母として女として
よろしくお願いします。
「うふふふふ」
今朝の出来事が頭を巡って、ついにやにやしてしまった。
今日はフィッシャー男爵やアーレンス家の方々が来られるというのに、どうも緊張感がない。
「何ですの、メラニー。気持ち悪い。ただでさえ締まりのない顔が更に緩んで、溶けそうになっていますわよ」
ユーディット様は呆れたように私の頬を掴む。痛いから摘んで押し上げようとしないで。
「いひゃいでふ、ゆーでぃっとしゃま」
「はい、あげて、あげて」
グイグイと遠慮ないユーディット様の手を私は振り払い、恨みがましく見つめる。
「……何をするんですか。ひどいです。もっとひどい顔になったら責任取ってもらいますからね!」
「責任を取るのは、そうさせた本人ではありませんの?」
ユーディット様はバルドウィン様をちらりと見やる。バルドウィン様は苦笑する。
「私がメラニーに何をしたと?」
「それはわかりませんけど、このメラニーですわよ? いくらめでたい頭をしているとしても、バルドウィン様絡みくらいしか思いつきませんわ!」
「ユーディット様……。この、とか、めでたい頭、という言葉が引っかかりますが、許して差し上げましょう。今日の私はものすごーく心が広いので」
やばい。本格的にニマニマしてしまう。あ、でもバルドウィン様は、私がもっとひどい顔になったらどうやって責任を取ってくれるのか気になる。バルドウィン様を見ると、不思議そうな顔をしていたけど、納得したかのように笑みを浮かべて頷いた。
「もっとひどい顔がどんなものかはわからないが、私は気にしないよ。それに今の顔は可愛いと思う」
ぶわあっと私の顔に熱が集まる。
素でそんな台詞を言える人がいるとは思わなかった……。これは恥ずかしい。
変なダメージを受けて身悶えていると、ユーディット様が呆れる。
「……勝手にやっててくださいな。だけどこの調子でこの後の話し合いは大丈夫なのかしら……。もういっそわたくしだけで対応した方がいいのでは……」
「いえ! 大丈夫です! ちょっとバルドウィン様の攻撃にダメージを受けましたが、私は負けません!」
「いや、私は別に攻撃したわけじゃ……」
「いいえ。素でそんなことを言える人はいません! よって攻撃したとみなします!」
恐ろしい。これは本当に恐ろしい……。この調子でこられたら、私の身がもたない。なのに、バルドウィン様は不服そうに顔をしかめた。
「君が言ったんじゃないか。愛されている自信がないんだと。だから努力しているのに心外だ」
「その後に、もう大丈夫疑いません、と言ったじゃないですか!」
「いいや。君のことだからまた変な方向に行くに決まっている。また疑われるのは……」
「信じます、信じますから、やめてくださいー!!」
「……本当に何なのかしら。この徒労感。余計なことは言うものではありませんわね……」
指先を額に当ててやれやれと首を振るユーディット様。それを恨めしく思いながらも、近づく別れにどこか寂しさを感じずにはいられなかった。
◇
そして時間になった。
縁談話の前に、まずはフィッシャー男爵にご家族の問題を解決してもらわなければならない。ということで、今現在、バルドウィン様、私、緊張した面持ちのユーディット様が並び、向かいにフィッシャー男爵夫妻が並んで座っている。夫人は面やつれしているけど、大丈夫だろうか。そんな心配をよそに、バルドウィン様は口火を切った。
「それで、結論を聞かせてもらえるだろうか?」
フィッシャー男爵は神妙に頷く。
「……妻の未練からこうした事態になったこと、私の監督不行き届きを、誠に申し訳ないと思っている。私自身も過去の妄執にはもう囚われたくはない。夫婦で話し合い、妻にはもうユーディットに強要しないと約束させた。今回夫婦で話してみてよくわかったよ。私たちは結局お互いのことを何も知らなかったんだと。なあ?」
男爵は夫人に話を振る。夫人は以前の勢いはどこへ行ったのかと思うくらい、しおらしく答える。
「……ええ。ユーディットに強要はいたしません。むしろ、今はミュラー卿との結婚は反対です」
この言葉にはユーディット様が驚いて息を飲んだ。そして理由が気になるのか、ちらちらと男爵に視線を向けている。男爵は頷くと、夫人の言葉に続けた。
「妻は本当に先代のミュラー卿を思っていた。だからこそ、お互いの子どもたちを結婚させたいと思ったが、それならもしユーディットが先代のミュラー卿と結婚するようなことがあればどうするかと聞いたんだ。それはやっぱり許せないというのが彼女の答えだったよ。
つまり、妻はユーディットを一人の女性として見ているということで、自分を投影する道具とは思っていないということだろう。じゃあ、そんなユーディットが思い人の子どもと結ばれて本望だと言えるのか、ということをじっくり考えたようだ。それでようやく目が覚めたのだと思う」
……そういうことだったのか。何となくはわかるけど、これではユーディット様が傷つくのではないだろうか。
結局、夫人は母として子どもであるユーディット様の幸せを願うのではなく、女性として好きな男性を取られたくない、という風に聞こえる。
夫人はユーディット様の幸せを願っていないのだろうか。
モヤモヤするけど、話し合いはそこで終わってしまった。アーレンス家の方々が、気が逸ったのか時間よりもだいぶ前に着いてしまったのだ。
ちらりとユーディット様の顔を見たけど、いつも通りに見えた。それが何だか寂しかった。
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