孤児院にて
よろしくお願いします。
孤児院の中庭にいると聞くなり、ツェーザル様は走って行ってしまった。やれやれ落ち着きのない方だ。
男性はポカンとツェーザル様の後ろ姿を見送ってから、こちらに向き直って苦笑する。
「なんだかお忙しそうな方ですね。あそこまで心配してくれるとは、クララ様も喜びそうですが」
「……お恥ずかしい限りですわ。クララ様は身重なので、それもあってあんな感じになっている……と思ったのですが、以前とあまり変わっていませんわね……」
ユーディット様は遠い目をしている。確かに変わってないような気が私にもしていた。頷きたいけど今の私は侍女。主人が許さないのに自ら喋ってはいけない。心の中で頷くに留めておいた。こうしてみると私は職業意識の高い立派な侍女に見える。むしろ伯爵夫人よりも向いているかも。
そう思って侍女になりきっていたのに、奥から現れた人物に声をかけられてしまった。
「こんにちは。ユーディット様。あら? そちらにいらっしゃるのはメラニー様……? なぜそんな姿なんです?」
呑気な声で話すのはクララ様。追い返されて落ち込んでいたのではなかったのだろうか。それで心配してきたのだけど。傍らにはほっとした表情のツェーザル様がいる。
ちらりとユーディット様を見ると、「もうよろしいですわよ」とお許しをもらった。話してもいいらしい。
「こんにちは、クララ様。今日の私はユーディット様の侍女をやっています」
「侍女もどきですわ」
「よくわかりませんが、楽しそうですね」
いや楽しいわけじゃなく、あなたを探しに来たのだけど……。それでも事情を話せなかったのはまだ傍に男性がいるからだ。家の事情を知られては都合が悪い。
「それよりも体調は大丈夫ですか? 妊娠初期に無理をしては駄目だと母が言ってましたが」
「ええ。悪阻がありますが、それ以外は特に。今日は子どもたちに元気をもらいに来たんです」
クララ様はそう言うと寂しそうに笑う。人前だから気丈に振る舞っているけれど、内心ではやっぱり辛いのだろう。
クララ様の言葉に反応したのは孤児院の男性だった。
「それで元気は出ましたか?」
「ええ。なんだか皆さんに心配をかけてしまったみたいなので、これで失礼しますね。こちらにもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえ、そんなことはありません。子どもたちも楽しそうに遊んでいましたし。またいらしてください。ただし、今度はちゃんと言伝てからですよ」
男性がいたずらっぽく片目を瞑る。美形というのはそんな仕草も様になるのだなあと感心してしまった。
だけど、案の定ツェーザル様が嫉妬丸出しで男性を睨みつけている。やれやれ。
「それでは行きましょうか」
私が言うと、クララ様は頷きかけて首を傾げた。
「ええと、どちらへ? それぞれの家に帰るということでいいのでしょうか?」
「いいえ。ツェーザル様がこちらに乗り込んできて大変だったんですよ。せめて何故こんなことをしたかくらいは教えていただきたいので、ミュラー邸へ来てくださいませんか?」
ただ振り回されて、はいおしまい、では私は納得できない。また同じことがないように、ちゃんと話し合った方がいいとも思う。
「ミュラー邸……?」
男性が訝る。彼が一瞬目を眇めたような気がしたのは、私の気のせい?
そこでクララ様は気づいて私を男性に紹介した。
「あ、この方はミュラー伯爵夫人なんです。今日は事情があって侍女の格好をしていますが」
「はい。侍女の姿が板に付いていますが、一応ミュラー夫人と呼ばれています」
「……あなた、自分で言って悲しくなりませんの?」
「いえ、別に。というか、ユーディット様が平凡顔だからぴったりだと仰ったんじゃないですか」
本当にもう。そんな会話をしていたら男性が噴き出した。
「……っ、ははは。現ミュラー伯爵夫人がこんなに楽しい方だとは思いませんでした」
現ミュラー伯爵夫人? なんだか意味深な呼び方に聞こえる。どういうことかと聞こうと思ったけど、不機嫌なツェーザル様が会話を遮った。
「もういいだろ。さっさと帰るぞ」
「え、あの、ちょっ……」
ツェーザル様はクララ様を横抱きにすると、さっさと出て行ってしまった。呆れたユーディット様も男性に挨拶をして後を追う。そうなると私も行くしかない……。後ろ髪を引かれる思いでユーディット様の後を追うと、背後から男性に何かを言われた。わからなかったけど結局聞き返すこともできず、私たちは孤児院を後にしたのだった。
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