謎の男性
よろしくお願いします。
「それでは聞かせていただけますか?」
着席するなり、私は彼に再度尋ねた。彼は頷くと、思い出すように天井に視線を向けた。
「確か……孤児院との繋がりと、何故ミュラーの領地と王都を行き来しているか、でしたね。簡単です。どちらも私の故郷だからです。私はミュラー領で生まれ育ちました。ですが、母一人子一人。幼い子どもを抱えて働き詰めだった母は体を壊し、亡くなりました。その後、王都にいると聞いた父を頼って王都に来たものの、事情があって孤児院に預けられ、そこで成長しました。院長が高齢のため、孤児院の手伝いを現在もしていますし、ミュラー領には母の墓があるので、定期的に墓参りをしているということです。納得していただけましたか?」
「あ……話しにくいことを聞いて、申し訳ありません」
初めから疑ってかかり、人の心を土足で踏みにじるような真似をしてしまった。これは本当に最低だ。私は深く頭をさげた。
「いえ、いいんです。疑問はもっともですから。偶然が重なると、気になりますよね」
私が顔を上げると、彼は苦笑していた。
彼の生い立ちを聞いたけど、私にはどれほど彼が苦労したのか想像もつかなかった。それに同情するのは彼に失礼な気がしたのだ。
可哀想と言うのは簡単だ。だけど、可哀想と相手に思うのは、結局は自分が恵まれているから。気持ちに余裕があるから湧いてくるのだろう。それは見方を変えると見下していると相手に取られかねない。だったらどんな言葉をかけるのがいいのかと悩んでしまった。
よほど私は困った顔をしていたのか、彼は笑みを深めた。
「ですから、お互い様ということで、もう気にしないでください。それよりも、また会えて私は嬉しいと思っているんですよ。あんなに印象的な方は初めてでしたから」
「……いえ、あの時のことは忘れてくださると嬉しいのですが」
ノリノリで侍女もどきになっていた自分が恥ずかしい。いや、楽しかったけど。
「それは無理です」
ニッコリと断言されてしまった。と、そこでバルドウィン様がようやく会話に加わった。
「メラニー、これで納得したかな? それで、怪我の具合はどうなんだ? 巻き込んでしまって本当に申し訳なかった……」
「もう大丈夫だと何度も言っているではありませんか。そうでなければミュラー領と王都を行き来できませんよ。それにバルドウィン様には充分によくしていただきました。もうお気になさらないでください」
困ったように両手を振る男性。この方は何度もバルドウィン様が謝るのがいたたまれないのかもしれない。そこでようやく私は気づいた。
「そういえばお名前を聞いていませんでした。お名前をうかがってもいいでしょうか?」
「え……私の名前、ですか?」
「はい。駄目でしょうか?」
男性は何故か戸惑っているようだ。これも聞いては失礼だったのかと不安になってきた。もういいです、と言おうとしたら先に男性が口を開いた。
「いえ。先程お話した通り、私は平民の孤児です。そんな私の名前を聞いても仕方がないのではないですか?」
言われて初めて気がついた。つまり、私は全く気にしてなかったということ。バルドウィン様のお客様だし、なんだか気になるという理由では駄目なのだろうか。
「ですが、バルドウィン様にとって特別な方のようですし、それなら私にとっても特別な方です。こんなにも縁があるのに、名前も知らないのは……」
「……特別な方。あなたはそう思うのですね。それなら……。私はフィンと申します。よろしくお願いします」
最初は面食らった顔をしていたけれど、彼──フィンさんは嬉しそうに笑った。
バルドウィン様がフィンさんに説明する。
「メラニーはそういった垣根をあまり感じないようなんだ。私よりもメイドや執事に親近感を感じているようだからね。貴族といっても様々なんだよ」
「……そうでしたね。あんなに侍女姿が板についた伯爵夫人は見たことがありません」
フィンさんは思い出したのか、苦笑する。
だけど、親近感を持つのは当たり前だ。だって、身分はどうあれ雇われの身であることには変わりないし。バルドウィン様だってわかっているだろうに。なんだかいたたまれない気持ちになって私は声を上げた。
「もうその話はいいじゃないですか。それよりも、時間があるならフィンさんにもっといろいろ話を聞きたいんですが」
もしかしたらバルドウィン様が魔法を使えなくなったことについて、フィンさんの視点から何か気づけるかもしれない。それに、私が引っかかっている何かにも……。
もう少しでわかりそうなのに、わからないこのモヤモヤ。さっさとスッキリさせたい。
そして、フィンさんはしばらく私たちとの会話に付き合ってくれたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




