願い致します。

 永禄五年(一五六二年)葉月(旧暦八月)、嫡男義信の決死の覚悟によって北条氏康との誼を取り戻した武田家中では、今川攻めの機運が高まっていた。だがそれによって、扱いに困る人物が生まれる。義信の正室である松乃方である。今川義元の娘であり、現当主である氏真の妹であるため、その立場は極めて危険なものであった。松乃方の侍女は今川に通じており、武田家の機運も伝わっている。義信とは一女を儲けているが、男子はまだ生まれていない。今のうちに離縁すべきという声は日増しに強くなった。


「父上、北条との誼を取り戻した褒美として、是非とも叶えていただきたいお願いがございます」


 そうした中、評定において嫡男の義信は、父信玄に対して褒美を強請った。こうしたものは本来、何か望みはあるかと当主の側から聞くものである。たとえ嫡男といえども、武田家当主に対して無礼であった。


「……言うてみよ。次第によっては考えよう」


 ここで金子や土地などを強請れば、信玄は激怒したであろう。だが義信の願いは信玄すら予想しないものであった。


「今川攻めの先鋒をお任せいただきたく、お願い申し上げます」


「なに?」


「わ、若…… それは御屋形様がこれからお決めに……」


 傅役である飯富虎昌が慌てる。当然であった。今川攻めはこれまでの戦とは規模がまるで違う。

確かに今川家は弱っている。当主を失い、さらには三河の半分も松平家康(※徳川と名乗るのは一五六七年)に奪われていた。それにより、家中からも離反者が相次ぎ、つい先日も一宮砦攻めで家康に撃退されている。

 だが弱っているからと言っても、駿河と遠江、そして東三河を領する大国である。さらに盟を破棄して攻め込むことに、家中や領民の中にさえ疑問視する声もある。だからこそ、初戦は必ず勝たなければならない。辛勝ではなく痛快な勝利が求められる。先鋒は、極めて重要な役目であった。


「なぜ先鋒を求める?」


「某の妻は亡き義元公の娘、氏真殿は義理の兄でございます。なればこそ、某が自ら望んで先鋒となり、今川を攻めるのです。武田の決意、覚悟を家中領民に示すために」


 信玄は黙って嫡男を見つめ、そして頷いた。パチリと扇子を閉じる音がした。


「よう言うた。それでこそ武田の嫡男よ。太郎義信に先鋒を任せる。飯富よ、太郎を頼むぞ。此度の戦は是が非でも勝たねばならぬ。武田の存亡が懸かっていると心得よ」


「……いけませぬな。目に埃が入ってしまい申した。御屋形様、この虎昌が必ずや若を勝たせまする。ただ一つ、早川殿の件は如何致しましょう」


「太郎にすべてを任せる。太郎よ、お前は氏康相手に啖呵を切ったそうだな。その意気は買うが、やるなら最後までやり遂げよ。奪うもよし。交渉で取り戻すもよし。思うようにやれ」


「ハッ」


 飯富虎昌はまだ目を拭っていた。そして思った。自分は来年で六〇になる。これが最後の戦になるだろう。その後は、弟である昌景に任せようと。





 同じころ、越後春日山城においても動きがあった。越中(※現在の富山県)への出陣である。


「椎名右衛門大夫殿(※椎名康胤(やすたね)のこと)より援軍の要請が来ております。加賀一向衆の支援を受けた神保宗右衛門尉(※神保長職(ながとも)のこと)が力を増し、神通川あたりまで兵を出してきているとのことです。そこで我らは、これを機に神保氏を滅ぼし、一向衆どもを加賀まで押し戻し、越中を手に入れます」


 上杉家家老、直江景綱が方針を説明する。これまでの上杉家であれば、椎名康胤を支えるだけに留まり、越中を手に入れるという明確な領地拡大を狙ったりはしない。だが今回は違う。上杉輝虎自身が、越中を獲ると口にしたのである。


「幸いなことに、加賀一向衆は越前攻めに苦戦している様子。神保への支援にそこまで兵は回せませぬ。我らとの正面衝突は避け、加賀へと戻るでしょう」


 加賀一向一揆と越前朝倉氏は、史実通りに激突していた。だが様相は史実とは違う。一向門徒たちは越前攻めに苦戦していた。その理由は新田と越前朝倉氏との交易にあった。京都に近い越前は、新田にとって重要な交易相手である。米、酒、炭団、衣類などが北から齎されるため、越前朝倉氏もその利益を受けていた。飢え震える民が史実よりも少なかったのである。

 生きることが苦痛だから、死後の極楽を求める。生きることに希望を見出せば、極楽往生の幻想から解き放たれる。本願寺にとって、人を正気に戻す豊かさは敵であった。


「ですが気になるのは能登の動きです。畠山は神保とも繋がっており、兵を出してくるのでは?」


 斎藤下野守朝信が懸念を口にする。能登畠山氏は、畠山左衛門佐義続(よしつぐ)が当主となっていたが、能登七人衆の筆頭であった温井総貞を謀殺し、当主としての権力を取り戻していた。帰参した遊佐美作守(※遊佐続光(ゆさつぐみつ)のこと)も、大人しく従っていた。


義総(よしふさ)の頃から比べると、能登は随分と力を落としていると聞くが、それでも能登一国となれば二〇〇〇や三〇〇〇は出せるであろうな」


 柿崎弥次郎も腕を組んで頷いた。負けることはないが、厄介な敵であることは事実であった。


「構わぬ」


「ハッ、たとえ畠山が敵になろうとも、我らには後方の憂いはありませぬ。武田とは盟を結び、新田も越後に出てくる気配なく、我らの力であれば畠山など容易に打ち砕けるでしょう。ただ懸念があるとすれば、揚北ですが……」


 主君の僅かな言葉を謀臣が翻訳する。だが後方に憂いが無いというのは、嘘ではないが大袈裟な表現である。揚北衆が出羽に攻め込もうとしているのは上杉方も掴んでいた。だが敢えて関知はしなかった。現時点で新田と上杉が全面戦争になることはない。新田は奥州統一を優先している。いずれは激突することになるだろうが、あと数年は時間が稼げると見込んでいた。


「任せる」


「ハッ、新田との小競り合いはあるでしょうが、あちらもそれは予想しております。せいぜい国境を越えて刈田を仕掛け、追い払われる程度で済むでしょう。新田陸奥守殿は、損得勘定が出来る御仁。いきなり攻めてくることはありますまい。ただ、気に掛けているということだけ伝えましょう」


「うむ」


 その後は、越中攻めの具体的な作戦が話し合われる。上杉家は本来であれば二万の軍を動員可能だが、揚北衆は参戦しないため、今回は一万五〇〇〇で越中を攻める。それでも十分な戦力であった。





 又二郎の生活は規則正しくも多忙で、そして夜は爛れていた。精神年齢だけは老年だが、肉体は一〇代半ば、思春期真っ盛りの高校生の年齢である。そして現代に連れてきてもアイドル顔負けの美しい妻が二人もいる。となれば青春を謳歌するのは必然であった。


「はぁ、此処だけの話だがお前たちと離れるのが辛い。さっさと天下を統一して内政と子作りに集中出来たらどれだけ良いか……」


 出陣前夜は二人同時に抱く。両腕に妻を抱え、天井を見ながら呟く。二人にはまだ懐妊の兆しはない。これは又二郎が意図的にそうしていた。オギノ式で排卵期を計算し、そこを避けるようにしている。このやり方は絶対ではないが、まだ身体が育ち切っていないときに妊娠するのは危険が伴う。現代の年齢で一七歳くらいまではそうするつもりであった。決して爛れた夜を楽しむためではない。


「殿方が、戦の後に女子を求める気持ちが強くなるというのは、存じております。ですが、その場合は隠し事なく私達に教えてくださいませ」


「そうしたことを商売とする女子もいると聞きますわ。まぁ、そういう一夜限りの女子であれば、認めてあげても宜しいですわ」


 現代風に言うならば、金を払って風俗に行くのは認めてやる。ただし、ちゃんと報告しろということである。もっとも、又二郎にはそんな気はない。妻への義理ではなく、性病が怖いからだ。


(性病か…… そういえばペニシリンは作っていなかったな。作り方は覚えているが、アレは歴史を大幅に変えてしまう。それに南蛮諸国に流れる危険性もある。天下統一までは封印だな)


 今はまだ日本国内の歴史を変えるに留まっているが、いずれは世界史にも影響が出てくる。万一にもペニシリンの製法がヨーロッパに流出すれば、その後の歴史は大きく一変してしまう。又二郎が目指すのは、二一世紀においても日本が超大国として存在できる基礎を固めることであった。そのためにも、ヨーロッパ諸国への技術流出は避けねばならない。


(技術とは歴史の蓄積だ。結果だけをポンと出したところで、なぜそうした結果に至ったのかという蓄積がない限り、応用が利かない。天下統一後は国立大学を作り、化学、物理学、天文学、医学、数学などを研究させよう。三〇〇年早く、日本を近代化させるのだ……)


 考え事をしているうちに、いつの間にか意識が途切れてしまった。翌朝、身も心もスッキリした又二郎は、二万の軍を率いて浪岡城から出陣した。檜山城で一万が合流し、三万の軍勢で出羽を攻める。だがその眼は、遥か未来の国家像をしっかりと捉えていた。


《後書きという名の「お願い」》

※ブックマークやご評価、レビューをいただけると、モチベーションに繋がります。


※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎晩抱いてどちらも懐妊せず。 計画的だとはいえ、そんなこと周りには分からない。 はたして殿の不能説が出てしまうのか。
[一言] 戦国モノあるあるで、天下統一してから近代化したがるけど、平和と近代化はイコールじゃないって徳川260年の安寧が証明してるからなー 近代化に必要なのは戦争で、統一日本の周りに丁度いい敵が居ない…
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