クララの行き先
よろしくお願いします。
バルヒェット卿が見えなくなると、ユーディット様はスタスタと迷いない足取りで玄関へ向かう。もしかしたら私がいることを忘れているのでは……。待ってとも言えず、急いで後を追いかけていたら今度はピタッと足を止めた。
ちょっ、私は急には止まれないんだけど……!
勢いよくユーディット様の背中にぶつかった。恨み言の一つでも言いたい。だけど、ユーディット様の前にメイドがいることに気づき、侍女の私は黙るしかない。視線を彷徨わせたメイドは意を決したようにユーディット様を見据えて口を開いた。
「あの……私、お嬢様の行き先を知っています」
彼女の手は細かく震えている。本来なら立場的に上の客人にこうして話しかけるのは不躾で無礼にあたるので、人によっては手打ちにされることもあるようだ。彼女はそれを知っているから恐怖で震えているに違いない。それでも声を上げたのは、彼女もクララ様を心配しているからだろう。
ユーディット様は鷹揚に頷く。
「あなたを信じます。それで、クララ様はどちらに?」
「……町外れにある孤児院です」
これまた予想外の場所だ。ユーディット様も首を傾げている。
「なぜ孤児院に? あなたは理由を知っていますの?」
「いえ、私は……。ですが、今ならまだ間に合うと思います。お嬢様をお願いします。あと、旦那様にはご内密に……」
「ええ、もちろんですわ。教えてくださってありがとう」
ユーディット様がそう言うと、彼女はほっとしたような笑みを浮かべる。侍女である私は感謝の気持ちで黙礼をしたのだった。
◇
馬車に戻ると手持ち無沙汰だったのか、ツェーザル様が扉を開けるなり勢いよく詰め寄ってくる。
「それでクララはどこだ!」
「いいから座りなさい。急がないと間に合いませんわよ。とりあえず馬車を出してから説明しますわ」
「くっ」
ツェーザル様は大人しく座り、馬車は急いで町外れの孤児院に向かって走り始めた。
「クララ様はバルヒェット卿に追い返されて、孤児院に向かったそうですわ。その理由は不明ですけど」
「……その理由は俺にもわからないな。結局俺はクララのことをわかっているつもりで、何一つわかっていなかったのかもしれない。あいつの不安も拭うことができなかった」
ツェーザル様の声は苦渋に満ちている。
私が心配していたのはそこだった。
わかっていると思ってしまうと、相手を知る努力をしなくなる。気がついたら心が遠く離れていることもあるかもしれないだろう。
誰一人として同じ人なんていない。ましてや夫婦なら元々は他人だ。わかり合う努力も大なり小なり必要になってくる……というのは両親の受け売りだ。
両親が今でも仲睦まじくいられるのは、そういった努力を欠かさなかったからだと、二人ともが話していた。
「わからなくて当たり前です。大切なのは相手をわかりたいと思うこと。その気持ちがあれば、相手の気持ちを蔑ろにはしないでしょうから」
私がしたり顔でそう言うと、ユーディットは胡乱な目で私を見る。
「あなたみたいな小娘に言われたくはありませんけど。あなたも実感としてはわかっていないでしょうに」
「いいんです。頭でわかっていれば、これから実感を伴っていくと思うので。それよりも、私もクララ様が今、何を考えているのか知りたいです」
「はぐらかしましたわね。まあ、いいですわ。わたくしもクララ様が今どう思っているのか知りたいですわ。同じように政略の道具として扱われた身ですから……」
「ユーディット様……」
ちらりとツェーザル様を見たけど、ツェーザル様は何も言わなかった。ただ険しい表情で前だけを見据えていた。
こうして私たちは孤児院に到着した。
◇
「突然の訪問、失礼いたします。わたくしはフィッシャー男爵が娘、ユーディットと申します。こちらにクララ・ミュラー様がいらっしゃると伺ったのですが……」
ユーディット様がしずしずと尋ねる。対応してくれたのは私たちとそう歳が変わらない男性だった。彼もまた美形の部類に入ると思う。侍女姿の私よりも威厳があるような気がする。だけど、誰かに似ているような……。髪の色は茶色で、青い瞳。この国ではよく見る色だ。そのせいで既視感を感じるのだろうかと、ついつい考え込んでしまった。
すると、ユーディット様の後ろにいた私よりも更に後ろにいたツェーザル様が私を押し退けて前に出る。
「俺の妻なんだ! 教えてくれ……!」
護衛役だということを忘れているけど、まあいいか。私は黙って侍女役に徹することにした。
孤児院の男性は少し考える素振りを見せた後、頷いた。
「ええ、いらしてます。今、子どもたちと一緒に……」
「いるんだな! どこだ! どこにいる!」
ツェーザル様の剣幕に彼は引きつった顔で仰け反る。無理もない。ツェーザル様は護衛役ということで帯剣している。いきなり切りかかるのではないかと気が気でないのだろう。
ユーディット様がツェーザル様の頭を叩いた。
「脅してどうしますの。少しは落ち着きなさいな。ここにいるのは確かなのだから」
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