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未来の「ソレ」に備えて

 旧柏山領、大林城からさらに西に進む。現在の和賀郡あたりに、その集落はあった。陸奥や出羽で活動する九十九衆が置いた集落である。この集落に入るには旧柏山領を通るしかなく、その地縁の強さを逆に利用して、安全な「忍びの里」を作り上げたのである。永禄三年七月のことであった。


「御頭、全員揃いました」


「よし、始めるぞ」


 集落の中心にある少し大きな屋敷の中には、九十九衆の上忍たちが集まっていた。一ノ組から九ノ組までの組頭である。彼らの主な仕事は情報収集と扇動である。命じられれば調略、暗殺、破壊工作も可能だが、新田においてそれらはあまり重視されていない。正確な情報に基づいて作戦を立て、相手が混乱している隙に圧倒的な物量で一気に攻め込む。それが新田の戦い方である。


「檜山安東と土崎豊島は、三度に渡ってぶつかりましたが、決着はついておりませぬ。双方、五〇〇程兵を減らし、今は膠着状態です。このまま秋を迎えるかもしれませぬ」


「小野寺で動きがあります。豊島を支援するために三〇〇〇の軍を整え、由利を攻めるようです。仙石峠では、仙北を取り戻すべく兵を挙げるべきという意見と、様子を見るべきという意見で割れておりまする。戸沢九郎様(※戸沢盛安のこと)は、大殿が動くまでは動かぬと決めておられる様子」


 九十九衆頭領である加藤段蔵は、出羽の様子について報告を受けながら、その情報の裏に隠されたものを探ろうとしていた。一見すると同じ動きであっても、後先考えぬ動きなのか、それとも数十手先までを見通した一手なのか。僅かな違和感から判断しなければならない。それが頭領の役目なのだ。


「小野寺の動き。豊島支援のためだけに、由利を狙ったのではあるまい。安東と豊島の戦に決着がつき次第、殿は動かれる。津軽から四〇〇〇、鹿角から六〇〇〇が動く。安東は既に臣従を決めているし、豊島も覚悟しているはずだ。おそらく今年中に、ほとんど無傷で土崎まで領せるだろう」


 全員が頷く。葛西を滅ぼしたことで、この陸奥に新田に抗せる勢力はもうない。その気になれば三万の軍を動員できるのだ。伊達や最上を大軍で牽制しつつ、一万の軍を別に動員できる。これほどの動員力を持つ大名など、日ノ本全土を見渡しても限られるだろう。


「気になる動きとして、最上と伊達が接触しておりまする。どうやら最上の義姫と伊達の嫡男の婚姻話を進めている様子。奥州探題と羽州探題の婚姻であるため、幕府の許可を得るべく使者が出ておりました」


「新田家に抗するための婚姻だろう。大崎、伊達、最上が手を組む。一万以上の兵は動かせるだろう。だが伊達も最上も、背後にいる蘆名、田村、二階堂、畠山(二本松氏のこと)を無視はできまい」


 段蔵はそう言いながら、微かな違和感を覚えた。奥州の歴史は長く、それだけに相互の関係は複雑である。表面的には友好関係に見えても、永い怨讐が蠢いていたりする。

 伊達と蘆名の関係は一見すると悪くないように見える。だが伊達家当主の晴宗にとって、蘆名はどこまで信用できるだろうか。伊達家内でおきた内乱(※天文の乱)において蘆名は当初、稙宗を支援していた。だが田村との争いの中で、晴宗方に転じた。晴宗にとっては思いがけない幸運であっただろうが、その中で蘆名は勢力を伸ばし、会津仙道(※福島県中部、中通り)への侵攻を開始、田村と争い続けている。

 その田村は、浜通り(※福島県東部の海沿い)を領する相馬氏と手を組み、蘆名と伊達に対抗しているが、その相馬氏は伊達稙宗の末娘を娶っている。頭が混乱しそうになるほどの複雑怪奇な関係があるのが、陸奥南部の大名たちである。


「伊達、最上、蘆名への人を増やせ。特に気になるのは蘆名の反応だ。伊達と最上が手を組めば、蘆名とて気が気ではあるまい。何らかの反応を示すはずだ。それが気になる」


 加藤段蔵の指示により、九十九衆が一斉に動き始めた。





「ふーん。ここが気仙沼か」


 又二郎はゴツゴツとした岩場に立ち、東海(※太平洋のこと)を眺めた。平地では田畑が広がっているが、すぐに丘へと続く。現代でこそ、気仙沼は漁港として整備されているが、戦国時代では自然のままに放置され、湾内で僅かに魚を獲るくらいである。


「直正よ。この気仙沼をどのような土地にしたいと思う?」


「はい。某にとって、気仙沼に生きる者はみな家族。殿が仰る三無を叶えることが出来ればと……」


 熊谷直正は、この短期間で新田のやり方を懸命に学んでいた。最初は又二郎への恐怖心からであったが、凄まじい勢いで集落を統廃合させ、道や田畑を整備していく新田の内政を見るにつれ、自分が生まれた気仙沼でもそれができないかと思い始めていた。

 又二郎もその思いは理解しているし、叶えてやりたいとも思っていた。だがこの気仙沼では、その前にやるべきことがある。


「貞観の地揺れという話を聞いたことがあるか?」


「は? いえ、某は聞いたことが……」


 直正は首を傾げた。この地に関係することならば大抵のことは知っている。大きな地揺れ(※地震)も経験している。だが「貞観の地揺れ」というのは聞いたことがなかった。

 海を見つめていた又二郎が振り返る。その眼差しは真剣そのものであった。直正は、自分がなにか失態を犯したのではと不安になった。だが又二郎は寂しそうに笑った。


「知らぬのも無理はない。今から七〇〇年も昔の話だ。貞観十一年皐月、この地に巨大な地揺れが起きた。凄まじい揺れ方でとても立っていられないほどであったという。ある者は家屋の下敷きとなり、ある者は地割れに呑まれた。だが悲劇はまだ続く。その後、人の背丈の何十倍という巨大な海嘯(※津波)がこの地を襲い、気仙沼のすべてを水没させた。この地のすべてが、海の藻屑と消えたのだ」


「ま、真でございますか…… そのような話、聞いたことがありませぬ」


「事実かどうかは知らぬ。だが日本紀略の中には、確かにそう書かれている。主上も憂慮され、陸奥国に対して租税賦役免除の詔を出されたという。俺がなにを言いたいか解るか?」


「……再び起きるやもしれぬ、ソレに備えよ。ということでございますな」


「その通りだ。今の話を石碑に刻み、代々この地に教え伝えよ。集落は海から一里(四キロ)は離せ。出来れば小高い丘に設けるのだ。道が荒れれば整えればよい。橋が落ちたらまた架ければよい。だが、人の命は取り戻せぬ。良いな、これは厳命だ。備えよ」


 熊谷直正はブルリッと震えた。恐怖ではない。感動である。目の前の若き主君は、この地の繁栄を自分事として考えている。名も知れぬ民が、遠い未来でも安心して生きられるよう、懸命に考えてくれている。それがなによりも嬉しかった。


「殿の御下命、某の命に代えてでも、必ずや成し遂げまする」


 勢いよく頭を下げる直正を見て又二郎は頷き、そして寂しそうな眼差しでまた海を眺めた。

《後書きという名の「お願い」》

※ブックマークやご評価、レビューをいただけると、モチベーションに繋がります。


※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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