11話 止まぬ襲来
4月から就職しました。
働きたくないでござる。
川のほとりで休憩を終えた俺たちは再び出発した。
サチメチと呼ばれる魚を食べたお陰か二人は栄養面で少し回復したみたいだ。心做しか顔色がよくなったと感じられる。
川を上流の方に向かっていくと比較的開いた場所に出た。平原、とまではいかないが、充分に視界が確保されてある。
「いい、森ね。私の故郷と空気が似ている」
歩いている中、セラフィーナは深く息を吸い込んだ。
静かな呼吸音が森の静寂とあわさって、俺の目からとても神秘的に見える。
とても様になっている。今なら巫女服を着てもらって、静かに祈るようなポーズを取ってもらったらいい絵になると俺は確信した。
巫女服エルフか。なんか突拍子もなしに思い付いたけど、非常に唆られる単語だ。
自分で言ってて恥ずかしくなった。……変なことばかり考えてるな、俺。
「セラフィーナは故郷に戻りたいって、考えた事はあるの?」
「ううん……ただ、懐かしかっただけ。いい思い出は少ししかないし」
「なんか……。その、ごめん」
ふと尋ねたナラトは、思わぬ返答でばつが悪そうに気まずい顔をした。
そういえばセラフィーナと校庭で出会った当初、ナラトは家の事情がよろしくないと俺に説明してくれたんだっけ。そりゃあ故郷というか、実家にはいい思い出は少ないだろうな。
「気にしなくていい。迫害とは違うけど、私は普人族との混血児だから。純粋な森人族とは共に暮らせなかった」
「価値観、じゃないか。種族差か……」
なろうでよく見た設定だ。
どうして分からないが、エルフはプライドが無駄に高くて普通の人間をやけに見下している感じが多い。気がする。
そこまで酷い訳じゃなかったのかもしれないが、それでセラフィーナが苦しんだとしたら許せないな。
――見下してる訳じゃないかな。森人族は森と共存することを信条として生きているけど、セラフィーナは生きていく為には野生の獣を狩って食べないといけなかったんだ。僕からしてみれば命をいただき、生態系のひとつとして生きていく。ごく普通のことだと思うけど、森人族の中には生態系を自分の都合で壊すように見えたんじゃないかな……。
使い魔契約を通してナラトから解説が入る。
そ、そうか。俺がサチメチを持ってきても何の抵抗無しに食っていたのが伏線だったのか? それにナラトは気付いて……。
――これはどちらが正解で間違いかの問題じゃないんだよ。単に体の作りの違いだけなんだ。森人族は果実を食べるだけで不便なく生きることができるけど、普人族のハーフであるセラフィーナはタンパク質を取らなければ満足に生きていけない。体の作りから生まれた価値観の違いで、生き辛かったんだと僕は思う。
難しい問題だった。
普通の人間の血が混じった以上、エルフのように完全菜食主義者になることは不可能だろう。
何処かで読んだ記憶があるけれど、タンパク質を摂取しなければ体力が付かないと見たことがある。
記憶が正しければ臓器や筋肉を作るのに大切な栄養素。肉を食べずに果菜だけを食べろなんて、セラフィーナのような子どもにとっては死活問題に等しいじゃないか。
「そう、だね。私には半分しか血がなかったから。故郷ではおじいちゃんだけが味方だった。けれども、『理解はできても歩み寄れることが出来るとは限らない』って、他の森人族を見ながら半ば諦めていた。私も同じ考え」
セラフィーナ……。
「私にとって普人族の街の方が暮らしやすかった。たまたま普人族の父親が貴族の次男で、故郷から連れ出してくれたのは恵まれていた。お母さんとは離れきりになっちゃったけど私は満足してるよ」
儚い笑みで誤魔化した彼女を見て、どう返していいか分からなくてナラトは黙りこくってしまった。
「キュイ……」
本当に、心から満足しているのか?
セラフィーナの背景を知った今、気軽にこんなことは言えないと分かっている。
けど、前世でババアよりも早く死んだ俺にとっては、母親は――親というものは、良い意味でも悪い意味でも子どもにとっては大きな存在なんだ。
俺は今更ながら後悔してる。山本に無理矢理連れ出された後、少しぐらいはババアに優しくしてやれたんじゃないかって。
ちゃんと働いて、俺が貰った金でババアの好きな煎餅ぐらい買ってやれたんじゃないかって。一緒に子どもの頃からある机と囲んで、笑いながら食べれなんじゃないかって。
小さすぎる親孝行なのは分かってる。でも、そんなことでもイモムシになっちまった俺には大きすぎることだった。そして、それは叶わぬ願いだと知っている。
お節介かもしれない。迷惑な老婆心かもしれない。
それでも、セラフィーナに俺と同じような後悔だけはして欲しくない。そう、強く思った。
喧嘩したり、価値観の違いで袂を分かつとも、顔を合わせることぐらいはさせてやりたい。
◆◇◆
……。
…………。
………………。
開けた森を歩くこと数十分。
景色はあまり変わり映えしなく、微妙な空気だけが流れていた。
「かなり遠くまで来たね」
「街道に出るまで、まだかかりそうだ」
時刻は昼の三時くらいか? 太陽の光が少し弱まった辺りだからそのぐらいだろう。
ナラトは街道に出るには夕方辺りだと使い魔契約を通して教えてくれている。俺的にはあと二~三時間くらいだろうか。
グシャリ。
なんだ、今の音は?
明らかに土を踏んだ音ではなかった。歩いている最中、セラフィーナが踏みつけていたようだった。
「……これはなに?」
「糸、だね」
それは糸だった。まるで俺が使う『粘着糸』のような、白くてネバネバしたものだ。
普通なら気付きそうだが、木の葉の下に隠れていて見えなかったらしい。俺の『磁界の感覚』でも木の根っこにしか覚知できないので、足に躓いて転んだりでもしたら厄介だな。
「キュイキュイ」
ん……? なんで俺を見つめるんだセラフィーナ。確かに俺の出す糸と似ているが、ナラトの背中に乗りながら先回りなんて出来ないぞ。
「アキヒロと同じ、幼虫型の魔物の仕業?」
いや、知ってる? みたいなニュアンスで聞かれても俺は答えられないって。
そもそも異世界にイモムシの知り合いになんていなし、例え俺に兄弟がいたとしても産まれはナラトの家だ。言わば俺は蚕蛾のような、人に養殖されて依存しないと生きていられない魔物なんだよ。
セラフィーナは糸を靴の裏からひっぺ剥がすと地面へ投げ捨てる。繋がっていた方向を見ると片方は樹木にくっ付いており、もう片方地面に垂れるように糸は深い森の中へと続いている。
これは罠のつもりか? だとしても引っかかっる魔物なんていないような。もしかして間抜けな魔物が付けたマーキングなのかもしれないが……。
「妙だな……」
ナラト?
「あ、いや。糸を吐く魔物は巣を作ること、罠を仕掛けること、そして獲物を捉えることの三つを目的にして使う個体が殆どだからね。こんな風に無造作に吐くだけなんて見たことがなくてさ」
そうか? 俺は魔道学院のクソババア、もといナラトの担任の先生に糸を吐きかけてやったけど。
魔物の中にもムシャクシャして糸をブッパするやつがいてもおかしくはな……普通に考えておかしいか。
だとすれば分からんな。考えることを諦め、俺はキュイキュイ鳴いて樹木にくっ付いている糸を見つめてた。
なんか振動でビンビンしてる。俺の『粘着糸』とは違い、ゴムのように弾力があるみたいだ。なんか見ていて楽しい。
「振動……?」
使い魔契約を通して俺の心の声が漏れていたらしい。ナラトは糸に触れると指で押し込み、離してみる。すると糸はさっきよりも振動をより強くしたようで小刻みに揺れ動いた。
おお~楽しそう! ちょ、俺にもやらしてやらして!
俺は考え事をしているナラトを他所に糸であそび始めた。ブルブルと震えるのが癖になるな。
『粘着糸』のLvをあげたらこんな糸作れねえかな。丈夫に作ればセラフィーナの弓弦に使えたりして、応用性がありそうなんだけど。
「まさか……。アキヒロ、その糸で遊んでる場合じゃないかもしれない」
ほへ?
俺は手を止めてキュイキュイと鳴く。
なんだ? 街道に出るまでの時間が遅くなるのか? それなら遊ぶのはやめにしないといけないな。
「それもあるけど、ひとつ考察してみたんだ。さっき魔物が糸を使う用途は主に三つだと言ったよね?」
覚えてるぜ。巣を作る、罠を張る、獲物を直接絡め取るんだろ?
「ああ。その中に迷宮に生息する蜘蛛型の魔物が糸を張り巡らさせて、振動によって獲物を感知する方法を使うんだ」
そのナラトの発言を聞いたセラフィーナを首を傾げると、眉を顰めながら口を開いた。
「それだとおかしい。迷宮内に生息する魔物がこんな場所にいるはずがない」
俺はナラトの言いたい事に気が付き、顔を見合わせた。
……ありえるんだ。迷宮内に生息している魔物が、こんな場所にいる理由が。
迷宮氾濫。
心当たりしかなかった。あの骸骨野郎が迷宮氾濫を起こしてダイアラームの街を壊滅させたのだから。つまり、ダイアラーム内にあった迷宮から飛び出してきた魔物がこの森まで来ている可能性は0じゃないんだ。
俺は顔を見合わせたナラトの意図を読み取り、頷いた。
心苦しいが話さなくてはいけなくなった。関係性に歪みが入るかもしれない。それでも、ダイアラームの街に住んでいたセラフィーナには、遅かれや早かれ知る権利があったのだから。
「セラフィーナ、聞いてくれ」
ナラトが真剣な表情で話し出す。
「このことはヘイラブルに着いてから話そうと思っていた。けど、今話さないといけなくなった。……ダイアラームの街は、『迷宮氾濫』によって壊滅したんだ」
「……!」
セラフィーナは唖然とした表情を浮かべる。
無理もない、心理的に動揺したのだろう。襲撃の後、様子からしてナラトが隠しごとをしていた事に薄々勘づいていたのだが、予想以上の惨事に絶句している。
「実は大いなる凶狼が街に向かった後、僕は避難を呼び掛けに街へ戻ろうとしたんだ。でも、もう遅かった。大いなる凶狼が街へと災いをもたらすよりも早く、その時既に街は迷宮から溢れ出した魔物によって壊滅していたんだ」
「そんなこと言われても、信じられない……」
「僕だって嘘だって、夢だって、そう信じていたい。でも! 本当に起きた……現実なんだよ……。ダイアラームに迷宮氾濫が起きた以上、大量発生した魔物が何処から出てくるかは誰にも分からない」
! 何もしていないのに糸が振動してる。
慌てて俺は『磁界の感覚』を糸の垂れている方向に合わせて最大限発動する。
ナラト! 何かが近づいてやがる。それも、凄まじいスピードで。
しかも単体じゃねえ、複数だ。一、二……三体!?
かなりの巨体の持ち主らしく、樹の影と隠れていて見当付かないが、逃げた方が良さそうだ。
「キュイキュイ!」
「アキヒロが感知した! 僕を責めるのも話をするのも後だ! まずは離れるよ!」
セラフィーナの手を引いてナラトは走り出す。
っ、無理だ! 糸に触れた後、長居しすぎたせいで逃げるには間に合わねぇ!
ガザッ!
つかの間の逃走も虚しく、森から出てきた魔物によって俺たちは追いつかれた。
「あれは!」
「ジャイアントスパイダー……! ダイアラームと繋がっているアイオンの『蜘蛛の迷宮』から出てきたのか!」
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個体名:ジャイアントスパイダー (脅威度E)
Lv17/20
・所持スキル
『粘着糸Lv4』『強牙Lv2』『張り込むLv2』
『巣作りLv1』『迷宮適応Lv1』
・称号
『ハンター』『罠職人』『追放者』
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で、でかい! なんて巨大な蜘蛛なんだ!
先頭の個体が飛び掛ってきたのをナラトは倒れ込むように跳んで躱す。空を切った蜘蛛の爪は木に深々と突き刺さり、大きな爪痕を残していた。
「キュイキュイ!」
おま、脅威度Eでこれはおかしいだろ! 俺よりひとつ上のランクの強さじゃねえだろ!
「威嚇してる場合じゃないよ!」
ナラトは俺が乗っている背中の位置がズレたのを直し、再び走り出した。
獲物を見つけた大蜘蛛の群れはぞろぞろと行進する。八本の脚でカサカサと地面を駆ける姿は、イモムシに転生した俺でさえ生理的な嫌悪感を抱いてしまう。
ちょ、まずいってこれ。
どうするナラト? 脅威度はEだが数は三体。大いなる凶狼よりかはマシだが、それでも今の俺たちじゃ手に負える相手じゃない。
いや、それよりも一番後方にいる個体が他の二匹と比べてやや大きい。まさか……。
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個体名:クイーンスパイダー (脅威度D)
Lv26/30
・所持スキル
『粘着糸Lv5』『強牙Lv3』『張り込むLv3』
『巣作りLv3』『惨爪Lv2』『統率Lv2』
『迷宮適応Lv2』
・称号
『ハンター』『群れの長』
『多産』『追放者』
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なんで嫌な予感が当たるんだ! ここら一帯に出現する魔物よりも脅威度がワンランク上じゃねえか!
名前からしてあの二匹を従えているリーダー……ではなく、母親の個体なのだろう。子どもを連れて人間狩りの時間とは、随分と悪趣味だな!
「クイーンスパイダーもいるのか……! みんな! 川の方向に後退しながら迎撃するよ! セラフィーナは頭の触角に『シエラ』を!」
ナラトの素早い指示により、俺たちは来た道を戻っていく。
だが、如何せん足場が悪い。道は整備されていない砂利道。おまけに木の根っこがでこぼこに頭を出しているので足元に注意しないと転んでしまう。
「キュイキュイ!」
「ナイスだよアキヒロ!」
俺の前世の知識を総動員し、段差に差し掛かった頃合を見計らって、『粘着糸』を遠くの木に括り付けた。
要は糸を使ったターザン式移動。こっから一気にジャンプすればショートカットができるって寸法だ。
ナラトが糸を掴み、その後ろからセラフィーナがナラトの背中を掴んだ。
よし! 一気に移動だ!
「キュイ!」
「おおっと!」
「ナラトしっかり!」
地面を蹴って宙を渡る中、筋力不足のナラトが糸を手を離しそうになるがセラフィーナによって支えられた。
いいアシストだセラフィーナ。そして重量オーバーで糸が切れなくて良かった。
俺は『噛み千切り』で自前の『粘着糸』を切ってみんなを着地させる。
半ば投げ出される形で降り立った俺たちは後ろを振り向き蜘蛛共の様子を確認した。
「キシャア!」
「キシャシャ!」
「キシー!」
うげぇ、しつこいなこの蜘蛛達……。
まあまあ遠くに離したつもりだったが、まだ追いかけてくる。離した距離は『鑑定』で測ると150メートル前後か。まだ諦めさせるには足りないか!
「今だセラフィーナ!」
「風の第一詠唱――『シエラ』!」
バシュン!
弓を担ぎ、『シエラ』を乗せた風の一矢がジャイアントスパイダーに炸裂する。当たった場所は牙付近にある触角みたいなところで、面白いように脚をもつれさせながら斜面を転んで滑っていた。
おお! 『シエラ』一発で転びやがった!? バランスを崩したのか!?
――その通り。蜘蛛型の魔物の多くはあそこに感覚器官が集中しているんだよ。元々は脚の一部が変化したもので、大体は食事をする時の補助に用いてるんだ。えーと、簡単に言うと脳と強く繋がっているから攻撃を受けると弱いんだ。
ナラト……なんて恐ろしい子!
戦闘面ではからっきしだが、蓄えた知識とその場で作戦を組み立てる頭の良さ。そして臨機応変に対応できる奴だ。
天は二物を与えずといったが、本当にその通りなのが悔やまれる。
――伊達に魔道学院さぼって魔物を育成してた訳じゃないからね。
不登校している中で培った知識が活躍するとか、お前主人公じゃねえか!
「ナラト、残りの二匹が私の攻撃に警戒し始めた。この手はもう使えない」
と、んなこと喋ってる場合じゃないな。取り巻きの一匹が足止めされたことにより、残りの二匹が逆波だってやがる。セラフィーナの言う通り、次はあ安易に触覚を攻撃させてくれないだろう。
ナラト、こっから先はどうするよ?
「遠回りして暗い森の中を通ってから川の上流で戦うよ。激しい流れのある場所なら戦いを有利に進められるし、なによりクイーンスパイダー達が諦めてくれる可能性がある」
「ナラト、どういうこと?」
ナラトは少し考え込むと、自分のお腹に手を当てて分かりやすいように説明してくれた。
「僕たちが口から呼吸するのと同じように、蜘蛛型の魔物はお腹の部分に口があってそこから空気を取り組んでいる。つまり、水に少し浸かるだけでも簡単に溺れてしまうんだ」
な、なるほど。ネットの記事とかで蜘蛛は水に弱いと言った内容を見かけたことがあるけれど、それが理由だったのか。
流石だ……。ナラトの立てた作戦が上手く行けばジャイアントスパイダーからの襲撃はやり過ごせることができる。
「分かった、行こう。それなら牽制しながら戦うことができる」
弓を背中に担ぎ直し、セラフィーナは覚悟を決めた目をした。
薄暗い、陽の光が閉ざされた森の中を疾走する。ジャイアントスパイダー達はまだ追いかけてきて、飽きずにカサカサと脚を動かしている。
「キュイ!」
まだ追いつかれていないが、森に逃げたのはいいけどあまり良くなかったんじゃないか!?
こちらの視界が不十分だし、なにより蜘蛛共にとっては問題ないように思える。これ、川に着くまで持ち堪えられるか!?
――ううん、これで問題ない。夜行性の魔物の目には光を集めて反射する輝板と呼ばれる部位があるんだけど、蜘蛛型の魔物の多くは輝板がないから夜行性じゃないんだ。
へ? は? タペ、たぺなんだって?
――ご、ごめん。ジャイアントスパイダーは昼行性の生き物で、暗闇の中だと僕たちよりも目が悪くなるんだ。
おっけー、理解した。
これって俺の理解力が低いのが原因だよな。うーむ、いつか暇な時にナラトに勉強を教えて貰った方がいいのかもしれない。
だが『鑑定』した時にジャイアントスパイダーには『迷宮適応』のスキルがあった。迷宮は薄暗い場所のイメージがあるし、万が一、そのスキルのせいで暗い場所でも普通に動けたら不味くないか?
――『鑑定』のスキルって……。いいや、その話は後にしよう。確かにジャイアントスパイダーは主に迷宮に生息しているけど、その迷宮は何かしらの外的要因があって明るい場所が多いんだよ。迷宮適応のスキルは迷宮内に溜まっていく魔素を循環するスキル。暗い場所で視界を確保するには『暗視』のスキルが必要なんだ。それ以外だと『恐怖の感覚』のような第六感スキルになってくるし。
俺の不安は杞憂だったらしい。実際に後ろを振り返ると、ジャイアントスパイダー達の歩みが先程のりも遅くなっている。わざわざ暗い森の中を通る選択をしたのは間違いなさそうだ。
――それに、これは嬉しい誤算かもしれない。アキヒロは高山病って知ってる?
使い魔契約を通してナラトは語りかける。
まあ知っている。異世界でも高山病が認知されていたのには驚いたが、どうやら『共通言語翻訳』のお陰で俺の分かりやすいように伝わったようだ。
高山病は酸素が低い高地で起きる病気だ。確か頭痛や嘔吐、酷い倦怠感になるんだっけ。
――なんで知ってるのかむしろ僕が知りたいんだけど……。それより迷宮内で暮らしていたクイーンスパイダー達は産まれてからずっと魔素の濃度が濃い場所にいたのと同じなんだよ。僕たちがいる地上は迷宮内と比べて魔素が少ない。どうやら、まだ体が慣れきれてないみたいだ。
そうか、クイーンスパイダー達は迷宮から出てきたばかりで、地上の環境に適応出来ていないから高山病と似たような状態になっているのか!
酸素と魔素の単語を入れ替えればしっかりくる。
そう考えると運動不足のナラトが全力で追いつかれていないのは理由に納得がいった。
――言われてて悲しいからやめて。
切実なナラトの願いにより、俺は心の声をチャックする。
走っていくと遥か目の前から光が見えてくる。
もうすぐ森を抜ける! 川の辺りに戻るまであと少しだ!
「ナラト! 上!」
「え、おっと!」
突如、俺の真上から大きな塊が降ってきた。
なっ! 伏兵だと!
落ちてきたのはジャイアントスパイダー。動かなかったせいで木と完全に同化していて『磁界の感覚』では捉えられなかった。
セラフィーナの指摘がなければ避けられなかった。追加で現れたジャイアントスパイダーから退こうとするも、後を追ってきた三匹に挟み撃ちされている。
これは……かなりまずいんじゃないか……?




