素直になったユーディット
よろしくお願いします。
「え、いや、ああ」
曖昧なエルンスト様の返事に苛立ちつつ、私は小走りでユーディット様の後を追う。エルンスト様も慌てて付いてくる。
「ユーディット様、待ってください!」
後ろから声をかけても、ユーディット様は更に足を早めて部屋に入ってしまった。ここはユーディット様に用意した部屋だ。
バタンと閉じられた扉は、まるでユーディット様の心のようだ。もうこれ以上干渉して欲しくないという意思表示にも見える。
だけど、もしかしたら開いてくれることを待っているかもしれない。本当に伝えたかったことを伝えるために──。
扉の前で立ち止まり、追いついたエルンスト様をちらりと見ると、わかってないのか首を傾げる。いや、そうじゃないでしょう。
ユーディット様に聞こえないように小さな声でエルンスト様に尋ねる。
「……エルンスト様はユーディット様がふざけていると思ったから怒ったんですよね? 本気ならちゃんと考えてくださいましたか?」
「それは、まあ……」
「言いましたね。約束ですよ」
「ああ……?」
言質はとった。私は扉をノックして、ユーディット様に声をかけた。
「ユーディット様? 少しお話しませんか?」
……返事はない。だけどやっぱり心配だ。「入りますよ」と一言声をかけて扉を開く。
「……メラニー。何の用ですの」
くぐもった声が聞こえた。ユーディット様はシーツにくるまっているらしい。涙声に聞こえて胸が痛くなる。エルンスト様が何かを言おうと口を開いたけど、今は逆効果だろう。私は人差し指を立てて、静かにするように促した。エルンスト様は黙って頷く。
よし。それじゃあ始めましょう──。
「……ユーディット様。本当にエルンスト様に伝えたいことを伝えられましたか?」
私の問いにユーディット様は沈黙した。ややあって、小さな声で返事があった。
「……いいえ。どうしてわたくしはこうなのかしら。ちゃんと伝えたいことを伝えられるようにって練習したのに。いざ、あの男を前にすると頭が真っ白になってしまって……」
鼻をすする音がする。シーツの中で泣いているのだろう。エルンスト様が驚きの表情を浮かべる。それでも声を出さないように自分で口を押さえた。よろしい。
「それで……伝えたかったことって何だったんですか? よかったら私に聞かせてもらえませんか?」
「あなたに言って何になるのです。もう全ては終わったのに……」
「ええ? 終わっていませんよ? まだ挽回する機会はあります。そのために、私で練習してみてください。私がダメ出ししてあげますから」
一体何にダメ出しをするのだろう。言いながら不思議な気持ちになった。
「……こう言わなければならないという決まりがありますの?」
「いえ、ないです」
あ、しまった。我ながらわけがわからない。ユーディット様は黙る。そりゃそうだ。だけど、ユーディット様はふっと笑った。
「意味がわからないけれど、わたくしの気持ちが晴れるようにと思っているのは伝わりましたわ。ですが、聞いても楽しくありませんわよ?」
「それは私が決めることです」
もしくはエルンスト様が。それに、楽しいというよりは、喜ぶのではないだろうか。主にエルンスト様が。
「だから、話してみてください」
途端にしん、と静かになった。ユーディット様は逡巡しているのだろう。私は祈るように目を瞑る。ユーディット様もエルンスト様の顔を見なければ、きっと素直になれるはず。だからお願い──。
「……あなたをお慕いしています。ですから、女の身ではしたないとは思いますが、わたくしから婚約をお願いしたいのです」
言った!
反射的にエルンスト様を見ると口を押さえたまま呆けている。何故? 何が足りない?
あ、そうか。
「ユーディット様、そのあなたというのはどなたのことです? この場合、はっきりと相手のお名前を言った方がより伝わると思いますよ」
「わかりきっているではありませんの。あの男ですわ」
「あの男ではわかりません」
ユーディット様はもどかしそうに声を荒げる。
「ですから、わたくしはエルンスト・アーレンスが好きだと言っているではありませんか!」
これで完璧。再びエルンスト様を見ると、真っ赤な顔で視線を泳がせている。それでも口を押さえているところはさすがだ。
だけど、疑り深いエルンスト様のことだ。私の経済力か、権力が好きなんだろう、そうなんだろう、とでも言いそうだ。そんな誤解を封じるためにも、私は更に突っ込んだ。
「でも、エルンスト様のどこがよかったんです? はっきり言ってバルドウィン様の方が魅力的だと思いますが」
まあ、私の主観だけど。これには惚れた欲目も多分に含まれている。ユーディット様は即答した。
「わかりませんわ」
それじゃダメでしょう。そう言おうと思ったけど、ユーディット様の話は続いていた。
「あなたも仰ったではありませんか。いい部分だけではなく、悪い部分も含めて好きになるのだと。あの男は確かにわたくしを馬鹿にしたり、他の女性にも失礼な態度ばかりで腹立たしいところもありますわ。ですが、それは思ったことを口にするということで、裏がないということだとも思うのです」
なるほど。そう捉えたのね。
……人の好みなんてわからないものだわ。
「だそうですよ、エルンスト様」
「は?」
ユーディット様がこんなに間抜けな声を出したのは初めてかもしれない。多分思考停止したのだろう。少しして、勢いよくシーツが宙を舞った。
「な、ななななな……!」
これは、何故あなたが、だろうか。ユーディット様はエルンスト様を指差して固まった。
「そそそそそ……⁉︎」
エルンスト様まで釣られている。うーん。これは、それは本当なのか?、だろうか。難しい。それなら私は──。
「おおおおお……!」
落ち着いてください二人とも、だ。わかってもらえるだろうか。
はっとしたユーディット様が突っ込む。
「それはわかりませんわ!」
……ですよね。まあ、正気になってくれてよかった。
「正解は、落ち着いてください二人とも、でした」
「わかるか!」
「わかるわけないでしょう!」
突っ込む声が揃った。二人とも正気に戻ったところで本題だ。
「はい。それでは仕切り直しましょう」
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