バルドウィンの心
よろしくお願いします。
結局、エルンスト様は帰ってしまった。明日も来るのだから泊まればよかったのに。これもバルドウィン様がからかったせいだろう。ユーディット様が恨みがましくバルドウィン様を見ていた。
◇
「これでユーディット様の縁談も決まりましたね。ほっとしました。政略結婚であっても、嫌いな方に嫁ぐのは辛いですから。両思いになってよかったです」
ここはバルドウィン様の部屋。夕食も終わり、今日一日いろいろあって疲れ果てたユーディット様はさっさと寝てしまった。そこで、私はバルドウィン様の部屋を訪ね、向かい合って椅子に座り、今日の経緯を説明していたのだ。
バルドウィン様も嬉しそうに頷く。
「ああ。どうなることかと思ったが、いい方に転んでよかった。叔母上の目は確かだったのかもしれないな」
「ええ、本当に」
そこで、バルドウィン様が言いにくそうに続ける。
「……嫌いであっても、というのは私のことだろうか」
「え?」
「いや、さっき、政略結婚だとしても嫌いな方に嫁ぐのは辛いと言っただろう? もしかして私との結婚が嫌だったのかと……」
まさかそう取るとは思わなかった。私は笑って手を振る。
「そんなわけないじゃないですか。断ることだってできたんだから、嫌だったら受けませんよ。それに、これは結婚といっても期限付きの契約結婚。いずれは終わる……そうでしょう?」
本当はこのまま、ううん、バルドウィン様と気持ちも通じ合って初夜を迎えて子どもを産んで、年老いるまで一緒にいたい。だけど、バルドウィン様は仕方なく結婚したし、私にはまだ未成年の弟妹がいる。あの子たちのデビューや、貧乏な実家を支えるためにも、いずれは帰らなければ。
「それはそうだが……」
なんだかバルドウィン様がしんみりしている。そんなに気を遣わなくてもいいのに。暗い空気を払拭するように私は努めて明るい声を出した。
「だけど、ユーディット様が羨ましいです。愛されている自信、というんですかね。これからもっと綺麗になりますよ」
元がいいユーディット様だ。可愛気も身につけて、大輪の花のようになるだろう……だけど、あの極彩色の羽のように違った方向へは行かないで欲しい。あのガーデンパーティのドレスは未だに目に浮かぶ。
「君だってそうだろう。女性なんだから。これからもっと綺麗になる」
「……励ましてくださる気持ちは嬉しいですが、残念ながら愛されている自信、というものがないのですよ。それに元が平凡顔の私じゃ、たかが知れています」
「愛されている自信か……難しいな、女心というのは」
「そういうものですか? わかりやすいと思いますが」
まあ、そう思うのは私が女性だからかもしれない。私にも男性のバルドウィン様の気持ちはわからないし。
「そこで質問だが、そういう自信というのはどうやってつけるんだ?」
唐突にバルドウィン様が私に聞く。その顔は真剣だ。
……もしかして、好きな女性がいて、その人に何かしてあげたい、とか?
自分で考えて勝手にショックを受けてしまった。
だけど、そうよね……。本当に結婚したわけじゃないから好きな人を作ってもいいわけで。
もう、私との契約結婚が終わった後のことを見据えているのかもしれない。
そう考えると答えたくない。別の女性を綺麗にするためにどうして私が協力しないといけないのか。これも私の業務に入っているのだろうか、なんて意地の悪いことを考えてしまった。
だけど、答えないということはできなかった。嫉妬に身が焦がれそうだけど、その一方でバルドウィン様には幸せになって欲しいとも思っているから。
──本当に、馬鹿ね。私。
「そうですね……」
バルドウィン様に見えないように、考える振りをして俯く。その間に自嘲するように笑うと、また顔を上げて満面の笑みを浮かべる。目が笑ってないことに気づかれないようにしなきゃ。
「態度で示して欲しいというのもありますが、やっぱり言葉でしょうか。思いのこもった言葉は心に響くものでしょう?」
「なるほど……。例えば君ならどんな言葉が嬉しいんだ?」
バルドウィン様の鈍感。ここまでくるとわかっていて嫌がらせしているのかと勘繰りたくなる。それでも惚れた弱みで答える私も馬鹿だけど。
「そうですね。やっぱり単純に好きとか、愛しているもいいですが、私だったら、一緒に年を重ねていきたいでしょうか。両親を見ていて、恋は愛に変わって、それもまた情に変わって、それでも離れない絆の強さに憧れました。私もそういう関係が築けるようになりたいなと思います。あ、ただし、これは私の場合ですよ。世間一般の女性には綺麗だとか、好きとか、愛しているの方がいいかもしれないです。ユーディット様もそうでしたし」
「なるほど。参考になった。ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
……気になる。あくまでも私の思い込みだ。もし違っていて思う人などいないとしたら──? そんな期待が私の口をついて出た。
「……もしかして、その、愛される自信をつけさせたい女性がいるんですか?」
言った途端後悔した。お願いだから違うと言って。そんなわけないだろうと笑い飛ばして──。
だけど私の願いも虚しく、バルドウィン様は恥ずかしそうにはにかんだ。
「……ああ、実はそうなんだ」
その瞬間、世界から音が消えて静止した気がした。だけど、目の前が真っ暗になるとはこういうことなのかもしれないと、どこか他人事に受け止めている自分がいる。
「よ、かった、ですね。おめで、とう、ござい、ます」
辛うじてそんな言葉を絞り出すことができた。だけど、バルドウィン様は様子がおかしい私に気づいて顔を覗き込んでくる。
「メラニー……?」
「……はい?」
「顔色が悪いが、大丈夫か?」
「大丈夫です……うまく、いくといいですね。その方と」
駄目だ、泣きそう。ぐっと堪えると声が震えてしまった。平常心、平常心。私は仕事に感情を持ち込まないようにしてたじゃないの。
椅子から立ち上がると、バルドウィン様が私の腕を掴む。
もう早くここから去りたい。なのに、バルドウィン様は私を解放してくれない。
「……メラニー? 何か誤解があるようだが」
「そんなものありませんよ。明日もいろいろと忙しいんです。あまり遅くなるのも……」
「それは嘘だろう。それならもっと早く君は出て行ったはずだ。私に何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
ありませんよ、という言葉は出てこなかった。その代わりに出てきたのは涙。せっかく我慢していたのに一筋流れ落ちてしまった。
気づいたバルドウィン様の手から力が抜けた。私は急いで振り払うと、部屋の間にある扉へ向かって走り出す。
「メラニー、待ってくれ!」
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