夫婦の会話?
よろしくお願いします。
とりあえずの方針が固まったところで、ツェーザル様とクララ様は帰って行った。
もうしばらくは思いつきの行動は控えてくれというバルドウィン様の言葉には二人ともが神妙に頷いてくれた。ツェーザル様の態度が軟化したのは、クララ様のためにというのもあるだろうけど、バルドウィン様を認め始めたからだろう。よかった。
その後、ユーディット様は何やらブツブツと独り言を呟いていた。きっとエルンスト様に緊張せずに話せるようにと練習しているのだろう。私が聞いてしまうと、突っ込んでしまってユーディット様本来の気持ちを引き出せないかもしれない。そう思ってそっとしておいた。
だから、今晩は一人だ。ユーディット様と帰るまでたくさん話すという約束は果たされそうにない。まあ、寂しいけれどそれも仕方ない、そう思っていたのだけど──。
◇
ベッドに横になっていると、微かだけど扉をノックする音がした。
「はい、どうぞー」
どうせユーディット様だろうと、起き上がることもなく間延びした声で答える。
「失礼するよ」
「えっ、バルドウィン様⁈」
私が慌てて体を起こすのとバルドウィン様が扉を開くのは同時だった。バルドウィン様はこちらへ向かいながら私に尋ねる。
「もしかしてもう寝るところだったのか? すまない」
「いえいえ! てっきりユーディット様だと思ったので……。どうして繋がった扉から入ってこなかったんですか? それならすぐにバルドウィン様だとわかったのに」
私たちの部屋は隣同士で、部屋同士を繋ぐ扉がある。なのにバルドウィン様は廊下側の扉からわざわざやってきたのだ。
油断もあって私は髪もくしゃくしゃだし、夜着姿だ。さすがにこれは恥ずかしい。慌てて髪を手櫛で整えて、近くにあったガウンに手を伸ばそうとしたら、気づいたバルドウィン様が先に手にとって私にかけてくれた。そつのない方だ。
「あ、ありがとう、ございます」
「いや。急に部屋を訪ねた私が悪い」
「いえ、私がどうぞと言ったので……。そちらの椅子にどうぞ」
「ああ、ありがとう」
バルドウィン様を椅子に促して、私も向かいの椅子に移動する。それにしてもこんな夜分にどうしたのだろうか。
「お礼を言いたくて来たんだ。メラニー、ありがとう」
「何ですか、突然。お礼を言われることは何もしていないと思うんですが」
「いや。こうしてユーディットやツェーザルとこれからも付き合っていけるような関係になれたのは、君のおかげだ。君が来てから、この家がいい方に変わり始めた。前だったらツェーザルは取りつく島もなかったし、ユーディットもあんなにコロコロと表情を変えることはなかった。それに……私自身も誰かと一緒にいることが苦痛ではないのは初めてなんだ」
……苦痛じゃない。これはどういう反応をすればいいのだろうか。空気みたいに自然にいられるってこと? それとも多少は好感を持たれているということ?
──だけど、それは恋愛感情からくるものじゃない。
そう考えて胸が痛み、ぐっと息を飲み込んだ。
これはあくまでも契約で結ばれたものだとわかっていたはずだ。だからバルドウィン様を好きになんてなりたくなかったのに。近づいていく距離にいつのまにか私は勝手に錯覚してしまっていた。本当の夫婦になれたんだと。
これには私も笑うしかない。
「そうなんですね。少しでも苦痛じゃないのならよかったです。対価を払っているのはバルドウィン様ですから」
お金を払って嫌な思いをさせるのは忍びないもの。それに私もお金をもらっている以上、割り切って仕事をしないといけないと改めて思う。
と、ここで私は傷心を振り切るように話題をわざと仕事に変えた。これはあくまでも仕事。そう自分に言い聞かせるために。
「フィッシャー男爵、ツェーザル様の問題は解決しそうですが、残るはアルバン様ですね。あからさまに攻撃するでもなく、ただ私に贈り物をする意図はなんでしょう?」
いくら女性が好きだといっても、好みだってあるはずだ。それに容姿が整っているあの方が女性に不自由しているとは思えない。私からミュラーの情報を引き出したいという下心があったとしても、このやり方では見え見えすぎて反対に警戒心を与えるだろう。
バルドウィン様は仕事モードの私に若干戸惑ったようだけど、腕を組んで天井を眺める。
「私に対する嫌がらせにしてもお粗末すぎる。裏をかきたいのか、それとも裏の裏をかいてやっぱりメラニーを利用するつもりなのか……私にもわからないな」
アルバン様の姿を思い浮かべて脳裏に閃くものがあった。だけど、その閃きは一瞬だったようで、何が引っかかったのかわからなくなってしまった。
「何だったんだろう……」
すぐに忘れるということは大したことではないのかもしれないけど。私の独り言にバルドウィン様が反応する。
「どうしたんだ?」
「いえ、わからないんですが……」
「何がわからないんだ?」
「いえ、何がわからないのかもわからないんです」
答えがそこにあった気がするのに、そうなのかもわからなくなってしまった。こうなるともうお手上げだ。
「まあ、気にしないでください。忘れるってことはきっと大したことじゃなかったんですよ、そういうことってないですか?」
「ああ、あるが……本当に大丈夫か? なんだか不安そうに見える。何かあったら私に話してくれ。力になるから」
「ありがとうございます。その時はお願いしますね」
そうして思い出せないモヤモヤを抱えたまま、私たちは話を終えたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




