一人ではないということ
よろしくお願いします。
バルドウィン様はふうとため息を吐くと、指を折りながら数え上げていく。
「そうだな……。私に思いつくのは、ツェーザルに強力な後ろ盾をつけること、ツェーザル自身が地位を確立すること、それとクララ様が連れ戻されたとしてもツェーザル以上の相手と再婚することは見込めないと知らしめること……くらいだろうか。だが、強力な後ろ盾というのは伯爵家、もしくは子爵家くらいでないと難しいだろう。交渉術では、初めに無理そうな条件を出して、それが叶いそうにないとある程度の条件で相手に妥協させる。ツェーザルの場合は初めにミュラー伯爵家という条件をチラつかせてしまっているから、後ろ盾になるのもそれと同等か、少し格落ちするくらいでないと相手が納得しないだろう。で、次のツェーザル自身が地位を確立することだが、先程話したことに繋がる。私からすると自力で掴み取ったお前の騎士爵は尊敬に値するが、準男爵はだからどうした、とくらいにしか思わないだろう。それくらいミュラーの名前が印象付けられてしまっている。だが、それ以上の爵位となるとお前も難しいんじゃないか?」
話を振られたツェーザル様は、自分が褒められたことの決まりが悪いのか、視線を彷徨わせる。
「……お前にそんなことを言われるとは思わなかったが、確かにそうだ。騎士爵を賜ったのだって、俺がミュラーの血筋だったからだろう。所詮は国に従順にするための餌にしか過ぎない。くそっ。俺は無力だ。一人ではクララも子どもも守れやしないなんて……」
悔しそうにツェーザル様は唇を噛み締める。バルドウィン様は自嘲するように笑う。
「私だってそうだ。与えられた役割すらまっとうできない駄目当主で、私一人ではこの家を維持することすらままならない。だが……一人でできないなら味方を増やせばいい。そんなことも一人でできないのかと謗られてもいい。プライドよりも大切なものがある。そうじゃないか?」
「お前……そんなことを言う奴だったか? 何でも一人で抱え込むタイプだったし、むしろ当主の座を嫌がって他人に押し付けそうに見えたが……」
ツェーザル様は目を瞬かせる。バルドウィン様は苦笑しながら私に視線を投げかける。目が合うとバルドウィン様は更に目元を緩ませた。私はというと刺激が強くて笑い返すことができなかった。
──そんなに優しい目で見られると照れるんだけど……!
顔に熱がこもって俯くしかできなかった。きっと今の私は真っ赤になっていることだろう。
「誰かさんの影響だろうな。私の面倒に巻き込んでいるのに、嫌な顔一つせずに毎日動き回っているのを見て、それでも自分には関係ないとは言えるわけがない。誰かのために頑張るということが私にもわかったような気がするよ」
「まあ、それってメラニーのことですわね」
しばらく黙っていたユーディット様がウキウキと声を弾ませる。そこでバルドウィン様が否定してくれたらよかったのに、即答した。
「そうだ。私を信じて付いてきてくれるメラニーのためにも、私が折れてはいけない。支えてくれる人がいることがこんなに心強いと思わなかったよ」
どうしよう……。嬉しすぎて顔を上げられない。どうしても口元が緩むのを抑えることができないのだ。
それを言うなら、私の方だ。私がお金目的で勤めているとわかっているだろうに、バルドウィン様は私を信じてくれている。
これから言うことにはやっぱり照れがあるので、私は俯いたまま言葉を返す。
「……それは私の方です。これまでは実家の家族のために頑張ることが私の生き甲斐でした。そこに見返りは求めてなかったし、誰かに助けてもらおうとも思っていませんでした。でも……バルドウィン様は私に人を頼ることを教えてくださいました。私は一人で頑張っているんじゃなく、バルドウィン様と一緒に頑張っているんだということに気づいたんです。一人では私も何もできなかったに違いありません」
「メラニー……ありがとう」
バルドウィン様の優しい言葉に、私は俯いたまま首を左右に振る。何これ。本当に恥ずかしい……!
心なしか部屋の温度が上がったような気がする。身体中から汗が噴き出しそうだ。俯いたまま、右手で顔を煽ぐ。いっそ魔法で水を出そうかとちょっと思ってしまった。
と、ここでユーディット様がわざとらしく咳払いをする。
「ごほん。お二人とも惚気はそのくらいにしてくださいませ。お互いのパートナーがいかに素晴らしいかはよーくわかりました。今は喫緊の課題に集中いたしませんこと?」
「いや、私は惚気など……!」
「私だって惚気たわけじゃありません! そうですね! 最優先はツェーザル様とクララ様のことでした!」
私は慌ててクララ様を見る。クララ様は嬉しそうに笑っていた。え、何故?
「やっぱりお二人みたいなご夫婦に憧れます。支え合いながら成長していけるように、私も頑張ります! だからツェーザル、私たちもちゃんと考えましょう。私たちのことなんだし」
「あ、ああ。だが、ミュラー以外の後ろ盾と言われても俺は思いつかないんだが……」
気合いを入れるクララ様とは反対に、悄然と項垂れるツェーザル様。先程までとは立場が逆転している。いざとなったら女性の方が強いのかもしれない。クララ様も唸りながらしばらく考えていたようだけど、ツェーザル様以上に上流貴族と距離があるクララ様には思いつかなかったようだ。
「……私も懇意にしている方がいないから思いつかなかった。どうしよう……」
私も目を瞑って思い出してみる。実家は男爵だから駄目、ビアンカ様は出自がミュラーだから面倒くさそうだし、ましてやバルドウィン様はミュラー当主だから却下。あと伯爵家といって思いつくのは……。
私の脳裏にいつもユーディット様の様子を見るためにわざわざこの屋敷にやってくる方が浮かんだ。
「あ、そういえばエルンスト様はアーレンス伯爵家でしたね」
「な! どうしてあの男の名前が出てくるんです!」
読んでいただき、ありがとうございました。




