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14話 side story 因縁の二人





「ダイアラームが壊滅状態、だと?」

「はい。確かにそのような内容の趣旨(しゅし)が記載されています」


 私、ヒノ=レイルがこの知らせを受け取ったのはダイアラームを出発してから僅か二日後の事だった。


 七大魔境『怨嗟(えんさ)止まぬ幽冥峡谷(ゆうめいきょうこく)』に向かう道中、伝書鳩にてその知らせが届いたのだ。


 剣聖レアトの付き添い人として数年行動している私であるが、このような大きな事件に遭遇するのは初めてであった。


「原因が不明ですが『迷宮氾濫(スタンピード)』が起きたようで。それも大規模の。ダイアラームの迷宮と繋がっているアイオン、エルクセム王都の迷宮からも魔物が押し寄せ、時既に遅いかと」

「……」


 剣聖は私の手から封書を受け取ると難しい顔をして悩みこむ。


 拠点にして活動していたダイアラームが滅んだのだ。しかも剣聖が二日前に酔った後のタイミングで。

 仮の話に過ぎませんが、剣聖が在中している時に『迷宮氾濫』が起こっていれば結果は変わったでしょう。


 なんとも間の悪い知らせでしょうか。もしも、ダイアラームに寄るのが後数日遅ければと。剣聖は後悔しているに違いありません。


「悪いが七大魔境の調査は打ち切りだ」

「それは構いません。ダイアラームへ戻るつもりですか?」

「今の俺は四聖職だ。私情を持ち込むつもりはない。ダイアラームにて発生した魔物共はこのまま各地に広がりつつある。俺はエルクセム王都を主軸にしつつ、避難民を誘導するつもりだ」

「ダイアラームは見捨てる、と?」

「そう解釈してくれても構わない。より多くの命を救う方が先だからだ」


 面を喰らいましたが、確かに剣聖の言葉は正論だろうと私は思いました。


 壊滅状態のダイアラームに戻って魔物を倒したとしても、街にいる人間は避難していないか魔物に殺されているかのどちらかでしょう。


 それならば剣聖の言った通り避難民を誘導しつつ魔物を倒す方が優先度が高い。


 しかしだからといって。どうしてここまで冷静な判断ができるのでしょう。

 壊滅したダイアラームの街には貴方の息子が取り残されているかもしれないのです。


「影から見守ってましたよ。貴方が息子と楽しげに話している姿を」

「……それが、どうした?」

「心配ではないのですか? 息子のことが」


 ダイアラームに少しだけ寄った時。剣聖と息子の会話を私は今でも覚えている。


 だからこそ信じられなかった。あれ程大切にしている存在をここまで無関心になれる事に。


「勘違いしてそうだから言っておこう」


 剣聖は(にら)みを効かせ、荷台に置いてある剣を手に取る。


「俺の息子は『迷宮氾濫』如きで死ぬような奴じゃない」


 何を馬鹿な、と。口に手を当てなければ言葉になって出てしまいそうでした。


 貴方の息子は、ナラトは。剣もろくに振るえずまともに逃げることすら出来ないのですよ?

 戦う力すらもたない、落ちこぼれの彼が『迷宮氾濫』から生き残ることは余程の幸運が重ならないと無理な話です。


 どのような根拠があって息子が大丈夫だと言い切ることができるのでしょうか。

 それとも、息子の前ではいい父親を演じていて居ないところでは見捨てようとしているのではないのですか……!?


「準備をしてくる。代わりの馬車の手配を頼むぞ」


 剣聖は答えにならない答えを置いて、馬車から出ていきました。雑踏(ざっとう)に揉まれて見えなくなった剣聖の後ろ姿を目で追って。私は力なく席に座り込みました。


「変わりましたね、剣聖」


 以前の剣聖ならば。きっとダイアラームに戻ると言い張り、強引に走って向かいに行ったでしょう。

 大切な人を守るために貴方は四聖職になったと聞いています。なのに、今の貴方は昔とは程遠い。


「妻を亡くしてから、一体何が貴方をここまで変えたんですか? 剣聖……」


 私の小さい声は誰にも聞かれず、消え入るように乾いていた。




 ◆◇◆




 迷宮都市ダイアラーム。


 かつてそこは数多の冒険者達で賑わい、活気溢れる大都市であった。

 しかし今では美しい景観は見る影もなくなり、破壊し尽くされている。辺りは人ではなく『迷宮氾濫』によって地上に現れた魔物が彷徨(うろつ)いている。


「ったく、何処にいるのよ。勇者の娘はギーラが確保したってのに、剣聖の息子はどこを探してもいないわね」


 瓦礫の頂上で一人の女が溜息混じりに呟いた。


 女は黒いローブを身に纏い長い、金髪を垂らしている。

 冷ややかな輪郭の中に、目鼻が立つ端麗(たんれい)な横顔が月夜に照らされて、そこには蠱惑的(こわくてき)な美しさがあった。

 何より特徴的なのはその瞳で、薄暗いこの時間帯では何よりも目を引く赤色を放っていた。


 足元には陥没した大鐘が転がり、踏みしめているのは青屋根の残骸。ギーラから聞いた剣聖とその息子が住んでいたという家は探し終わり、遂には見つけることができなかった。


 女は爪を噛んで焦る。


 死体さえ見つかればいい。むしろ生き逃げてるのなら御の字。見つけ出して捕まえれば良いだけの話。

 ただし、最悪を想定すれば雑魚の魔物に食い殺されて今頃は胃の中。そうなってしまえば、人質(・・)として使えなくなってしまう。


 折角ギーラが『死者傀儡術(ディプラ)』を扱えるというのに。これでは目的を達成できないという、苛立ちから来る焦燥(しょうそう)に駆られていた。


「やあ。随分と機嫌が悪いじゃないか。ミレディア」

顔無し男(アンプルーフ)……」

 

 後ろから声を掛けられ、ミレディアと呼ばれた女が振り向いた。


 静かに近付いている男は相変わらず不気味だった。常に闇魔法による結界を張ってあるのに、何故か一切感知することが出来ない。


 ミレディアはじっと、男の顔を見つめる。


 不気味なのはそれだけではない。その男には顔がなかった。


 否、ミレディアは男に顔があると分かるのだが、どう頑張っても目も鼻も口も黒く塗りつぶされているようにか見えなく、男がどんな顔か知ることができなかった。


 虚ろにして空疎(くうそ)絶無(ぜつむ)にして欠落。顔そのものにぽっかりと穴が空いてるような、又は黒い(もや)が常にかかっているような見た目であった。

 特徴がないのが最大の特徴と言うべき、なんとも異端で気味が悪いのが『顔無し男(アンプルール)』という人物である。


「おや、僕の顔に見蕩(みと)れたのかな? ふっ、全く僕は罪な男だよ。悪いけど愛すべき女性が既にいてね……」

「はぁ……。見蕩れるも何も、貴方には見蕩れる顔がないでしょ」

「やめてくれないかな? 正論が人を一番傷付けるんだよ?」


 ミレディアは口元を曲げてなんとも言えぬ微妙な顔をした。

 そもそも目の前の人物は人かどうか定かではないので、言われる筋合いがないとミレディアは思った。


「そんな変な顔しないでくれよ。折角の美人が台無しになるよ?」


 顔無し男はおちゃらけた感じで肩を竦めている。顔がない輩に、自分の顔を言及されるのはミレディアにとって心外である。


「もういいわよ。それより、」


 あちら側のペースに乗せられていることを自覚した上で。ミレディアは言葉を切って、顔無し男の頭上に指さした。


「そのヒヨコ、飼うつもりなの?」

「ピピッ!」


 顔無し男の頭の上にはちょこんと一匹のヒヨコが乗っかっている。脅威度Fのか弱い魔物だろう。なにより『ピヨ吉』と名前が書かれた首輪が下げられている。

 誰かが飼っていたペットか育成中の使い魔だろうが、元の飼い主はなんと酷いネーミングセンスの持ち主だろう。


「うん、気に入った。名前はピヨ吉改めオリファにでもしておくとするよ」

「ピッピッ!」

「死んだ聖女の名前付けるとか頭おかしいにも程があるわよ。前の飼い主より飛び抜けて悪いセンスしてるし、そもそもあの温厚な剣王龍を焚き付けたのが貴方でしょう?」

「まあまあ。過去は過去。今は今。確か偉い人の言葉あったでしょ? 過去は変えられません。ですが、未来は変えられます! って」

「それ聖女が森人族(エルフ)との協定結んだ時に言った言葉だし、もしもあの世で聞いていたら絶対ブチ切れると思うわよ」


 ミレディアは頭が痛くなり片手で額を抑える。


 ツッコミが追い付かない。顔無し男と話しているとおかしくなりそうだ。


「それよりも。彼女を直してくれないかな? 随分と彼が遊びすぎたようでね」

「はぁ……。要件はそれね。分かったわよ」


 無い顔に気を取られすぎていたせいもあるが、ミレディアはちゃんとそばに居る二体の死体には気が付いている。


 一人は骸骨の男、ギーラ=アイオン。最近顔無し男と合流した新しい仲間であり、ミレディアと同じく蘇らせて貰った人物だ。

 もう一人は腐敗寸前でボロボロの体なのだが勇者の娘。どうやらまたギーラが遊びすぎたらしい。


 もう何度目になるのだろうか。体を治療すると言うより、裁縫で修復するような手段であるが。もういい加減にして欲しいとミレディアは毎度ながら思っていた。


 闇魔法を行使して傷を縫う。黒い線が勇者の娘を覆っていき、傷口を縫い付けては千切れた体を元通りにしていく。

 糸のような、細い魔力を通すことで傷を縫合(ほうごう)する。


「ほら。直しといたわよ」

「オ、オオ! 素晴ラシイ! マタ壊シタ時モ頼ミマスネ!」

「またもないし程々にしておきなさい。原型がなくなれば人質としての価値がなくなるわ。ただの肉塊を見せられてもエルトランゼは困惑するだけよ」

「タ、タシカニ……。コレカラハ半分ダケ残シテ慰メル事ニシマスネ!」

「……ほんと悪趣味ね」


 引き()った顔でミレディアは吐き捨てるように言った。


 ミレディア自身も剣聖の息子を捕まえた暁には。

 こうして痛み付けて泣き喚く所を見て楽しもうかと考えていたが。


 ちらりとミレディアは横目を向ける。


 しかし嬉しそうに勇者の娘を殴り付けるギーラを見てドン引きである。


「おや? ミレディア、まだ機嫌悪い?」

「別に。顔のない顔を近付けないで。不気味だから」

「酷いなぁ。顔がないことに僕はコンプレックスを持ってるんだ。傷付いたじゃないか」

「もういいから。貴方の顔コメントにはお口チャックして」


 ミレディアは話すのが面倒になり、思わず彼の口を手で塞ごうとした。顔がない人間に口が付いていることに懐疑的であったが。


 しかし、ミレディアの手は触れることなく、するりとすり抜けた(・・・・・)


 驚くほどに空虚であった。まさか触れられないとは露知らず、ミレディアは転けそうになる。


 何とか体勢を整え直し、立ち止まった。気付けば手だけのみならず、腕の根元まで深く入り込んでいる。

 まるでそこに顔という物が存在しないかのように。幽体みたいに触れることができなかった。


「どうなってんのよ……。気持ち悪い」

「僕の顔を掻き回すのはやめてくれ。目が回る」

「目なんてないでしょうが!」


 腕を引っ込めると触れてないのにも関わらず、不快な感覚が残っているかのように感じられる。

 当の顔無し男も本当に目が回ったようで、距離を離して無い顔を片手に埋めていた。

 

「やれやれ。ま、剣聖の息子を逃したことに苛立っているのかな? 分かるよ。他でもない、君を殺したレアトの子どもだからね。正直に言いなよ。勇者の娘を痛め付けているギーラを見て、心の中では羨ましいと思っているんじゃないかな?」


 的を得たように顔無し男は言い放ち、ミレディアは眉をひそめて不快感を表す。


 性格が終わってる。これまでさまざまな悪人とつるんできたミレディアであったが、一番関わりたくないタイプであるとこの場で確信した。


 だが、顔無し男(アンプルーフ)に言われるがままなのは面白くない。


「―――二つ、訂正させて貰うわ」


 主張するように、ミレディアは二本の指を突き立てる。


「私はむしろ楽しみなの。ギーラじゃない、私自身の手で剣聖の息子を絶望に叩き落とすのがね」

「へぇ……」

「そして殺されたのは私と私の息子(・・・・)よ。そこを間違いないで」


 過去を思い出す。


 聖教国であの日、剣聖によって自身が殺された満月の夜を。


 産まれたばかりの、愛せるべき筈だった息子を殺された怒りを。


「復讐を果たすまであなたのつまらない野望とやらも手伝ってあげるわ。行きましょう、エルクセム王都に」


 ミレディアは遥か南の地平線の先を見た。


 エルクセム王都。そこが剣聖の最期を飾るのに相応しい。頭の中に思い描いた惨劇を想像し、思わず口角が吊り上がる。


「待っていなさい、剣聖」


 大聖堂の屋上で。何も出来ずに指をくわえままま大切なモノを奪われる剣聖の姿。そして、己の無力さに絶望し、打ちひしがれながら殺される剣聖を。


 剣聖の死に様は、行った仕打ちをそのままやり返すのが相応しいのだから。


「私と私の息子を殺した罪は償いさせるわ。剣聖も剣聖の息子も―――――必ず殺す」




 前話のナラトの手記に入れ忘れていたので、現在剣聖レアトが所持してる剣についての設定資料を載せておきます。


◆ディル・ヌウィン

 レアトが所有する剣王龍フェルグナントの鱗から作られし長剣。

 白銀の刀身には美しい龍鱗紋(りゅうりんもん)が刻まれており、魔力を通すことで斬れ味や強度といった性能を飛躍的に上昇することができる。

 また、触れた金属を自動的に分解、吸収する機能も備わっており、例え刃毀れしても容易に剣自体の修復が可能である。



 ◆リーヴァラッハ

 レアトが所有する剣のひとつ。エスチメルダ鋼銀と呼ばれる希少鉱石と、現聖女見習い (オリファの後継者)が錬成した聖水より鍛えられた細剣(レイピア)

 凄まじい光属性を宿しており、七大魔境『怨嗟止まぬ幽冥峡谷』の調査に赴く際に用意した逸品。アンデッドに対して高い特攻効果を持つ。



 ◆裏葉一文字(うらばいちもんじ)

 とある里で入手した謎の小太刀。抜き身の刀身からは常に風が渦巻いており、強い魔力を宿している。

 風の斬撃を飛ばすことができる他、刀身を中心に風の刃を形成することが可能であり、小太刀でありながらも剣の間合いを自由に調整できる性能も有す。

 更には大気中に含まれている魔力を勝手に吸収し、所持者に還元してくれる魔力タンク機能も付いている。レアトの所有する剣の殆どが持ち主の魔力を消費して特殊能力を使うため、その優秀さからとても気に入られている。



 ◆アルトノクシオ

 かつて神喰いの獣と恐れられた魔物を封じ込めていた鎖を加工して作られた一振の魔剣。

 使用者の魔力を媒体にして漆黒の鎖を生成することができ、対象に向かって放つことで拘束することができる。

 生み出した鎖は伝説級の金属さえも凌駕する硬度を誇る上、超強力な重力魔法を絶えず対象に掛け続けるようになっている。欠点として魔力消費量がかなり多いことだけだが、それを余り補っても使う価値がある。



 ◆聖剣ゼア

 剣の神の名を関する一振。代々剣聖職の家系に受け継がれてきた神器のひとつ。

 剣自体が意志を持っていると言われており、強敵相手にしか抜けない不親切設計。しかもレアトが唯一抜けたはずの相手である剣王龍相手にも金属を操作の能力によって封じられてしまった経緯を持つ。

 現在は完全に要らない子扱いされており、リーヴァラッハに使った聖水のお礼として聖女見習いに儀礼用として貸している。今では聖教国の神殿に御神体みたいな形で飾られている。




 次回の更新は多分4/21の水曜日です。

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