バルドウィンの覚悟
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唐突な私の質問に、バルドウィン様はしばらく考えていた。長子で魔力が強かったから、という理由は以前に聞いた。だから、私が別の答えを求めていることに気づいたのだろう。聡い人だ。
「……私にはその道しかなかったから、かな。生まれた時から決められた道だ。そこから外れることは一度も考えたことがない……だから今、当主を降ろされたらどうすればいいのかと戸惑っている」
淡々と紡がれる言葉には感情が込められていない。なりたい、なりたくないではなく、ただ受け入れるだけ。そんな風に感じた。
「それは新たな道が見つかれば、当主でなくなっても構わないということですか?」
「……わからない」
困った。バルドウィン様自身がどうしたいのかハッキリしてくれないと私もどう動いていいのかわからない。バルドウィン様が嫌々やっているのなら領民が気の毒だ。覚悟のない人はいざという時に簡単に切り捨てるから。バルドウィン様はそんなことはないと思いたいけど……。
「バルドウィン様が強い意志を持たないと駄目だと思います。あなたが守りたいのはご自分の立場ですか、それとも領民や領地ですか?」
バルドウィン様は目をみはった後、小さな声で答えてくれた。
「……領民たちだ。こんな頼りない私を信じてくれた人たちを裏切りたくない」
「ほら、わかってるじゃないですか」
「え?」
「何のために頑張るか、それが大切だと思います。別に自分のためでもいいんです。自分の中で絶対に譲れないものさえあれば。目的や目標がないと簡単に意欲を失ってしまいますから。とりあえず伯爵家当主でいようという強い意志を持つための理由が必要だと思います」
「メラニー嬢……」
バルドウィン様は感じ入ったかのように私の名前を呼ぶ。というか、初めて名前を呼ばれた。ずっと『あなた』としか呼ばれていなかったけど、少しは私も信用されるようになったのだろうか。
「メラニーでいいです。嬢と呼ばれるほどお上品ではないし、私はあなたの部下ですし」
そうそう、それを忘れてはいけない。バルドウィン様の心が折れると困るのだ。お給金がもらえなくなる。
「ですから一緒に頑張りましょう」
お金のために。そんな私の下心など露知らず、バルドウィン様ははにかむように笑った。
「ありがとう、メラニー」
うっ。そんなにキラキラとした目で見られると、良心が咎める。それに美形の笑顔は破壊力が凄まじい。
母や母似の兄とクリスティンを見慣れていてよかった。耐性がないとグラっといきそうになる。
惑わされては駄目だと、一つ咳払いをした。まだまだ聞きたいことはあるのだからしっかりしないと。
「それで次ですが、魔法を使えなくなったきっかけを教えていただけますか?」
バルドウィン様の表情が途端に崩れる。へにょっと眉が下がり、肩が落ちた。本当にわかりやすい。
「魔法が暴発したんだ。その結果、怪我人を出してしまって……。そのせいで使おうとしても、無意識に使わないように自分で制限をかけている、らしい」
「暴発? これまでにもありましたか?」
「いや。子どもの頃ならいざ知らず、成長してからはなかった。それに、制御ができないと、当主として不適格だと烙印を押されるだろう?」
「そうですよね……」
大きな力を持っていても、使いこなせないと意味がない。だから、自分の魔力や魔法を子どもの頃にはある程度把握しなければならないはずだ。
貴族だけが魔法を使えるというのは、貴族に特権意識を持たせるためだけではない。その力を使いこなして国や民のために尽くせという意味もある。全ての者が使えると、秩序を保つのが難しくなるからだろう。
力を持つなら自覚も必要。好き放題に使う者は処罰対象になる。
だから、魔力を持つ者にはしっかりした教育を施されるのだ。
何かおかしい。これまでできていたことが急にできなくなる、なんてことがあるのだろうか。
考え過ぎならいいけれど、どうしても気になった私は、もう少し踏み込んで聞いてみることにした。
読んでいただき、ありがとうございました。