喧嘩
長槍は一般的に、柄と槍頭によって構成される。そしてこの二つの中で重要なのが「柄」である。戦国時代における槍は、基本的に打撃武器である。無論、槍を突き刺すという使い方もあるが、戦では振り回して相手を叩くという使い方のほうが多い。そのため柄には衝撃に耐えられるよう、樫やブナなどの木が使われ、さらに獣皮や鉄板などで補強が施される。槍頭と柄を接合する「目釘」の部分は、特に補強が必要であり、鉄板や蔓、針金を巻き付けることが多い。
槍の長さは一般的に、自分の身長の二倍から二倍半が使い易いとされているが、これは使い手の好みもあるため、まちまちである。「無用の長物」という言葉があるとおり、あまりに長すぎると合戦ではほとんど使えないため、騎馬隊に対して密集して槍を突き入れるなどの集団戦以外、長槍はあまり使われることはなかった。
戦国時代の武将にとって、槍はただの武器ではなく、自分の奮闘ぶりを敵味方に示すための「飾り」でもあった。そのため槍頭や柄には様々な装飾が施された。彫刻や塗装は無論、中には箔押しや宝石を飾った槍まである。装飾は主張と同時に、必勝祈願や加護といった自己暗示的な効果のためでもあった。武士たちは正に、一本の槍に己のすべてを託して、戦ったのである。
「うぉぉりゃぁぁっ!」
「おぉぉぉっ!」
咆哮する獣を乗せて、二頭の馬が交錯した。だが決着はつかない、互いに槍を突き入れたが、相手が上手く躱したためである。両者とも馬の手綱など握っていない。太股の締め付けだけで馬を操る。正に人馬一体であった。
続いて槍同士の鍔迫り合いが始まる。今回用意した槍は一間五尺(※約三メートル四〇センチ)、汎用的な長さのものである。ただし柄全体が補強されているため、重さは四貫(約一五キロ)を超える。両者はそれを片手で軽々と操り、相手に叩き付けた。
(なんたる豪腕! このような者がいたとは・・・・・・)
(へぇ、やるじゃねぇか。俺様と五分かよ)
突き入れられた槍を躱しつつ、躰の回転で槍を振る。だが相手も馬を操りながらそれを躱す。たとえ躰に当たろうとも、躰の捻りと膝を使って力を逃がす。
「あの若者、なかなかやりますな。重行の馬鹿力と五分とは・・・・・・」
三田重明は余裕の表情で、矢島満安を褒めた。滝本重行が先鋒なのは、単純に三田重明や長門広益の方が強いからである。重行は、力だけなら家中随一だが、それに頼りすぎる傾向があるため、広益たちには技によって押さえられてしまう。もっとも、滝本重行自身も槍技を身につけ始めているため、遠からず広益を超えると言われていた。
「だが重行には及ばぬ。膂力だけなら五分であろうが、経験が足りぬ。おそらく、ずっと一人で槍を振っていたのだろう。あれほどの才を持ちながら、惜しいことよ」
「ならばこの後は、某が鍛えてやりましょう。アレはモノになります。・・・・・・どうやら、決着がつきそうですな」
重行が押し始めた。力ではなく技である。広益に扱かれ続けて身につけた巻槍によって、満安の槍を弾き飛ばした。肩で息をしていた満安は、両手を挙げた。
「某の負けでござる」
両軍から歓声が沸いた。
「ざっとこんなもんよぉっ!」
「調子に乗るな。槍が刃引きされていたから勝てたに過ぎん。首元を掠めた時、刃引きされておらなんだらそこで決着がついておったわ」
広益からそう指摘され、重行は自分の首をさすった。完全に躱したと思っていたが、微かに跡がついていた。へぇ、と嬉しそうな顔をして、重行は小野寺方に顔を向けた。
「天下は広い。まだまだ武辺者は多くいる。驕ることなく精進せよ」
そう窘められ、嬉しそうな顔で頷いた。普段は聞かん気が強くへそ曲がりなくせに、こうしたところは素直なのが、重行の美点であった。
一方、小野寺方に戻った満安は、主君に頭を下げて詫びた。だが小野寺輝道は、怒るどころか笑ってその戦いぶりを褒めた。
「その年であそこまで戦えたのは、見事としか言いようがない。戦を重ねれば、さらに強くなるだろう。新田に行くのだ。小野寺の戦はここまでだが、新田にはこれから多くの戦がある。そこに身を投じて、天下の武辺者となれ」
満安は悔し涙を流しながら頷いた。
「では、次は某ですな……」
小野寺家家老にして歴戦の武将、鮭延貞綱が馬を出した。一方、新田家側からは三田重明が前に出る。互いに名乗り、互いが瞬時に相手を認めた。
「三田主計頭重明…… あの柏山家でも最強と呼ばれた猛将が出てくるとは」
「それは此方も同じ。鮭延貞綱殿の名は、遠く宇曽利にまで伝わっています」
八柏道為の言葉に、南条広継がそう返した。宇多源氏佐々木氏族である鮭延氏は、元々は小野寺家の客将であった。小野寺輝道は元々、大宝寺氏の庇護下にあったが、八柏道為が策を考え、鮭延貞綱が戦で勝つことで、横手城を奪還し出羽内で勢力を伸ばしたのである。小野寺家の宿老とも呼べる存在であった。
「儂は齢五〇。もう間もなく、槍も持てなくなるであろう。これが、儂の最後の戦よ。参れ! 存分に戦おうぞ!」
歴戦の老将というのは、その存在だけで重みが違う。三田重明も歴戦の猛者ではあるが、戦歴という点では貞綱の方が上回っている。益荒男としてはともかく、武将としては貞綱の方が格上であった。
「こりゃ、ヤバいかな?」
そう言いながら又二郎は思った。そう言えば、引き分けの時はどうするのかなと。
「殿、申し訳ございませぬ」
「いや、見事な戦いぶりであった。あれが鮭延貞綱か。とても齢五〇とは思えんな」
三田重明と鮭延貞綱の一騎討ちは、一転して技量の戦いとなった。馬を止めて互いに槍を繰り出しながら、相手の隙を伺う。本来ならば、体力も膂力も重明の方が上のはずなのに、それでも負けた。
「歴戦の格というのでしょうか。一振りごとの重みが普通ではありませんでした。某もいつか、あのような槍を振れるようになりたいものです」
重明は敬意の念を込めて、自陣に凱旋した老将の背中を見つめた。だが笑ってもいられない。これで一勝一敗である。もし次で負けたら、新田は五〇万石を逃すことになる。
「まぁ別に構わんがな。どうせ小野寺は詰んでいるのだ。さて、最後の一戦。どうするかな……」
又二郎は負けても構わないとカラカラと笑った。それは小野寺方でも解っていた。八柏道為が主君に確認する。
「殿、次が最後でございます。ですが、たとえ勝っても……」
「小野寺は詰んでいる。解っている。五〇万石を保てたとしても、新田が隣にある限り領民は逃げ、あるいは一揆に悩まされるであろう。この勝負は最初から負けているのだ。これは儂の我儘よ。当主ではなく、ただ一人の男として、自分に納得させたいだけなのだ」
「あ…… 殿?」
南条広継の声に、輝道も道為も前方に顔を向けた。新田又二郎政盛が従者二人を連れて前に出てきたのである。
「小野寺殿! 次が最後となる。だがその前に確認したい。小野寺家はもはや負けている! この一騎討ちで勝ったところで、新田を前に五〇万石を保つことは無理だ! 皆も解っているだろう!」
小野寺の将たちが苦い顔をする。その通りであった。この数ヶ月、小野寺領から人が逃げ始めている。たとえ勝ったところで、新田の内政に押しつぶされる。だがなぜ今になって、この祭りの最後の仕上げの時にそんな話をするのか。水を差すだけではないか。
すると又二郎は馬を降りた。従者たちもそれに従う。又二郎が両手を広げると、なんと従者たちが鎧を脱がせ始めた。そして褌一枚の姿となる。
「小野寺殿自らが出てくるとなれば、こちらも俺が出ざるを得ぬ。そこでだ。最後はコレで決めようではないか!」
右拳を前に出した。又二郎が何を言いたいのか、その場に居る数万人の男たち全員が理解した。これには南条広継も八柏道為も開いた口が塞がらなかった。いや、敵味方の名だたる武将たちが呆気にとられた。最後は大将同士、殴り合いの喧嘩で決めようというのである。
「プッ…… クックックッ……」
鮭延貞綱は吹き出してしまった。なんとも馬鹿げた誘いだが、同時に痛快でもあった。四〇〇万石と五〇万石の当主同士が、褌一枚で殴り合う。戦とは所詮、大名同士の喧嘩を大きくしただけに過ぎない。自分らだけで喧嘩すれば良いではないかというのだ。
「フフフッ……ハッハッハッ! 面白い! 手伝え!」
輝道は馬を降りた。供回りが鎧を脱がせる。真っ白な褌一枚となり、一人歩を進めた。鮭延貞綱は馬を降りた。すると敵味方の武将たち皆が馬を降りはじめ、両軍の距離がさらに近づいた。この喧嘩を皆で見ようというのだ。
「あれが宇曽利の怪物か。なんとも益荒男の血を滾らせおるわい」
自分がもっと若かったならと思いながら、貞綱は眩しそうに主君の背中を見つめた。