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掴めない人

よろしくお願いします。

 じゃあ、気を取直してフィンさんに尋ねよう。と、ここまではよかった。だけど、フィンさんが今どこにいるのかわからない。まさか貴族籍に入った方が今も孤児院の手伝いをしているわけがない。そう思っていたのだけど──。


 ◇


「何でいるんですか」


 いや、いるわけないと思いながら孤児院に来た私も大概だけど。慰問ではなく、ここでまだ働いているなんて、誰が想像できるのよ。


 フィンさんは当たり前のように、汚れてもいい格好をして庭で洗濯物を干していた。私に気づいたようで、フィンさんは手を止めて振り返る。


「だから言ったでしょう? 院長が高齢で人手が足りないのだと。やんちゃ盛りの子どもたちがじっとしているわけがないから、毎日洗濯物が山になっているんですよ」


 ちらりとフィンさんは視線を落とす。確かに、籠の中には洗い立ての洗濯物がまだまだ残っている。じっくり話をするにはフィンさんの仕事を終わらせないと。


「手伝います」


 籠から洗濯物を取ると、フィンさんの隣に立って洗濯物を物干し竿にかけようとした。すると、フィンさんが慌てて私から洗濯物を奪う。


「いや、伯爵夫人にそんなことをさせるわけには……」

「もう侍女姿を見られているから今更取り繕っても仕方がありません。それに一人よりは二人の方が早く終わります。終わったら話したいことがあるので……」


 私がそう言うと、フィンさんは渋々洗濯物を渡してくれた。そこで後ろから足に衝撃があって、前のめりになった。


「えっ?」

「危ない!」


 フィンさんは持っていた洗濯物を放って、私を抱きとめてくれた。後ろからは甲高い歓声がする。


「やったー!」

「いやー! こんなおばさんにお兄ちゃんを取られたくない!」

「おばさん……だれ?」


 驚きに胸がバクバクしていたけど、子どもたちの言葉に冷静になった。フィンさんにお礼を言って離してもらい、振り返る。


 三人の子どもたちが、興味深そうに私を見ていた。一人は十歳くらいの女の子で、もう一人は七歳くらいの男の子、そして三歳くらいの男の子だ。身を屈めて彼らに向かってにっこり笑いながら、私はフィンさんと自分を指差して尋ねる。


「お兄ちゃん? おばさん?」


 子どもたちは無垢な瞳でこっくりと頷く。ぐさっ。明らかにフィンさんの方が年上なのだけど……。フィンさんが慌てて取りなす。


「いえっ! 私はここでみんなと兄弟のように暮らしていたからですよ! そうじゃなければ私もおじさんで……!」

「……それって、結局私はおばさんってことに変わりありませんよね?」


 その場合、フィンさんはお兄ちゃんからおじさんへ変わるけれど、おばさんはお姉さんには変わらないだろう。フィンさん、まったくフォローになってない……。


 更にフィンさんは慌てて子どもたちを窘める。


「こら! お前たち、失礼だろう! この方はミュラー伯爵夫人で……」


 ……やっぱりフォローになってない。ここまでくるといっそ清々しい。なんだかおかしくなってきた。


「ぷっ……あははは!」

「ど、どうしたの、おばさん」


 女の子が引き気味で私に尋ねる。なるほど。私はどこまでいってもおばさんらしい。


「もう、好きに呼んで。その代わり……」


 ニヤリと私が笑うと、フィンさんが顔を青くした。


「ミュラー夫人! 子どもたちには罪はないんです! 悪いのは私で……!」

「みんな。私たちのお手伝いしてくれる? それで許してあげる」


 子どもたちはきょとんとした後、首を傾げる。


「何を手伝うの?」

「洗濯物を干すの。じゃあ女の子は籠から洗濯物を出して、フィンさんに渡して。男の子二人は、落とした洗濯物をもう一度洗うから、私と一緒に洗い場ね。はい、それじゃあ解散!」


 問答無用で私は男の子二人を連れて洗い場へ向かう。離れていく間、フィンさんの不安そうな視線が追いかけてきていたけど気づかない振りをした。


 ◇


 洗い終わって三人で物干し場に戻ると、洗濯物干しはあらかた終わっていた。と、ここで年長の男の子が興奮して前のめりにフィンさんと女の子に話しかける。


「聞いてくれよ! このおばさん、すげーんだぜ。手で洗濯物を洗うのかと思ったら、魔法でぐるぐるかき回して、あっという間に終わったんだ!」


 落としてついた泥を私が魔法で洗い、次に小さな男の子が軽く絞り、更に年長の男の子が絞った。本当なら全部私一人でやった方が早いけど、誰かの役に立つことが嬉しいことや、家事がいかに大変なのかを子どもたちが身をもって知るのも必要なことだと思ったのだ。


 これもきっと子どもたちの情操教育になるはず。決しておばさんと呼ばれることに腹を立てたわけではない……多分。


 男の子の言葉に、フィンさんの顔が複雑に歪んだ。私が子どもたちを傷つけると思っていたのだろう。だからホッとしたような反面、私が何を企んでいるのか不安、といった感じだろうか。


 まあ、それも当然だ。信頼関係なんてまったくないのだから。


「それじゃあみんな。お手伝いありがとう。おばさんはフィンお兄ちゃんと大切なお話があるから、みんなは遊んできてくれる?」


 私がそう言うと、女の子は渋っていたけど、年長の男の子が女の子と小さな男の子を連れて行ってくれた。魔法で私に一目置いてくれたらしい。話が早くてよかった。


 私はフィンさんに向き直った。


「それじゃあ、話しましょう」

読んでいただき、ありがとうございました。

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