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祝言

 永禄三年(一五六〇年)、弥生(旧暦三月)も末になると日ノ本最北の陸奥においても雪が解け始める。野山にはタラの芽などが出始め、食卓を彩るようになる。春の到来は人々の心を浮つかせるが、この年は目出度い話がそれに華を添えた。陸奥、津軽の統治者である新田陸奥守又二郎政盛の婚儀である。婚儀は野辺地館で開かれた。新田領は蝦夷地から陸奥南部にまで広がっている。一堂に集まるに相応しい場所はどこかを考え、野辺地が選ばれたのだ。


「孫の婚儀を生きて見れるとはの。長生きはするものじゃて」


先々代当主である新田盛政は、深い皺が刻まれた顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。家臣たちの表情も明るい。蠣崎家と南部家の家臣たちは、表立った対立などはなかったが、過去の経緯もあるため微妙な関係であった。だが両家から同時に嫁を取れば、家中のそうした空気も和らぐ。


「桜様も深雪様も、なんとお美しい。某、京でもこれほどの美女は見たことがありませぬ」


 浪岡弾正大弼具統が目を細めて頷く。齢五〇過ぎとなり、浪岡家も嫡男の具運(ともかず)が継いでいる。だが朝廷に独自の人脈を持つ浪岡家先代当主を、そのまま遊ばせておくわけにはいかない。それに中身は現代人である又二郎にとって、五〇歳などまだまだ現役である。結局、具統は弾正大弼となり、朝廷政策を受け持っている。


「ウヒヒッ! 同時に二人も娶るとは、さすがは殿様。豪気ですなぁ」


「金崎屋ぁ、噂は聞いておるぞ。その年でまた子ができたそうだな?」


「殿様のお陰で商売は順調。旨い食べ物のおかげで、身も心も元気そのものでございます。御祝いの品として、殿様がお探しであったアレをお持ちしましたぞ」


「手に入ったか!」


 又二郎の目の前に、白絹を被せた三方(※神饌を載せるための台)が置かれる。白絹を獲ると、茶色い物体が出現した。両脇の嫁たちが首を傾げる。


「これは美濃の干し柿だ。この陸奥では果実が少ない。柿の木は何としても欲しかった。でかしたぞ銭衛門!」


「苗木も数本、運んでおりますれば直ぐにでも植えられましょう。干し柿が新たな特産品として加われば、さぞや儲けも…… ウヒヒッ」


 又二郎と金崎屋善衛門は、悪い笑みを浮かべて人差し指と親指で輪を作った。


「御前様、御顔が悪うございますよ?」


「というよりも、何か厭らしい顔に見えますわ。下品ですわ」


 桜と深雪、二人の嫁が又二郎の太ももを抓った。顔を顰め、頬を揉んで青年らしい貌に戻る。


「それで、他に何か面白いものはあったか? 何でもよい」


「美濃は美濃紙というのが有名ですが、紙は御家でも作っておられますし、必要はないでしょうな…… あ、そういえば、物ではありませぬが気になる話を耳にしました。東海三国を領する今川治部大輔様が、いよいよ上洛されるとのことです。その第一歩として、尾張を御攻めになるとか」


(あぁ、永禄三年か。そろそろだな……)


 又二郎は歴史を思い出しながら頷いた。だがそれを知らない善衛門は、尾張の話を語る。


「尾張は織田三郎信長様という方が治めていますが、これがなんとも不思議な御仁らしく、およそ大名とは思えないような格好で野山を駆け巡っていたかと思うと、街で祭りに加わって踊ったりと…… 口さがない者は尾張のうつけ殿、と呼んでいるそうです」


「銭衛門はどう思う? うつけ…… つまりどうしようもない莫迦だと思うか?」


 又二郎は面白そうに尋ねた。特に深い意味はない。武士とは異なる立場にいる者の見方を聞きたかっただけである。だが金崎屋善衛門は、それまでの卑下た商人の笑みを消し、真顔となった。


「アッシは尾張で織田三郎様を御見掛けしました。確かに奇妙な格好はされています。ですが、眼が気になりました。遥か遠くを見据え、爛々と輝く眼差し。誠に畏れながら、宇曽理の怪物様を思い起こさせるものでした」


「フフッ…… で、あるか」


 又二郎は面白そうに笑った。





 数え一四歳ということは、実質的には一三歳である。だが目の前に座る夜着姿の二人は、少女とは思えない色気を放っていた。又二郎は思わず唾を飲み込んだ。自分の身体も一三歳、中学一年生である。それなりに反応もする。だが本当に良いのか。少女が中一で出産するなど、余りにも危険ではないか。


「「殿、これから末永く、宜しくお願いします」」


 二人が声を揃えて三つ指をついて頭を下げる。又二郎も思わず頭を下げた。そして思った。この二人を危険に晒すわけにはいかない。あと一年、我慢しようと。


「俺もお前たちも、まだ身体が出来上がっておらぬ。よって今はまだ抱かぬ。一年待て。それまでは……」


 両腕を広げ、二人を抱きしめた。





 新田領内で祝言の祭りが開かれているころ、鹿角では檜山安東家に不満を持つ国人たちが一斉に蜂起し、安東家から離れることを宣言した。もともと、鹿角は由利のように小さな国人が寄り集まっていた地帯である。そうした地縁も影響し、蜂起の動きは比内にまで及んだ。


「御屋形様、本当に宜しいのですか? 比内と鹿角を捨てれば、当家の力は半減しますが……」


「構わぬ。いつ裏切るか解らぬ者たちを抱える余裕などない。それに、比内大館には竹鼻がいる。此方に攻めてくるようなことはあるまい。それよりも土崎に目を配れ。豊島玄蕃がどう動くか……」


「御屋形様の先見により、家中の混乱は収まりつつある。確かに領地は半減したが、力を失ったわけではない。豊島とて、簡単には動けまい」


「だが思った以上に広がりましたな。新田が怒っているという噂が原因でしょうが……」


「儂は正直、こうした策謀は好かぬ。迷っていた者たちの背を押したようなものではないか。流れる血の量をいたずらに増やしたようなものだ」


「だが効果はあった。それに、迷うような者など信用できぬ。鹿角と比内の半分は失ったが、それでも数年前よりは大きくなったのだ。じっくり腰を落ち着けて、時を掛けて土崎を落とせばよい」


 重臣たちの意思はまとまっている。さらに飛躍するためには、一度身を縮める必要がある。不要なものを切り捨てた檜山安東家は、まとまりという点では以前よりも強い。


「ですが惜しいですな。鹿角は銅山もあり、豊かな土地でした。それを新田が手にするとなれば……」


 新田が鹿角を完全に押さえれば、もはや奥州で止められる家などなくなる。鉱物や木材が豊富で、狭いながらも豊かな土地なのだ。なにより、三戸鹿角街道が開通したことで、陸奥における交通の要所にもなっている。安東家はその果実を手にすることなく、鹿角を手放したのであった。


「遠からず、俺は新田に臣従する。だが臣従の仕方が重要だ。出羽の大掃除をした後でなければ、我らはただの一臣下として扱われるだろう。蠣崎、南部、浪岡に並ぶ四番目の家として扱われるためにも、なんとしても土崎を、豊島を獲るのだ」


 愛季の命を受け、家臣たちも動き出す。戦国なのだ。強き者に従うのは当然である。だが従うにしても、より良い条件で従おうとするのは当然であった。現代においても、年収が半減するような転職に喜々とする者などいない。どうせなら年収が上がる転職を希望する。それは今も昔も同じであった。




 ほとんど無傷で独立した旧安東家、浅利家の国人たちは、短い春を謳歌していた。蜂起といっても、安東家は何もしてこない。つまり自分たちには手を出せないのだ。あとはこの豊かな土地を利用して力を蓄え、新田と交渉すればよい。安東攻めの先鋒役として奮闘すれば、本領安堵も認められるかもしれない。

 愛季が聞けば鼻で嗤うような、半ば妄想じみた見通しに、鹿角の国人衆は緩みきっていた。だがその幸せは長くは続かなかった。月が替わった途端、蜂の巣を突いたような騒ぎとなったのである。


「申し上げます! 大湯館に大軍が出現! その数、およそ一万!」


 永禄三年卯月(旧暦四月)、新田は再び動き始めた。だがその陣触れに、新田政盛の名はなかった。毛馬内靱負佐秀範をはじめとする旧南部家、九戸家家臣たちによる、鹿角侵攻であった。


《後書きという名の「お願い」》

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※本作「三日月が新たくなるまで俺の土地!」の第一巻が、アース・スターノベル様より出版されています。ぜひお手にとってくださいませ!


※また、筆者著の現代ファンタジー「ダンジョン・バスターズ」も連載、発売されています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 豊島と手、簡単には動けまい 豊島 とて では?
[一言] 更新楽しみにして毎日ブックマークを確認していました(笑) これからも更新よろしくお願いします。
[良い点] 更新お疲れさまです! こっちの作品にはまってからダンジョンバスターズの方も書籍を買い揃える位にハマってしまったので、どちらも更新お願いします!
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