人の心は難しい
よろしくお願いします。
フィンさんは眉根を寄せる。
「話しましょうと言われて、私が素直に応じるとでも? たとえ応じたとしても嘘をつくかもしれませんよ?」
フィンさんの言うことももっともだ。それについては私も考えた。バルドウィン様に言われた通り、いい人だと感じてもそれは私の主観にしか過ぎない。もし私の目が曇っていたら、曇った目で見た主観なんてまったく当てにはならないだろう。だけど、先程の様子だけでもわかることはあった。
「……私もここに来るまではそう思っていました。ですが、先程のフィンさんが子どもたちを守ろうとした様子は嘘じゃありませんよね? あの咄嗟の状況で、フィンさんが取った行動は本当だと思います。考える余地はなかったはずですから」
私はフィンさんをじっと見た。フィンさんがどんな仕草をするか、それもフィンさんの本音を見極める材料になる。フィンさんは居心地悪そうに視線を逸らした。
「……買い被りすぎですよ。私は善人ではありません。あなたの印象を良くするために、敢えてやったとも考えられる」
「それこそ嘘ですよね? そう思わせたいなら黙っている方が利口ですから。そんなあなたが何故アルバン様の認知を受け、当主候補に名乗りを上げたのか。私は不思議で仕方ないんです」
「それはあなたに関係ないでしょう」
「いえ、あります。私は当主であるバルドウィン様の妻ですから」
私の言葉にフィンさんは目を眇めて馬鹿にしたように口角を上げた。
「ああ、なるほど。当主の妻という肩書きと、何もしなくても金銭が入ってくる美味しい立場を奪われたくないと。それなら奪われないように努力してはいかがですか? こんなところで油を売るよりもやるべきことがあるでしょう?」
フィンさんは籠を持つと踵を返し、スタスタと歩き始めてしまった。その背中からはこれ以上は関わるなという明確な拒絶が感じられて、私は追うのをやめた。
これ以上しつこくしても、フィンさんは心を開いてはくれないだろう。諦めた私はミュラー邸へ帰ることにした。
◇
ぼんやりと流れてゆく街並みの景色を眺めながら、馬車の中でいろいろ考える。
それにしても、フィンさんというのは掴めない人だ。人当たりがいいし、子どもたちへの態度も優しい。それなのに急に突き放したような態度になった。
そうなったきっかけがあるはず。先程のことを順に思い返してみる。
まず、洗濯物干しを手伝おうとして止められた。だけど、手伝おうとしたことに対して怒った様子はなかったから違う。
じゃあ、子どもたちを手伝いに巻き込んだこと?
それに関しても別に変わったところはなかったと思うのだけど……。
あ、でも私が子どもたちにひどいことをしようとしていると思っていた節はあるかも。
つまり私は初めから信用されてない。で、そんな私が当主の妻だからと、強権を発動させてフィンさんの心に土足で踏み入ろうとした、と。
……それは嫌がられても仕方ないわ。
自分がどう見られているかは二の次で、突っ込んだ結果がこれ。私は自分の立場をちゃんとわかっていなかったのかもしれない。そして、そんな自分の気持ちを相手に押し付けようとしたから失敗した。
一度失った信用は回復するのは難しい。そんなことは嫌というほどわかっていたはずなのに。
だけど、私はフィンさんの信用を得てどうするつもりだった?
フィンさんはバルドウィン様の立場を脅かす存在。私はそんなフィンさんを排除しようと思ってはいなかっただろうか。
フィンさんはもしかしたらそんな私の心を見破ったのかもしれない。
「これでは駄目だわ」
失敗した。ついつい重い溜息が漏れる。
肩書きがある以上、フィンさんが心を許してくれるのは望めないかもしれない。それならフィンさんの背景を知る必要がある。貴族というものを軽蔑しながらも、貴族になろうとした理由がそこに隠されているのではないだろうか。
私は確かにバルドウィン様を守りたいと思っている。それでも綺麗事かもしれないけど、そのためになら何をしても許されるとは思っていない。
どうすれば折り合いがつくのか、気持ちが交わるのか。それができるのならそうしたい。
落ち込みそうになるけれど、落ち込んでいる間にも状況は変わっていく。それなら空元気でも元気を出さないと。
「よし!」
自分を叱咤するように、頬を叩いて気合いを入れたところで馬車はミュラー邸へ着いた。
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