突っ走るメラニー
よろしくお願いします。
ぴたっと私の動きが止まる。我ながら現金なものだ。
だけど、もしかしたら私の都合のいいように耳が勝手に変換したのかもしれない。
「そうですよね。私はバルドウィン様の大切な部下です」
「違う。大切な女性だと言ったんだ」
え? 部下だから、じゃなくて女性だから? それとも部下の女性だから?
考え過ぎてこんがらがってきた。結局どういうこと──。
「私も好きだよ、メラニー」
「部下だからですよね」
「違う。どうして君はそんなに思い込みが激しいんだ」
バルドウィン様は苦笑している。え、だって……。
「……私との結婚、嫌だったんですよね?」
「結婚自体、したくなかったんだ。面倒くさい状況に相手を巻き込むのがわかっていて、一緒に頑張ってくれ、とは言いにくいだろう?」
「でも、愛されている自信をつけさせたい女性って……」
「だから君のことだろう。例え話で聞き出すのは卑怯だとは思ったが、契約契約で仕事を与えて給料を受け取るのが嬉しいと思っている女性を、どう喜ばせればいいのか、私には想像もつかなかったよ。まさか、一緒に年を重ねていきたい、だとは……。やっぱり聞いてよかった」
「嘘……」
「じゃない。いい加減に信じてくれないと、私も自信を無くしそうなんだが。もしかして私はからかわれたのかと」
「そんなわけないじゃないですか……!」
じわじわとバルドウィン様の言葉が私の中に染み渡ってくる。ストンと言葉が落ちてこなかったのは、私に自信がないせい。
バルドウィン様を信じると言った私が自分を信じられないせいで結果的にバルドウィン様を信じられなくなっていた。
「申し訳、ありません……。私はバルドウィン様を信じると言ったのに、これでは信じていないことと同じですね」
「わかってくれたなら嬉しい。だが、君がそうやって疑い続ける限り、私は君に愛される自信をつけさせるために努力をし続けるよ。もうやめてくれと言われても」
バルドウィン様は含み笑いをする。何か嫌な予感がするけれど……。
「いえいえ! もう大丈夫です! 疑いません!」
ぶんぶんと首を振ると、バルドウィン様は満足そうに頷いた。実は怒らせると怖い方なのかもしれない……。
「そうは言ったものの、もうしばらくは待ってもらえないだろうか。まだ、いろいろな問題が片付いていない。君はご実家のためにこちらに来ているわけで、もしここで私が失脚したら、君のご実家にも迷惑をかけてしまう。本当は全てが片付いてから言うつもりだったんだが、君に先を越されてしまった」
「あああ……誠に申し訳ございません」
なるほど。そこまで考えていたから何も言わなかったと。それを私がフライングして台無しにしてしまった……。
本当に私という奴は……。バルドウィン様にひれ伏したくなる。
あ、でも、これだけは言っておきたい。
「失脚したとしても大丈夫です。その時は二人でヘルツォークに帰りましょう。心配はありません。魔法が使えなくても男手があるだけで助かりますから。ただし、人使いは荒いので覚悟しておいてくださいね」
あの両親のことだ。バルドウィン様の頭脳なり、体なりを駆使させて、働かせるに違いない。ああ、恐ろしい……。
ぷっとバルドウィン様が噴き出す。
「君はそういう人だったな。そこで私を見捨てるという選択肢はないのか?」
「え、何故せっかく両想いになったのに、バルドウィン様を捨てないといけないんですか? むしろ、私より魅力的な女性がいても、渡したくないくらいなのに」
バルドウィン様は嬉しそうに笑う。
「……やっぱり君がいい。本当に今すぐ契約を解除したくなるな。だが、今の私はまだ君と本物の夫婦になる資格がない。だから申し訳ないんだが……」
「それは私の方からもお願いしたいです。私もまだ、お給金分の働きをしていません。これでは給料泥棒です。バルドウィン様が魔法を使えるようになるまで、でしたよね。契約は」
今、もしクビになったら、頑張って稼いでお金を返すつもりだった。すごい金額にはなるかもしれないけど……。
「そうだったな。そのことについてもちゃんと話し合いたいが……。不確定要素が多い今の段階で、私は建前だけの言葉を使いたくない。本当にすまない」
「謝らないでください。それだけ真剣に考えてくださったことを、私が文句を言うとでも思ってるんですか? 見くびらないでください。ですが……」
今の私には、一つだけ気がかりなことがあった。言い淀んだ私にバルドウィン様は訝る。
「どうした? 何でも言ってくれ。またおかしな方向に突っ走ったら大変だ」
おかしな方向……なのかしら、これも。だけどやっぱり気になる。私は意を決して尋ねた。
「今でも子作りは業務に含まれないんでしょうか!」
バルドウィン様はぐっと息を詰めてしまった。それだとむせるだろうに。私はバルドウィン様の背中をさする。
しばらく固まっていたバルドウィン様は深呼吸をすると、呆れたように言う。
「やっぱりおかしな方向から来たな。大分慣れてきたつもりだったんだが、ここでそうくるとは思わなかった」
「いえ、だって……。両想いになったわけで、そうなるとやっぱり……」
意識するでしょう。だってまた事務的な付き合いに戻るなんて悲しすぎる。だからといって、今子どもができてもバルドウィン様を困らせるだけだし……。私だって複雑だ。
バルドウィン様は強い口調で断言した。
「は・い・ら・な・い! そういうことは業務でしたくない!」
「そうですか……」
ほっとすると同時にがっかりもした。だけどまったく何もないのは、と恐る恐る提案してみる。
「……じゃあ、手を繋ぐのは業務に入りますか?」
「いや、それも入らない」
がくっ。肩を落として俯くしかない。それも駄目なのか……と思っていたら、バルドウィン様が私の手を握る。顔を上げるとバルドウィン様と目が合った。
するといたずらが成功した子どものようにバルドウィン様は笑った。
「こういうのは義務じゃない。やりたいからやるんだろう?」
「そう、ですね……!」
よかった。これはしてもいい。ん? ということは……。
バルドウィン様の顔が近づいてきて、私は自然に目を瞑る。そして軽く唇に柔らかいものが触れた。
驚きに目を開くと、バルドウィン様は照れ臭そうにはにかんだ。
「ここまでは許してくれるだろうか?」
「もちろんです! 忘れないうちにもう一回お願いします!」
一瞬だったのでよくわからなかった。その時の思いや、バルドウィン様の感触を忘れないうちにと、勢い込んでお願いしてしまった。淑女、どこに行った。
バルドウィン様は「君らしい」と苦笑しながらも、もう一度口づけをしてくれたのだった。
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