エルンストの誤解
よろしくお願いします。
翌日。
私は考えすぎてあまり眠れなかったせいで、朝食の席で生あくびを何度も繰り返していた。だけど何故か、バルドウィン様も眠そうに目をこすっていた。バルドウィン様にもいろいろと悩み事があって眠れなかったのかもしれない。当主ともなると重責もあるだろうし。
そんな私たちをよそにユーディット様だけが、艶々した顔で美味しそうに朝食を平らげる。
昨日は緊張して何度も台詞の練習をしていたのに。いざとなったら一番度胸があるのはユーディット様なのかもしれない。
だけど、その余裕はエルンスト様が来ると聞いた途端に崩れ去った。
◇
先触れがあって間もなく、エルンスト様が到着した。呼んだわけではないのにこのタイミング。まさかどこかでこの屋敷を見張っていたのだろうか。
今日はユーディット様も一緒にエルンスト様を玄関で出迎える。「別にわたくしはあの男のために新しいドレスを用意したわけではありませんのよ!」と言いながら勝負ドレスを纏い、いそいそと化粧を施していたので、説得力はまったくない。
エルンスト様はユーディット様の姿を認めると、怪訝な顔になる。
「何でお前が……。私はミュラー夫人に会いに来たのだが?」
そう言いながらも、お洒落をしたユーディット様にチラチラと視線を向ける。こちらもまったく説得力がない。
この調子だと話が進まないから、私は取りなすように手を叩いた。
「まあまあ。今日はユーディット様がエルンスト様にお話があるそうですよ。近いうちにご実家に帰ることになるので、お別れのお話かもしれませんね」
「え、帰るのか?」
「当たり前でしょう。いつまでもこちらにご厄介になるわけにはまいりませんもの」
私がお別れと言ったせいか、エルンスト様は驚きと同時に寂しそうな複雑な表情を浮かべる。まあ、わざとそう言った私が悪いのだけど。
少しでもユーディット様が、エルンスト様とちゃんと話せるような状態にしたかった。エルンスト様の反応を見て、ちょっとは安心してくれたなら嬉しい。
「ここでは落ち着いて話せないので、場所を変えましょう」
そう言ってもの言いたげなエルンスト様と、また必死の形相でブツブツ呟くユーディット様を応接室へ案内した。
エルンスト様はソファに座るなり背もたれにもたれ、「それで話とはなんだ」と踏ん反り返る。いや、ここはあなたのお宅ではありませんが? もう何度もこちらに来ているせいか、エルンスト様は寛いでいる。
いつもなら、偉そうに何ですか、と怒りそうなユーディット様は目を閉じて何も言わない。それをエルンスト様も怪訝に思ったようだ。
「おい、どうした。お前が大人しいと調子が狂うんだが」
ユーディット様はかっと目を見開く。いきなりそんなことをされると怖いんだけど。エルンスト様も驚いて、背もたれにもたれていたせいか、ずるっと座面を滑って椅子から落ちそうになった。ちょっと面白い。
「……今日は、あなたに言っておきたいことがあります」
絞り出すような低い声。ユーディット様……。一体何を話すつもりなのか。エルンスト様の顔が引きつっている。
「……わ、わたくしは、あなたに……」
あなたに? あなたが、じゃなくて?
好きと言うわけではなさそうだけど、じゃあどんな続きが来るのかと、戦々恐々と待つ。
「婚約を申し入れますわっ!」
ふんっと鼻息荒く、ユーディット様がエルンスト様に人差し指を突きつける。まるで決闘を申し込むみたいだ。エルンスト様は声を荒らげる。
「受けてたってやろうじゃないか! ……って婚約と言ったか?」
そうなりますよね。決闘かと思いきや、婚約だなんて、聞き間違いかと訝るのも無理はない。
喧嘩ごしに婚約を申し込む淑女がいまだかつていただろうか、いやいない。と、ユーディット様が作っていたお話の語り部口調になってしまった。
お芝居ならよかったのかもしれないけれど、ユーディット様は真剣だ。真っ赤な顔でエルンスト様を睨みつけ、もとい、見つめている。
だけどこれではユーディット様の気持ちは伝わらないだろう。それどころか──。
「……ふざけているのか。それで私がはいと言うとでも? 馬鹿にするのも大概にしろ。そんな戯言を間に受けるわけがないだろう。断る!」
エルンスト様はからかわれたと勘違いしたようだ。こちらは怒りで顔を真っ赤に染めた。
あああ……違うのに……。
どう声をかけるか逡巡していると、ユーディット様は一切の表情を消して部屋を出て行ってしまった。
後に残るのは、呆けた顔のエルンスト様と頭を抱える私だけ。
「な、何だ、どうしたんだ?」
いつもみたいに噛み付いていかなかったユーディット様に、エルンスト様は混乱している。
このままではこじれるのは目に見えている。それにユーディット様がエルンスト様に心を閉じてしまう。私は慌てて叫んだ。
「さっさとユーディット様を追いますよ!」
読んでいただき、ありがとうございました。




