すれ違い
よろしくお願いします。
早く、早く。
急いで向かっていたのに、バルドウィン様の方が足も長いし走るのが早い。あっという間に私を追い越してしまった。
バルドウィン様は扉の前に立ちはだかると、私を前から見据える。
「頼むから話してくれ。何が悲しいんだ? 鈍くて申し訳ないが、私は君の気持ちを察することができない」
わからないならそっとしておいて欲しい。それも言葉にならない。後から後から涙が溢れてくる。
私は泣きながらただ首を振って後退りをする。
「……っ、私を信じてくれ、と言っただろう」
だけど、腕を掴まれ、そのままバルドウィン様の胸に引き込まれた。
こんなのってずるい。バルドウィン様の香りが温度が鼓動が、私を捉えて離さない。私はバルドウィン様に抱き込まれたまま、バルドウィン様の服を掴んで泣き続けた。
そのうちすっかり泣き疲れた私は、バルドウィン様にしがみついてうつらうつらしてしまった。
気づいたバルドウィン様は私を抱えると、私の部屋に行き、ベッドに寝かせてくれた。夢現だけど、何となく覚えている。
その後にゆっくりと意識が沈んでいく中、私のおでこに柔らかい感触を感じた。
◇
「……ん」
目を開けると、ここ最近で見慣れた天井が真っ先に目に飛び込んできた。二十年近く過ごした実家よりも見慣れていると感じるなんて、不思議なものだ。
懐かしい夢を見ていた。私が子どもだった頃の夢。父におでこにキスをされる夢なんて、そんなにあの頃に戻りたいと思ったのだろうか。
昨日の出来事を反芻すると、確かに戻りたい気分になった。だけど、もう涙は出ない。こんなに泣いたのは久しぶりだ。
「はあ……」
ため息しか出てこない。自分で聞いて、自分でショックを受けるなんて。あまりにも滑稽すぎて反対に笑えてくる。
「ふふふ」
「……何がおかしいんだ?」
ぎょっと声がした方を見ると、バルドウィン様が入り口近くの椅子に座っていた。
……全然気づかなかった。それくらい私はショックを受けていたということかもしれない。
ゆっくりと体を起こしてバルドウィン様に問いかける。
「何故、バルドウィン様がそこにいるんですか?」
バルドウィン様は眉を顰めると、立ち上がり、こちらに向かってきた。これだともう私に逃げ場はない。諦めてバルドウィン様が来るのを俯いて待った。バルドウィン様はベッドサイドに腰掛ける。肩が触れ合うくらいの距離に、意図せず私の体が跳ねた。そしてバルドウィン様は私の頭を撫でる。子ども扱いなんてして欲しくない。
黙っていると、頭上から声が降ってくる。
「……心配だからに決まっているだろう。今度は聞かせてくれないか?」
「……嫌です」
聞かされるバルドウィン様が困るだけなのに。また何もなかったかのように、元の生活に戻ればいい。私はそれでいい。
ふう、とバルドウィン様はため息をつく。そのため息が意固地な私に呆れているようで、聞いていて辛い。
もう嫌われた……。
また胸が痛くなる。どうしてバルドウィン様の仕草や言葉に一喜一憂しないといけないんだろう。こんな思いをするなら、恋なんてしなきゃよかった。
「私を信用できない?」
「……違います。聞いてもバルドウィン様が楽しくないだろうから言いたくありません」
「……だろう、ね。だったら話してくれ。聞いてから私が判断する」
絶対に譲らないバルドウィン様。だけど、ここまで呆れさせたのだからもういいか、とやけっぱちな気持ちになってきた。
「わかりました。本当に聞いても楽しくありませんから。責任は取りません。私はあなたの部下でありながら、あなたを好きになってしまいました。本当に申し訳ありません。なので、クビにしてくださって結構です。また、働き口を探しに行きたいと思います。これまでありがとうございました!」
一息でまくし立てるように言い切ったので、息が苦しい。肩で息をしていると、バルドウィン様が背中をさすってくれる。これは介護だろうか。
「……早口で聞き取れたか自信がないので確認するが、君は私が好きだ、ということで間違いないか?」
まだ呼吸が荒いので、ただ頷いた。ぶっちゃけてしまったのだから、否定する意味もない。開き直ると変な爽快感があった。
そしてまたバルドウィン様は黙る。沈黙が痛い。
「そう、か……」
どんな顔で言っているのだろう。本当に私は学ばない。自分から自分で傷口を抉るようなことばかりするのだから。恐る恐る顔を上げると──。
「……なんで笑っているんですか。私は真剣なのに!」
バルドウィン様は片手で口を隠すようにして笑っていた。そんなのってあんまりだ。
……もういい! 出て行く!
ばっとベッドから飛び出すと、バルドウィン様がいることも構わず、夜着を脱ごうと手をかけた。気づいたバルドウィン様が慌てて私を止める。
「ちょっ、私がいるのだから……!」
「いいんです! どうせ私は女じゃありませんから!」
私も抵抗しながら叫ぶ。バルドウィン様はどうせ私を女性だと思ってないのだから、気にすることなんてない。すると、バルドウィン様も負けずにもどかしげに叫んだ。
「……っ、そんなこと、誰も言ってないだろう! 私にとって君は大切な女性だ! 目の毒だから本当にやめてくれ!」
読んでいただき、ありがとうございました。




