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防波堤

 かつては陸奥の過半を領した大大名、葛西家の本拠地である寺池館が燃えていた。紅蓮の炎は蜷局を巻き、天に届くほどに燃え広がる。離れた場所から見守る男たちは、様々な表情を浮かべていた。


「……終わったな。一つの時代が」


 柏山明吉はそう呟いて瞑目し、手を合わせた。三田重明ら柏山家の者たちもそれに続く。柏山は半自立の大名であったが、葛西家は主家であったことに変わりはない。忠誠心などは無くとも、義理はあった。とても喜ぶような気持にはなれなかったのである。

 その一方、喜んでも良さそうな者たちもいる。二〇〇年に渡り、葛西家から搾り取られてきた熊谷党の者たちだ。だが彼らの中に笑顔はない。当主の熊谷直正は呆然としていた。


「あの葛西が、これほど呆気なく……」


 見たことも聞いたこともない城攻めであった。耳をつんざく大きな音が響き、煙が立ち上ったと思ったら、固く閉ざされた城門が見るも無残に破壊されていた。そこから大軍が一斉に流れ込み、各所で同じような音が響き、そして館全体に火の手が上がった。時間にすれば二刻(四時間)も経っていないだろう。


「殿、某はこの戦をもって隠居いたしまする」


 そう言ったのは熊谷党の重鎮、赤岩直脩(なおのぶ)であった。直正は止めたが、直脩は首を振って寂しそうに笑った。


「もう、弓や槍を交えるような、益荒男の戦はなくなるでしょう。あの火薬というものを用いて、一方的に殺戮、破壊するのが戦となり申す。策謀や必勝の信念ではどうしようもない戦。より銭を持つ者のみが勝つ戦。某のような、古い男には耐えられませぬ」


 直正には、返す言葉が無かった。





 葛西家の滅亡は、鎌倉から続く奥州の歴史の一区切りとなった。大葛西家であろうとも滅びるときは滅びる。新田は、名門の家柄や幕府の権威など歯牙にもかけない。家格、権威、伝統、歴史。それらすべてを飲み込み、押し流してしまう。


「生き残るには、新田という津波に乗るしかない。抗しようとしても、とても耐えられぬ」


「若、果たしてそうでしょうか?」


 最上源五郎義光が溜息をついて吐露した言葉に反応したのは、筆頭家老である氏家定直の息子で義光の側近でもある氏家守棟である。どちらかというと武辺者が多い最上家の中において、守棟は毛色が違った。先を見通す眼と謀略の才覚があり、弁も立つ。義光にとって右腕のような存在であった。


「確かに、新田は凄まじい勢いでございます。ですが奥州にはまだ抗する力が残っています。小野寺、大崎、伊達、最上、大宝寺、蘆名、相馬、田村、二本松……」


「それで新田を食い止められると思うか? 確かに力を合わせれば新田に抗せるかもしれん。だが新田は調略もやる。田村や二本松あたりは、それに乗るやもしれん」


 新田の強み。それは新田又二郎政盛の下、統一された意思によって統治されている点にある。裏切りを唆そうにも、各武将らに手持ちの兵が無いのだ。兵はすべて新田家の兵であり、その指揮権を与えられているにすぎない。物理的に裏切れないのである。


「新田への恐怖だけでは、纏まりに欠けるでしょうな。此方に大義が必要です」


「どういうことだ?」


「公方様にお願いしましょう。公方様がお命じになられた奥州探題、羽州探題を無視し、陸奥で好き勝手をやっている。この状況をお伝えすれば、公方様とてお怒りになられるはず。新田討伐の御内書をいただくのです。それがあれば、先に挙げた大名だけでなく、佐竹、宇都宮、そして長尾までも……」


 最上義光は沈思した。新田家は一度、九戸が呼びかけた包囲網を破っている。だがそれは、各国人がバラバラに集まっただけのもので、統一された意思の下ではない。形骸化しているとはいえ、幕府の命とあれば、十分な大義名分になる。


「やろう。ただし、呼びかけ人は当家だが、伊達に旗印となってもらう。奥州探題なのだ。旗印としてこれ以上のものはあるまい? だが急げ。新田の動きは速いぞ」


「良き御思念かと。すぐに使者を出しまする!」


 破竹の勢いの新田家の前に、かつてない程に大きな壁が立ちふさがろうとしていた。





 葛西を滅ぼした後、新田軍の南進が止まったことは、最上義光にとっては幸運であった。無論、止まるには止まるだけの理由が存在した。理由の一つは大崎家、伊達家を攻める口実に欠けることであるが、これは新田家にとっては大した問題ではない。何しろ「土地を差し出して臣従するか、それとも滅びるか。どちらか選べ」という、傍目から見れば山賊と変わらないようなエゲツナイ行為をしているのである。より多くの人を幸福にするためには、それが必要なのだというのが、新田家の大義名分であった。

 より現実的な理由としては急拡大によって出羽地方に不安が出たからである。安東家と豊島家の戦もそうだが、いずれ隣接する最上への牽制のためにも、由利と小野寺を潰しておく必要があったのである。

だが最大の理由は「新田又二郎政盛の関心が、戦から内政へと向かった」からであった。


「ふーん。これが金色堂か…… 寂れているな」


 葛西氏を滅ぼした又二郎は、そこから西へ少し戻り、平泉へと来ていた。かつて奥州藤原氏が統治し、平安京に次ぐ大都市であった土地だが、その後の葛西氏の統治によって徐々に廃れ、永禄年間にもなれば造営物の大半が失われてしまっている。


「藤原が三代に渡って治めし地も、産業の振興が無ければこうなる。藤原陸奥守秀衡(ひでひら)は確かに優れた統治者であったが、砂金と馬に頼り過ぎたな」


 又二郎は金色堂の前に立ち、両手を合わせた。


「今代の陸奥守がお誓い申し上げる。必ずやこの陸奥を再び輝かせてみせる。その輝きは、日ノ本を余すところなく照らし輝かせるであろう。安んじて眠られよ」


 そして中尊寺の僧侶たちに顔を向けた。


「この寺はこれより新田が保護する。本堂、経蔵、能舞台など全てを再建する。そのかわり、寺領は一切認めぬ。土地も民も、新田が治める。僧は政事など考えず、ただひたすらに仏の修行に励まれよ」


「そ、それは……」


 だがそれ以上の言葉は続かない。完全武装した兵一〇〇〇に囲まれているのだ。逆らおうものなら皆殺しにされるかもしれない。何しろ目の前にいるのは「宇曽利の怪物」なのだ。


「仏の修行をすることも、仏の教えを説くことも認める。だがその教えに胡坐し、民を誑かし戦を引き起こすような者など、俺は坊主と認めぬ。新田領では、新田の法が何よりも優先される。幕府の命よりも、仏の教えよりもな」


 法治の概念が存在しない戦国時代においては、それは正に神仏を畏れぬ言葉であった。天台宗中尊寺の僧侶たちは、理解不能な怪物の言葉にただ震えた。





 出羽国においては、檜山安東家と土崎豊島家との合戦が始まっていた。情勢としては互角だが、安東家には後方の憂いが無い。一方の豊島家は背後に由利衆を抱えている。先の戦において大きく力を落としているが、長引けば後ろを突かれるかもしれない。そこで豊島玄蕃頭は、小野寺に援軍を頼んでいた。


「さて、どうしたものかな……」


 小野寺孫四郎輝道は、面白くないといった表情を浮かべていた。戸沢家から奪った仙北郡の統治は、思うようには進んでいない。もともと戸沢の色が強い土地であるため、小野寺は領民から疎まれていた。そしてなにより、仙北から東の仙岩峠には、その戸沢氏がいるのだ。新田の支援を受けながら、仙北奪還の機会を伺っている。寡兵であるため油断しなければ問題ないが、近くに戸沢がいるというだけで目障りであった。


「豊島と安東の戦は、できるだけ長引かせねばなりませぬ」


 輝道の懐刀である謀臣八柏道為は、出羽の地図を見ながら主君の問い掛けに答えた。その表情には、愉快そうな笑みまで浮かべている。


「我が張子房よ。豊島と謀り、戸沢まで獲ったは良いが、そこから先へは進めぬ。新田と安東が思いのほか早く手を打ったため、豊島も我らも止まってしまった。どうするつもりだ?」


「殿、止まってはおりませぬ。豊島と安東は最後のつもりで戦に臨んでおりましょう。どちらが勝っても傷だらけ。新田に臣従を申し出るでしょう。我らはその前に……」


 道為は横手城の西を示した。由利衆の土地である。輝道は思わず呻いた。確かに、今の小野寺家なら由利を獲ることは容易である。だがそれには条件があった。他から攻められないという条件である。


「由利は力を落としておりまする。それに由利攻めは、豊島殿への援護にもなりまする」


「だが戸沢が動かぬか? いや、戸沢だけならば動けぬであろうが、その後ろには新田がいるぞ?」


「新田は動きませぬ」


 道為は顔を上げた。その透き通った眼差しは、まるですべてを見通しているかのようであった。


「確かに新田は葛西を滅ぼしました。ですが大葛西家の領地を掌握するには時間を要します。さらに、大崎、伊達、最上と隣接することになり、兵を置いておく必要があります。新田としては安東、豊島の決着がつき次第、津軽と鹿角から兵を進めて出羽を北から手中にしていくつもりでしょう。この仙北に一〇〇〇も置いておけば、戸沢を抑えるには充分です」


「だが最上は? それに大宝寺もいる」


「最上と大宝寺は由利からは離れており、駆け付けるには時間が掛かりましょう。それになにより、最上としても、我らに大きくなってもらった方が、都合が良いのです」


「なに? どういう意味だ?」


 だが道為は、主君の問い掛けに薄っすらと笑みを浮かべ、意味深長なことを答えただけであった。


「新田に抗する壁に、脆弱な箇所は不要…… ということでございます」


 様々な思惑によって、奥州大乱はさらに混沌を深めつつあった。


《後書きという名の「お願い」》

※ブックマークやご評価、レビューをいただけると、モチベーションに繋がります。


※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 城と城壁に籠る地方豪族を終わらせる。封建制度を壊すのはやっぱり大砲の力ですね
[一言] そう言えば、即位の礼の3000貫の返礼が、朝廷から来てないな 幕府も、本来は即位の礼の金は幕府が出さなきゃいけないわけで、最低でも幕臣に仕立てないとメンツ丸潰れなわけで… 奥州探題の幕臣の伊…
[一言] 戦になったとしてもおそらく一見まとまっているけど、お互い足を引っ張りあう状態になるだろうな。裏切り者がいるという噂でも流せば疑心暗鬼ですぐ崩壊しそう
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