婚約期間を設けましょう
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建前上結婚をすると決まったものの、じゃあすぐに籍を入れましょうとはならないのが王侯貴族。何故かというと、そこに何か理由があるのではと勘ぐられるからだ。
例えば、婚前交渉で子どもができた、一刻も早く援助金が必要などの、余程切羽詰まった理由がないと、大抵は婚約期間を設けるもの。
私とバルドウィン様の場合も、お家騒動の真っ最中ということもあって、早く結婚してしまう方が親戚連中を黙らせやすいのかもしれない。だけど、それが契約によるものだとわかれば、わかった時点でバルドウィン様が当主の座を追われかねない危険も同時にある。
そこで婚約期間を設けることにしたのだ。
雇われるにしても、私はバルドウィン様のことを知らないし、バルドウィン様も私のことを知らない。そんな相手を信用して共に戦うことなんてできないだろう。婚約期間は、そんな私たちにとってお互いの信用を得るための期間にピッタリだった。
◇
「わざわざ来てもらってすまない」
「いえ、それは別に大丈夫です。それに、こうして会うことで周りも信用してくれるでしょうし」
またまたミュラー邸を訪れた私は、バルドウィン様とお茶を楽しんでいる。いや、楽しんでいるのは私だけかもしれない。バルドウィン様はどことなく疲れているように見える。
「なんだかお疲れのようですね。どうかされましたか?」
バルドウィン様は私を見て、力なく笑った。
「……いや。婚約したことを身内に話したんだが、そのことでまた色々とあって。どうあっても私や私のすることを認めたくはないらしい」
「どういうことです?」
「身内と一言でいっても、色々な者がいて、それぞれ考えが違うんだ。私の代わりに当主になりたい者。力のある他家と縁を結ぶために令嬢を斡旋して私をお飾りの当主に当面は据えて実権を握りたい者。後は自分が伯爵夫人に相応しいと売り込んでくる者とかね」
「はあ……いろいろと大変なんですね」
自分で売り込んでくるとはすごい。余程自分に自信があるのだろう。割と気が弱そうなバルドウィン様がオタオタする様子が目に浮かぶ。気の毒に。
私があまりにも他人事みたいに言ったからだろう。バルドウィン様は片眉を上げた。
「これからはあなただってそれに対峙しないといけないとわかっているのか? 割と陰湿な者もいるが……」
「まあ、そうでしょうね」
こう見えて、私もよく絡まれた。貧乏男爵令嬢だ、地味だ、変わり者だと。悪口に嫌がらせにと、よくもまああんなに思いつくものだ。
「大丈夫です。慣れてるっていうと語弊がありますが、経験済みです」
「……それは……傷つかないのか?」
「そう、ですね。傷つきはしますけど引きずらないという感じです。そうでないと守りたいものが守れませんから」
私よりも、クリスティンがひどくいじめられた。母似の美少女でおっとりした妹は、男女ともに格好の標的になったのだ。クリスティンを好きな男子はクリスティンに意地悪をするし、好きな男子をクリスティンに盗られたと逆恨みで女子は嫌がらせをする。
段々と笑顔を見せなくなった妹に心が痛んだ。あの子は何もしていないのに。
だから私は盾になることを選んだ。
他の兄弟は自分で切り抜けることができるから、その辺の心配はしていない。だけど、バルドウィン様を見ていると、どことなくクリスティンに重なって、守らなければならないような気にさせられる。
「ですから私のことはご心配なく。契約通り、あなたを守りますから」
「ありがとう」
守る、と私が言った途端にバルドウィン様の顔に朱が散る。目を伏せて恥じらいながらお礼を言う様子が可愛い。これが計算なら恐ろしいが。
ビアンカ様が心配するのもわかる。我が家の男連中とは違って庇護欲をそそるのだ。伯爵家当主であるのにすれてない。これでは食い物にされてもおかしくないだろう。
はっきり言って、向いてない。それなのに当主になった理由がものすごく気になった。
「……なんで伯爵家当主になったのか、聞いてもいいですか?」
読んでいただき、ありがとうございました。