エルンストの嫉妬
よろしくお願いします。
その後、二人は部屋を出てきた。だけど、これまでと違う雰囲気が漂っているのは一目瞭然だった。
嬉しそうなユーディット様と、視線を泳がせながらもユーディット様の手を引くエルンスト様。初々しい。
私もバルドウィン様と、と思いかけて悲しくなってやめた。二人とは置かれている状況が違う。私はあくまでも繋ぎでしかない。
◇
「……メラニー、聞いていますの?」
「あ、はい。フィッシャー男爵が迎えに来られた時に、エルンスト様も同席する、ということですよね。聞いていますよ」
危ない、危ない。今は再び場所を移して、応接室に戻って来たんだった。だけど、並び順も変わっている。向かいの二人がけのソファにエルンスト様とユーディット様が肩を寄せ合って座っているのだ。
「ですが、もうこうなった以上、こちらではなく、フィッシャー男爵家でお話をされた方がいいのではありませんか? 迷惑ではありませんが、その方が話が早いと思うんです」
「いえ、わたくしは……まだお母様が、ミュラーにこだわっている気がするのです。ですから、バルドウィン様、お父様、わたくし……え、エルンストと、それぞれを交えて話した方がいいような気がして……」
「へえ、もう呼び捨てなんですね」
話の内容も気になるけど、初めての呼び方につい反応してしまった。ユーディット様が顔を赤くしてどもる。
「わ、わたくしだって、呼び捨てなんて良くないと思いますわ。ですが、様を付けると気持ち悪いと言われるんですもの」
「今更取り繕ったところで無駄だ。私はお前の本性を知っているからな」
腕組みをして偉そうに笑うエルンスト様。本当に素直じゃない。私が思うに、敬称があると、距離感を感じて寂しいだけだろう。はいはい。
「お話はわかりました。ですが、私の判断では難しいので、バルドウィン様に相談してみます……」
そこで扉をノックされ、「失礼します。旦那様がお戻りです」と、メイドが私に告げる。ちょうどいい。
「バルドウィン様に、お話があるので応接室まで来て欲しいと伝えて」
「かしこまりました」
バルドウィン様には二人がくっつく経緯から順番に説明するつもりだったけど、エルンスト様がいらっしゃる間に話を済ませた方がいいだろう。
間も無くして、バルドウィン様が応接室にやってきた。私の隣に座り、二人の姿を見て、おやっという顔をする。うん、気持ちはわかる。
「お呼び立てして申し訳ありません。エルンスト様がようやく腹を決めてフィッシャー男爵家に婚約の申し入れをすることにしたようなのですが、明日にはフィッシャー男爵がこちらにいらっしゃるでしょう? そこで男爵と直接お話をされたいので同席したいそうです」
「ようやく腹を決めるって……」
エルンスト様が不満げに漏らす。だけど事実なので私は無視してバルドウィン様に尋ねる。
「どうでしょうか?」
「ああ。もちろんいいよ。だが、エルンスト殿は成人しているとはいえ、まだ爵位は継承していないだろう? エルンスト殿はアーレンスの次期当主で、家同士の問題でもあるのだから、アーレンス側の現当主なり、夫人も同席した方がいいのではないか? まあ、アーレンス夫人は喜びこそすれ、嫌がることはないだろうが」
「ああ、まあ、母上はなあ……」
エルンスト様は遠い目をしている。アーレンス夫人を呼びたくないらしい。だけど無視するわけにもいかないだろうし……。
バルドウィン様は続ける。
「それに、ツェーザルとクララ様の件を直接お願いしてはどうだろう。早い内に話を進めておけば、クララ様の心労を減らせるのではないか?」
「あ、そうですね」
「そうですわね」
「どういうことだ?」
一人だけ事情を知らないエルンスト様が、首を傾げる。
バルドウィン様はかいつまんで二人のことを説明した。
「……なるほど。だから私とこいつの婚約どころか、結婚を急がせたいと。全て最初から計算尽くだったのか?」
聴き終えたエルンスト様は、胡乱な視線を私たち三人に交互に向ける。ユーディット様が慌てて弁解する。
「違いますわ! 元々あなたとの縁談だって、予定になかったんですもの。わたくしはバルドウィン様に嫁ぐようにと言われてましたし! わたくし自身もバルドウィン様と結婚するつもりでしたし!」
「ふうん……。お前自身も、ねえ……」
エルンスト様は面白くなさそうに強調する。嫉妬しているのが丸わかりだ。ユーディット様はまた嬉しそうに頬を染めている。
「わかった。なら母上も呼ぼう。さっさと話をまとめた方がその、ツェーザル夫妻のためになるんだろう?」
……わかりやすい。さっさと話をまとめて、バルドウィン様からユーディット様を遠ざけたいんでしょう。ツェーザル様たちのことなんてどうでもよさそうだもの。バルドウィン様もそれがわかったのか、笑いを堪えている。
「あ、ああ。それではそのようにフィッシャー男爵にも伝えておこう。それで、エルンスト殿は今日は泊まるのか?」
「何を……」
唐突に聞かれたエルンスト様は、目を瞬かせた。バルドウィン様はニヤリと笑う。
「何となく離れがたいのではないか? だが、婚前交渉は控えた方がいいぞ。貴族というものは世間体を重んじるから」
「お、おまっ……」
「な、何を言っているんです!」
二人は慌てて手を振る。その拍子に二人の近かった距離が更に近づいてぶつかり、また離れるを繰り返していた。肩を寄せ合って座っているのだから当たり前だ。
もう、バルドウィン様は。
「お二人をからかうのはやめてください。ようやく始まったばかりなんですから。また意識してこじれたらどうするんです」
「ああ、悪かった。見てて微笑ましくてつい。だが、おめでとう、ユーディット」
心からそう思っているのだろう。バルドウィン様の目は優しい。
……羨ましい。私もそんな風に見つめて欲しい。ユーディット様に嫉妬するなんてどうかしてる。そう思って、ふとエルンスト様を見ると、こちらも悔しそうにバルドウィン様を睨みつけている。
わかっていてもどうにもならないのが恋心なのかもしれない。厄介だなあとエルンスト様に同情してしまった。
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