12話 可能性
木の上から落ちてきたのはジャイアントスパイダー。川へと逃走しようとしていた俺たちの前に立ち塞がり、いきなり牙を剥き出しにして襲いかかってくる。
ちっ、なんだってこんな時に!
繰り出さられる牙を避けながらナラトは渋面をした。『磁界の感覚』で読み取ると、後ろからは諦めきれない蜘蛛共がわらわらと迫ってきた。
どうする? 川まで行くにはどうにかして撒かないと……!
「ナラト危ない!」
「うわわっ!?」
うおおぉっ!?
急にバランスが崩れた。天地がひっくり返ったように俺はナラトの背中から放り出され、地面に振り落とされた。
ぐえ、痛てぇ! イモムシボディは愛嬌があるのが利点だが、耐久力が無さすぎる!
反転する視界の中、ナラトが宙ずりになってぶら下げられている。足には白い糸が絡みつき、無防備な状態を晒していた。
なんてこった! ナラトが糸で絡め取られた!
痛みで悶えている暇はない、早く助けないと!
「キュイキュイ!」
俺は助走を付けて跳躍しつつ、『噛み千切り』でジャイアントスパイダーの糸に噛み付いた。
が、切れない! ほんとに蜘蛛の糸か!? まるでピアノの鋼線並に硬い!
糸をくわえながら思い出した。そういえば前世でも蜘蛛の糸は丈夫だと聞く。何せ宇宙まで届くエレベーターを作る際、蜘蛛の糸を参考にすれば作れるという話があるぐらいだ。異世界の蜘蛛なら尚更だろう。
「すぐ助ける! ――『シエラ』!」
弓を構えながらセラフィーナが狙いを付けた。風の一矢が吹き荒び、ナラトの足を縛っている糸に命中する。
「キュイ!?」
俺もナラトと共に地面に突き落とされるがナイスだ! あの揺れ動く糸を捉えるなんて驚いた!
口から糸を離して勢いに身を任せると、俺はナラトの腹にタックルをかまして地面に着地する。
とおせんぼしていたジャイアントスパイダーは獲物が逃げ出したことに気が付くと、とても虫とは思えない、おぞましい叫び声を掻き鳴らした。
う、うるせぇ! 少しは俺の愛くるしさを見習え! 俺のババアが見たら失禁間違いなしの気持ち悪さだ!
「セラフィーナ、後ろ!」
「ぁ――ぅ!」
しくった……! ナラトが糸で縛られている間に後ろからクイーンスパイダー達に追いつかれてしまった!
薄暗く、視界の悪い森の中を突進してきたジャイアントスパイダーがセラフィーナはぶつかり、半ば投げ出されるような形で吹き飛ばされた。
枯葉の上を滑るように転がると、茂みの中に放り出された。怪我もなく、命の別状もないようだが、ぶつかった衝撃で軽い目眩を起こしている。
「キュイ!」
「分かったよ!」
俺は『粘着糸』を飛ばしてセラフィーナの腕を巻きとる。使い魔契約を通してナラトへと指示を出すと、強く二人で引っ張った。
いくぜおらぁ!
火事場の馬鹿力と言うべきか。追撃を仕掛けてきたクイーンスパイダーより前に、セラフィーナは糸で引っ張られて救出される。
俺の『粘着糸』とてジャイアントスパイダーに負けてはいない。人一人ぐらい持ち上げれるんだよ!
「セラフィーナ!」
「大丈夫、頭がふらふらするだけ」
頭を抑えながらセラフィーナは言葉を返した。
なんとか切り抜けたが、一難去ってまた一難。いまだにクイーンスパイダー達は諦めていない。
「『シエラ』!」
逃げながら後ろを振り向き、セラフィーナは『シエラ』を飛ばす。
「キシャッッッ!?」
よし! ジャイアントスパイダーの頭に入った!
白い煙をあげながら頭部が崩れている。眼はひび割れ、青い血が飛び散っていた。
セラフィーナ、もう一発いけるか? 流石にジャイアントスパイダーと言えども、頭がなくなれば動かなるはずだ!
……そう、俺が浮かれていた時だった。
「アキヒロ、危ない!」
一瞬、何が起こったのかが分からなかった。
気が付けば俺の身体が赤くべたついている。
ナラ……ト?
セラフィーナが『シエラ』を飛ばした刹那、脅威だと感じたクイーンスパイダーが凄まじい速度で攻撃を仕掛けていたのだった。
ナラトは俺を庇ったせいで、クイーンスパイダーの『惨爪』をモロに受けていた。上半身から血飛沫が水風船のように破裂し、遠くの地面へと倒れ込んでいた。
「ナラト!」
セラフィーナが大声をあげて呼んでいる。ドクドクと血液が流れ、どう見ても致命傷だった。
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『世界の声』が発動しました。
Lv10までに必要な経験値は180です。
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キン、と。鋭い痛みが頭を穿った。
俺は束の間だけ怯むも、すぐに気を取り直してナラトの元へと駆け付ける。
邪魔だ! スキルの発動メッセージに構ってる暇はない!
「キュイキュイ!」
『粘着糸』を吐き出して撹乱する。やたら滅多に広がった俺の糸は、まるで蜘蛛の巣の様に木々の間に張り付いた。
攻撃してくるジャイアントスパイダー達を押し止めしながらナラトに『粘着糸』を吹きかける。
なんで俺なんか庇ったんだよ! 気休めでも止血になればいいが……。ナラト、立てるか!
「うっ……!」
「ダメ……ッ。深い傷を負っている。このままじゃ川まで逃げれない!」
白い『粘着糸』が赤に染まっていく。
おい……嘘だろ?
使い魔契約を通して、ナラトの生命力が急速に失われているのを感じる。
冷たい、嫌な感触。人の死が、死の足音が近づいている感覚。
なあ、嘘だろ? 死ぬわけないよな? ナラト、おい……。返事してくれよ! なぁ!!
「はは……ごめんね。僕はもう無理そうだ」
俺の声掛けも虚しく、ナラトは苦しそうに言葉を吐き出した。
こんなに周りは騒がしいのに。ナラトのその言葉を聞いた途端、あまりの息苦しさに耳が静寂に塗り潰された。
「僕を犠牲にして逃げるんだ。セラフィーナ、」
そっと、ナラトがセラフィーナの頬を触れる。
「アキヒロを頼んだよ」
「何、言って……?」
ナラト、お前……! ふざ……けんなッ!
そんなの自己満足だろ! お前は俺と一緒にヘイラブルに行くんだろ! こんなところで死ぬ男じゃないだろ!
やっと分かった。ナラトは自分から望んで、心の底から自分を犠牲にして助かろうとしている。
そんなの……そんなの俺が認めない! 残された奴らはどうすればいいのか、分かっているのかよ!
使い魔契約の繋がりが希薄になっていく。
結界のように張った『粘着糸』はジャイアントスパイダーの怪力によって今にも壊れそうだ。ギシギシと木が軋み、ひとつ、ふたつと『粘着糸』が切られていく。
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Lv10までに必要な経験値は180です。
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キン、とまた頭に痛みが刺さった。
だから邪魔だ! こんな時……に――?
……。
冷静になってもう一度、ステータス画面を見た。そして、ある考えが浮かんだ。
まさか進化、か……?
Lv表記の最大値は10。俺のLvは7。残り3Lvで最大値に達し、何かが起こる予感はしていた。
『世界の声』が鳴り響いている。ひりつく痛みが体に活力を与え、俺に生きろと訴えかけていた。
『世界の声』は俺に進化の可能性を示唆するために、鳴っているのか……?
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Lv10までに必要な経験値は180です。
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進化……。
無駄なんじゃないかと頭をよぎった。進化しても現状を変えることはできないんじゃないとかと嫌な予想が胸中を広がった。
進化しても脅威度Fの俺は脅威度Eの魔物になると考える。だとしても脅威度Eは目の前にいるジャイアントスパイダーと同じランク。更にその上のクイーンスパイダーに勝てる保証はない。
だけど……。
セラフィーナを見た。ナラトを見た。
もたもたしている時間なんてない。
やることは――もう決まっただろ!
「キュイ!」
「!? アキヒロ!」
ズタボロの体で俺は飛び出した。狙いは今にも死にそうなジャイアントスパイダー。セラフィーナの魔法で半身が抉り取られ、虫だけに虫の息であった。
ステータス画面を表示させながら牙を剥き出す。最大Lvまで達成するために必要な残りの経験値は分からない。だが、この現状を打破するには賭けるしかなかった。
ナラトと初めて会った時の記憶が走馬灯のように過ぎ去っていく。
俺の事をイモ郎なんてふざけた名前を付けようときていた奴が。学校で陰キャしていた顔が。そして、俺を庇って死にかけている姿が。
まだ出会って数日しか経っていなけいけど、はっきりとこれだけは言える!
生まれて初めて出来た友達を、見捨てる選択なんてあるわけないだろッ!
賭けるぞ! 俺の進化する可能性に!
「キュイッ!!」
鳴き声をあげながら俺はジャイアントスパイダーに食らいつく。噛み付かれたことで痛みに悶えて悲鳴をあげるものの、瀕死の癖に爪で俺を払い飛ばしやがった。
地面に叩き付けられて俺は口から血をぶちまける。体液が混ざって血の色が薄い緑色だ。グロくて地味に知りたくなかった現実だ。
ちくしょう、脅威度の壁が高すぎる。だがここで諦めてたまるかよ……ッ!
ナラトを守りながらクイーンスパイダーと応戦するセラフィーナを見て自分の体に命令を飛ばす。
「キュ……イィ……ッ!」
自分でも分からなかった。何故、ここまで必死になって二人を助けようとしているのかが。
いいや、本当は分かってる。
悔しかったんだ。
ナラトを二回とも守れなかった俺が。無力な自分が。
「キュイ!!」
胃の中にある物を全て吐き出して俺は再びジャイアントスパイダーに向けて飛びかかった。眼球を『噛み千切り』で抉り取り、イモムシの牙を傷に突き立てる。
流石の大蜘蛛も怒り狂い、俺を離そうと尖った爪が背中部分に突き刺さる。これまで体験したことのない激痛が全身に走り歪んだ叫び声を漏らす。
それでも噛み付いた口を緩めることはしなかった。更に『噛み千切り』を使い傷の中へと牙を突き出した。
ぶちっ、と不快な感触が口に伝わった。苦味が広がり、吐いたばかりなのに吐き気が更に込み上げてくる。だがよ……ッ!
ジャイアントスパイダー! これで終わりだ!
「キュイイイ!!!」
『噛み千切り』でトドメを刺した。顎を斜め上に振り切り、頭部が引き裂かれ脳漿が飛び散った。
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ジャイアントスパイダーを討伐しました。
経験値を246獲得しました。
Lvが10に上がりました。
世界に接続しています。
…………。
待機中です。
承認されました。進化が可能です。
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……きた! 進化のアナウンスが!
口から苦い肉片を吐き出してステータス画面を操作する。トドメを刺したの同時に世界の声が鳴り響いている。Lvが最大値に達し、進化が可能となったのだ。
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進化が可能です。
進化先を表示します。
◆クレイブココン (脅威度F+)
幼虫型の魔物が進化することができるサナギ型の魔物。ステータスも低く、攻撃的な性能は持たないが多種多様な進化先を持っている。
◆サンドクロウラー (脅威度E)
砂漠地帯に生息する巨大な幼虫型の魔物。大食漢であり、サボテンを主食とする。進化すると非常に厄介な魔物になるため駆除対象となっている。
◆カレイドホッパー (脅威度E)
乾燥した地域に生息するバッタ型の魔物。羽を使い、太陽光を反射させて外敵の目を眩ませることで身を守る。
◆マンネンゼミ (脅威度E)
寿命の大半を地中で過ごし、成虫になると一日で死ぬセミ型の魔物。一万年は樹の汁を啜って生き長らえていると伝えられている話からこの名前が付いた。幼体は鋭い鉤爪を持ち、脅威度Eと言えでもその戦闘力は侮れない。
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……! これは、進化先か!
有り難い、が! まともな進化先がねぇ!?
落ち着け、まずはクレイブココンは無しだ。サナギ型の魔物に進化してもこの現状を打破するとことは無理に近い。次の進化にチャンスを賭けられるのは魅力的であるが、選ぶと間違いなく蜘蛛共に食い殺されて未来がない。
残るはサンドクロウラー、カレイドホッパー、マンネンゼミの三種。
サンドクロウラーは今のムルムルと同じ幼虫型の魔物。安心感があるが、戦闘面に置いては特筆すべき点がなく、進化するのを躊躇ってしまう。
よし。カレイドホッパー、マンネンゼミまで二択に絞った。……進化しても勝てるか分からねぇ。
ここは目眩しで逃げることができるカレイドホッパーに選ぶのが最善策じゃないか?
ナラトの説明通り、昼行性の生き物なら目眩しは有効なはずだ。クイーンスパイダーが一体、ジャイアントスパイダーが二体残っている。ここは戦うよりも逃げに徹した方がいい。
「キュイ!」
よし、決めた。俺はカレイドホッパーを選ぶ!
俺はステータス画面を出しながらカーソルをカレイドホッパーに合わせた。その時、脳内でバチりと電気が走ったかのような感覚に襲われた。
「ギュイィ……ッ!?」
なんっ……だッ……!?
目の前が真っ暗になり、ノイズが走る。
掠れてまだ形は掴めないが、脳内にはある映像が徐々に鮮明になりながら入り込んできた。
それは鎧の如き甲殻に覆われたサソリ。
四対の鋏がそれぞれ大弩のような歪な形をし、尻尾からは猛毒が滴り、全身が赤錆に覆われた真性の化け物。そいつの姿が徐々に掠れていき、最終的には消えてなくなっていく。
なん……だ……? 今のは?
痛む頭を我慢しながら目を開く。
全身が震えている。冷や汗が止まらない。表示しているステータス画面がカクつき、ブレているような錯覚に陥る。
これは憶測だとか勘でしかない。まさか、このサソリは俺が最終的に目指す進化先か?
クラクラする頭をどうにか抑えてカーソルを下に移そうとしていた。
直感していた。カレイドホッパーに合わせたカーソル。そこには一瞬だけ映ったサソリに進化する可能性を捨てることとなる。
俺は迷いながらもマンネンゼミにカーソルを合わせるとサソリの姿が脳内に鮮明に映し出されいき、頭の中に映し出された。
俺は……。
待ってろ、ナラト!
ここは誰であろうと信じるしかない。俺はマンネンゼミに進化する!
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マンネンゼミを選択しました。
進化を開始します。
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進化先を選択した直後。
突如、俺の体に熱が走った。




