クララの心痛
よろしくお願いします。
馬車の中で、私はずっと男性のことを考えていた。言われたこともそうだけど、何かが引っかかる……。その引っかかる部分がわからないから気持ち悪い。そのせいもあって、ミュラー邸に到着するまで一人だけ黙っていた。
◇
ミュラー邸に着くと、バルドウィン様が私たちを待ち構えていた。バルドウィン様は侍女姿の私をまじまじと見つめる。
「ああ、お帰り。執事からある程度の話は聞いているよ。それにしても侍女姿に違和感がないというのもすごいな」
「そうでしょう? ただ黙ってそこにいることに違和感を抱かせない。存在感を消すその能力、見事ですわ」
「……全然褒められている気がしません。ですが、これなら隠密役もぴったりですし、職にあぶれたらこの特技を活かして生きていけそうです」
「いや、伯爵夫人が職にあぶれるってどういうことだよ」
珍しくツェーザル様が的確な突っ込みを入れた。これにはバルドウィン様は何も言えないだろう。この契約結婚はいつか終わる。それを彼は知っているのだから。案の定、バルドウィン様は笑っていいのかわからず微妙な顔をしている。私は気にしないでいいという思いを込めてバルドウィン様に笑いかける。うまく笑えているといいけれど。
「そんなことより、クララ様のお話を聞きましょう。あとお茶とお菓子の用意をお願い」
そして私たちは応接室へ移動した。
「それで、クララ様は何故黙って家を出てきたんですか? ツェーザル様が取り乱して大変だったんですよ?」
「あ……その、どう言ったらいいか……。私もちゃんとわかっていたはずなんです。ツェーザルが伯爵家の系統だっていうことも、私は政略のために嫁いだってことも。ただ、いざ子どもができたら、嬉しいだけじゃなくて、その先があるってことを忘れていました。それで、私に伯爵家に相応しい子どもが産めるのかとか考えたんです。私はちょっと魔力があるだけの準男爵の娘です。ツェーザルに似ればいいけど、私に似てしまったら……。能力的に劣っているからと愛されない子どもは辛いです。私がそうでしたから……。それでもお父様に認めてもらえれば少しは自信がつくような気がしたんですが……」
クララ様は俯いた。声だけでなく肩も震えているのは、必死で涙を堪えているからだろう。この先をクララ様に言わせるのは酷だ。そんなクララ様の言葉をツェーザル様が遮ってクララ様の肩を抱く。
「それ以上は言わなくてもいい。お前の気持ちも考えずに、俺が無神経に親父たちに話したせいだ。本当に悪かった。だが、どうして俺にそんな不安を言ってくれなかったんだ。俺はそんなに頼りにならないか?」
クララ様は俯いたままかぶりを振る。
「迷惑、かけたくなかったの。あなたが、どれだけの重圧に耐えているかわかってる。ミュラー当主の座はお祖父様の代からの悲願だって……。だけど、生まれてきた子がミュラーに相応しくなかったら、あなたや子どもの立場はどうなるの……? それに、お父様が言ったの……お前は子どもを産むくらいしか役に立たないんだから、ミュラーのために少しは役に立てって……。子どもは道具じゃない……生まれてくる子を、道具になんて、させたくない……!」
クララ様の悲痛な声が胸に刺さる。言い終わったクララ様は泣きじゃくりながらツェーザル様の胸に顔を埋めた。ツェーザル様は辛そうに顔を歪めてクララ様の頭をあやすように撫でる。
「そうだな……。だが、一つだけ訂正してもいいか? お前は子どもを産むくらいしか役に立たないなんてことはない。お前がいるから、いてくれるから俺は親父たちに何を言われても耐えてこられた。お前の存在が俺を支えてくれた。これからはお前だけでなく、お腹の赤ん坊もそうだ。俺もお前たちを道具になんかさせるつもりはない」
「ツェーザル……」
「……お前の親父には吐き気がするよ。俺との縁談もそうだ。お前は最初、俺に怯えていただろう? あの親父のことだ。あることないこと吹き込んで、お前を支配していたんだろう。だが、こんな俺にお前は心を開いてくれた」
「……だって、あなたは聞いてた話と全然違ってすごく素敵な人だったから」
クララ様は鼻をすすりながら答える。それにはツェーザル様は渋面で首を振った。
「俺はそんな風に言ってもらえるような男じゃない。すぐに頭に血がのぼって暴力を振るってしまうし、短絡的で考えなしだ。だからお前をいつも不安にさせてしまうんだろう。……これからは不安にさせないように努力する。必ず、と約束できなくて悪い。だが、俺はお前には誠実でいたいから……」
「……っ、ありがとう、ツェーザル……!」
「いや。礼を言うのは俺の方だ。おかげで俺も覚悟が決まった」
「ツェーザル、あなた何を……?」
ツェーザル様の決意にクララ様は何かを感じたのだろう。涙でぐしゃぐしゃにした顔を上げる。そんなクララ様にツェーザル様はふっと笑う。
「俺は当主争いの座から降りる」
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