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9話 スタンピード




 死体が横たわっている。さっきまで生きていたのに、今じゃ物言わぬ骸だった。


 知りたくなかった。人が目の前で殺される光景が、こんなにも悲惨なことを。


「キュイ……」


 俺は……浮かれていたんだと思う。イモムシだけど異世界に転生した。また一からやり直せるチャンスが与えられて、これから生きていく世界が残酷だという真実から目を背けていた。


 だが、もう夢から醒めた気分だ。


 そうだよ。なんで気付かなかったんだ。


 ここは平和な日本じゃない。外にはライオンなんて軽く捻り潰すことができる魔物がいて、我が物顔で歩いているんだ。

 命がとても軽く、簡単に散ってしまう世界だって、知っていただろうが。


 チートとかハーレムとか無双とか。そんなものは拙い妄想か夢物語。俺はラノベの主人公なんかじゃない。


 どうしようもなく非力で、異世界に行ったとしても前世の頃から変わらない存在なんだ。


「キュッ、キュッ……」


 使い魔契約を通してナラトの気持ちが伝わってくる。感情が直にリンクしているのか、深い後悔の念が渦巻いている。


 ナラト……。お前が罪悪感なんて感じる必要はないだろ。アンダンテは自分から死にに行ったんだ。

 見捨てた訳でも、お前のせいでもない。忠告も聞かずに逃げ出したから大いなる凶狼に殺されたんだ。


 使い魔契約を通しながら第三者目線で動いていた俺からすればナラトの判断は最善に近い。


 魔物の種類を瞬時に判断した上、父親から聞いていたスキルの内容を分析し、打開策を考えて実行した。ナラトの指示通り動いていればアンダンテも助かる見込みがあった。


 見捨てたなんて言わせない。アンダンテが死んだのは他でもないアンダンテ自身のせいだ。気に病むことじゃない。


「慰めて……くれてるの……?」


 俺を抱き締めていたナラトの腕に力が入る。


 相当落ち込んでいるようだ。

 無理もない、まだナラトは10代がそこら。そんな子どもが人を殺される瞬間を目撃したんだ。精神的なダメージは計り知れない。


 こんな時こそ、俺が力になってやらねえと……。

 非力な俺だが、隣で支えてやることぐらいはできるのだから。


「キュイ」


 唐突に、『磁界の感覚(トレ・クオリア)』に反応があった。


 シルエットからして学校の生徒か……? 足を引き摺るようにして移動している。随分と歩きずらそうだ。


 おい、ナラト。誰か来る。動きからして足を怪我しているみたいだ。


「……! それなら街に行かずに、隣の迷宮都市、ヘイラブルに行くよう伝えないと!」


 大いなる凶狼はナラトの住んでいるダイアラームの方角へ向かっていった。もし、近くにいる人間が傷を負って逃げてきたのであれば確実に目指すことになるだろう。


 ナラトの言う通りだ。セラフィーナを一旦起こしてから……。


「いや、後で起こそう。僕は……責任を果たさなきゃならない。街に行くのは僕とアキヒロだけでいい。できればその人と一緒にセラフィーナを移動させたい」


 ……。


 ナラトは、俺が思ってる以上に強い奴だ。


 何を言ってもナラトは街に行って避難を促そうとしに行くだろう。死ぬ覚悟が出来ていると言い換えてもいい。誰かの為なら躊躇いなく投げ出そうとしている程だ。


 ガサゴソと茂みを掻き分ける音がし、薄暗い森の中から外套姿の人間がやってきた。『磁界の感覚』で捉えた反応で、歩く様子からして脚に傷を負っているようだ。


「あの、大丈夫ですか!」


 すかさずナラトが逃げてきた思われる人間に近づく。


 おい待てナラト。どう見ても学校の生徒でも先生じゃない。様子を見た方がいいんじゃないか?


「だとしても避難を伝えるのが先だよ。これ以上……誰も見殺しにしたくない」


 それはナラトの偽りのない本心だった。


 ……そうだな、俺も同じ気持ちだ。もう、目の前で誰かが殺される瞬間なんて見たくない。一人でも助けたいと考えるのは一緒だ。


「ここは危険です。ダイアラームの街に……脅威度Bクラスの魔物が向かいました。逃げるなら隣町に。足を怪我しているから手当てします」

「ケ、ケケ怪我?」


 フードによって顔が見えなかったが、恐らく男だ。だが……なんだこの、違和感は。


 こいつ、人間か? 声が明らかに生きている人間とは到底思えない。

 ナラト、今すぐそいつから離れた方がいい!


「怪我ナンテ、シテナイデスヨ。探シモノ、シテイルダケナノデ」


 手を差し伸べたナラトを握ったのは白く白骨化した腕だった。

 瞬間、背筋に悍ましい寒気が走り、反射的に手を振り解いた。


 顔を隠していたフードが取れ、不気味な髑髏(しゃれこうべ)が露わになる。目の奥で灯る不気味な光が俺たちを見つめていた。




━━━━━━━━━━━━━━━

 種族名:エルダーリッチ (脅威度A)

 個体名:ギーラ=アイオン

 Lv90/90


 ・所持スキル

 『闇魔法Lv8』『火魔法Lv7』『土魔法Lv7』

 『氷魔法Lv7』『雷魔法Lv6』『風魔法Lv6』

 『不死Lv10』『自動回復Lv9』『精神支配Lv9』

 『迷宮適応Lv9』『迷宮支配Lv10』

 『生命力感知Lv7』『腐食攻撃Lv7』

 『闇の杯Lv10』『眷属化Lv10』

 『眷属召喚Lv10』『眷属強化Lv10』

 『冥府堕としLv10』『死者傀儡術(ディプラ)Lv9』


 ・特殊(ユニーク)スキル

 『虚ろなる真実の義眼(ジ・アレーディア)Lv-』

 『アルカナスキル【吊られた男(ハングド・ラクト)】Lv-』

 『失大罪スキル【厭世(えんせい)偽造印(レプリカ)Lv-』

 『失大罪スキル【憎悪】偽造印(レプリカ)Lv-』

 『七大罪スキル【嫉妬】偽造印(レプリカ)Lv-』


 ・称号

 『不死者』『不死者の王(ノーライフキング)

 『不浄なる身体』『深淵を覗いた者』

 『元人間』『元賢者候補』『迷宮の主』

 『冒涜の極み』『死霊使い』

 『大いなる罪を背負いし咎人』

 『失われし罪を背負いし咎人』

 『魔に魅入られし者』『禁忌を犯した者』

 『魔術の才覚』『魔術の心得』

 『顔無し男の手先アンプルーフ・フィクサー

 『特殊個体』『最終進化者』

━━━━━━━━━━━━━━━




 ――バチィッ!


 まるで脳神経が断裂したかのような痛み。目の奥が急に熱くなり、俺はひっくり返った。


「ギュイィ……ッ!?」


 がっ……がぁ……ッ!?


 『鑑定』を使った反動で俺は血反吐をぶち撒く。鑑定する対象が俺よりも上位の存在すぎて副作用がやってきたのだ。


 頭が割れる。体が痺れたのか全然動かない。まずい、このままじゃ痛みでどうにかなりそうだ……!

 くそっ、寸前でナラトにスキルの内容を伝えるのが限界だ!


 な、なんだよこのステータス!? 大いなる凶狼の後に現れていい魔物じゃないだろうが!


 ナ、ナラト……。早く逃げろ……。


「アン……デッド? なんで、こんな所に……?」


 狼狽えるようにナラトは骸骨から距離を取った。骸骨が放つ魔力に当てられて動きが鈍くなったのか、足を滑らせ尻もちを付く。


「ヤッ、」


 骸骨の眼窩が怪しく光る。ナラトを見つめているんじゃない、その先のアンダンテの死体を見て歓喜している。


 言い様のない不穏が胸をざわつかせた。


 何か、とんでもなく厄介な事が起こる予感がする。


「ヤット、ヤットミツケタァ! 勇者の娘ェッ!」

 

 ナラトのことなんて大して興味がないかのように骸骨はアンダンテの死体に近づく。


 嬉しそうにカタカタと顎を鳴らすと、潰れた心臓に白い手を入れて弄り回した。


 何してるんだ、こいつは。


 ぶちぶちと中の臓器を引き摺り出した。長い管のようなもの、腸が黒い体液と共に引き抜かれ、地面へ投げ捨てられる。


「ブ、ブブ無様デスネェ! アノ勇者ノ娘ガ、エルトランゼノ糞野郎ガ! キヒッ、キヒヒッ! 本当ハ自ラノ手デ殺シタカッタガ、イイ気味ダ!」


 何を言っている? この骸骨は、一体何を言っているんだ?


 混乱が止まらない。殴ったり叩いたりしながら骸骨は次々にピンク色の臓器を引き千切りながら万歳をしていた。


「シ、死ンデモ無駄デス。生前ノ怨念ヲ貴方デ晴ラサセテ、ア、アゲマスヨ? 死者傀儡術(ディプラ)


 信じられないものを見た。禍々しい魔力がアンダンテの体に流れていく。見間違いでもなく、死んだはずの人間の指がピクリと動いた。


 嘘……だろ……?


 致命傷で死んだアンダンテがゆっくりと、ゆっくりとだが立ち上がった。


 顔には血の気がなく青ざめている。死人が生き返るなんて。こんなことって、ありなのかよ!


「違う、あれは禁術だ」


 掠れた声でナラトが言った。


「死者を本人の意思に関係なく隷属化させる禁術。死んでも尚、奴隷にように動かされ続ける。扱えるのは高位のアンデッドしかいないのに、どうしてこんな森にいるんだ……っ!」


 ナラトの瞳からは生きる活力が消え失せ、底なしの絶望が映し出された。


 アンダンテからは生気の感じられない。死んだまま動いている。

 その様子に骸骨は満足しているのか、腕を掴んで強く引っ張った。


 腕が取れる。反動でアンダンテは倒れ込み、肩から先に白い突起が露出していた。


「アヒャッ! アヒャヒャッ! アヒャッヒャッヒャッヒヤッヒャッ!!!」


 骸骨は嗤う。


 嗤う。嗤う。嗤う。


 腕を投げ捨てアンダンテの顔を踏み潰す。血と泥に染まった彼女の顔は、以前の面影が何処にもなかった。


 完全に扱いが壊れた玩具のそれだ。どんなに傷付けようが無表情で、暴力は終わらない。何故なら死んでも体が動いてしまうのだから。


「貴方は誰なんだ……」


 ぽつり、とナラトが言葉を零した。


 か細い声から恐怖と怒りが入り交じった、強い語気へと声へ。


「どうしてこんなことをするんだ! アンダンテに、何の怨みがあるのかよッ!」

「怨ミィ? 勿論。エエ、勿論アリマストモ!」


 骸骨が振り向き、宣言する。


「私ハ、ギーラ=アイオン! 四聖職ノ私欲ノ為ダケニ犠牲トナッタ者!」


 四聖職の犠牲、だと?


「今宵、私ガ裁キヲ下ス。親切ナ少年ヨ、君ニモソノ光景ヲ見セテ上ゲマしょう!」


 俺の疑問はすぐにどうでもよくなった。骸骨はカタカタと笑い、麓の方へ手を翳した。


 街が仄かに赤い。


 火柱を上げて、黒煙を上空へと漂わせている。



 燃えているんだ。ダイアラームの街が。



「ホォラ! 見テノ通リ、大惨事デス!」

「嘘だ……」


 力を無くし、ナラトが膝を付いた。


「嘘だ、こんなの、こんなのって……!」

「ウヒッ、アヒャッ! アヒャヒャッ! 四聖職ガ管理シテイル街ナンテ、コウシテ無クナッテ、シ、シマエバイイィ!」


 絶句した。


 大火事なんてものじゃない。街全体が火の海に飲み込まれる直前だった。


 なんてこった。こんなの、あんまりじゃないか。


「ス、迷宮氾濫(スタンピード)ヲ起コシテ来マシタ。ツイデニ、犬ニモ一帯ヲ探サセタノデス。アア、コレゾ私ガ望ンダ復讐劇(ヴェンデッタ)ノ開幕!」


 犬……? まさか、こいつが大いなる凶狼を森に放った張本人だって言うのかよ!


 全ての元凶が、こいつだって言うのかよ!


 今すぐ殺してやりたい。だが、俺にはそんな力もなく、『鑑定』の反動で動くことすらできない。


 悔しかった。無力な自分が。どうしようもない存在に感じられた。


「シ、シシシッ親切ナ少年。今私ハ気分ガイイ。ワ、私ニシテクレタ温情ニ免ジテ、見逃シテア、アゲマショョッ、ショウ」


 アンダンテを引き連れて骸骨は去っていく。


 見逃された……のか?


 それもそのはず、骸骨にとって俺もナラトも取るに足らない存在だ。逆立ちしようが天地がひっくり返っても勝てる訳が無い。


「ソ、ソソソウダ。最後ニ、ヒトツ教エテ、モ、貰エナイデスカ?」


 骸骨がふと振り返る。


「ケ、剣聖ノ息子モ探シテイルノデス。ド、ドド何処二イルカ、分カッテイタラ、オ、教エテ欲シイデス」


 ――!!


 そうか、こいつは四聖職に関わりのある人間に怨みがあると言っていた。だとしたら剣聖の息子であるナラトも例外じゃない。


 おい、ナラト!


「け、剣聖の息子は……」


 俺を庇うようにナラトは腕で制し、震える声で街に指をさした。


「学校に不登校気味だ。街に大鐘があって、近くに青い屋根の立派な建物ある。……そこに住んでいる」

「ス、ススス素晴ラシィ! 正直ハ美徳ノ証! コレカラモ嘘ヲ付カズ生キルノデスヨ!」


 ナラト、お前……。


 嵐のように多くの不幸が過ぎ去った後。


 ただ生き残った少年は、己の無力さに打ちひしがれていた。





 Q.なんでギーラはアンダンテには気付くことができたけど、ナラトが剣聖の息子だとは気付かなかったの?

 A.エルトランゼの糞野郎のせい。具体的には生前に幼い日のアンダンテを目撃している。


 やっとここまで書けた……長かった。

 街を焼かれたので次回から本格的に冒険していきます。

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