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クララの父親

よろしくお願いします。

 ミュラー伯爵邸からクララ様のご実家であるバルヒェット準男爵邸までは距離的に遠い。というのも、王都は高位貴族から順に邸宅が王城により近い配置になっている。それだけ国に忠誠を誓う証だったり、高位貴族は魔力が強いので、有事に備えるという意味もあるのかもしれない。


 まずは王家に連なる公爵、次に侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、そして準男爵と騎士爵といった感じになる。


 並び立つ豪華な邸宅の中を馬車は進む。到着するまでに時間があるので、みんなで情報の整理をする。もちろんクララ様が居なくなった理由を知るためだ。


「それで何があったんです? ここまで私たちを巻き込んだからには全て話してくれますよね?」


 侍女姿の私が会話を先導することに違和感はあるけど、気にしない、気にしない。ツェーザル様も偉そうにとは言わず、少しずつ話し始めた。


「実は俺の祖父と親父に子どもができたことを報告しておいたら、突然昨日来やがった。それでまあ、クララに、いずれミュラーの後継になるだろうから男児でなければならないとか、魔力量が母親に似ないようにとか、今回駄目だったら男が産まれるまで頑張れとか、クララに重圧をかけるだけかけて帰ったんだ。それで自信がない、子どもが産まれても祝福されるのか、ってクララは心配していた。だから俺も、そんなことは気にせず元気な子どもを産んでくれればそれでいいと言ったんだが……」

「……ふざけてますわね。どいつもこいつも。女性は子どもを産む道具ではないというのに。命がけで出産して、がっかりだ、とか言われたら、クララ様は傷つくでしょうし、子どもが不憫に思いますわ」

「本当ですよ。で、ツェーザル様はどうなんです? もし産まれた子が女の子だったり、魔力量が少なかったらじゃあ次、って思うんですか?」


 この子が駄目なら次、と簡単に切り替えるということは、その子の命を軽視しているように思えて気分が悪い。ツェーザル様の返答如何(いかん)では、私はクララ様の味方になる。するとツェーザル様は激昂した。


「思うわけないだろうが! 子どもも大切だし、クララだって大切だ。もし、クララが出産で命を落とすようなことがあれば俺は……!」


 ツェーザル様は想像したのだろう。拳を握りしめて歯を食いしばる。握りしめた拳が震えている。それだけツェーザル様にとってクララ様も子どもも失いがたい存在ということ。それがわかって私の顔が自然と緩む。


「だったらそれをちゃんとクララ様に伝えてあげましょう? きっと今、不安でしょうから」

「ああ」


 ツェーザル様は迷いなく答える。そして馬車はバルヒェット準男爵邸に到着した。


 ◇


「それで? フィッシャー男爵令嬢が私に何の用なんだ?」


 ソファに深く腰掛けた、というか、踏ん反り返ったバルヒェット卿が、伸びたあごひげをさすりながらユーディット様に尋ねる。同じくソファに座っているユーディット様の後ろには私が立っているけど、侍女の姿をしているからか、一切気にも留められない。それはそれで複雑だ。


「今日はお祝いを申し上げに来ましたの。クララ様がご懐妊とのことで、おめでとうございます」

「あ? ああ。ありがとう。だが、何故こちらに? クララは嫁いでこちらにはいないのだが」

「ええ、もちろん存じております。ですが、こちらに伺う前にクララ様のお宅を訪ねたらお留守でしたので。てっきりご両親にご報告に来られたのかと……」


 ユーディット様は淀みなく答える。不審に思われたらクララ様の行方を知っていたとしても教えてもらえないかもしれない。それであらかじめ話す内容を決めておいたのだ。


 バルヒェット卿は何となく腑に落ちない顔をしている。


「失礼ながら、あなたとクララに交流があったとは思えないのだが」

「ええ。最近知人を通じて仲良くなったのです。ですからお父様がご存じなくても仕方ありませんわ」

「ああ、そうなのか。貴族の友人ができて喜ばしいことだ。クララは貴族の自覚に欠けていて、周りから浮いているので恥ずかしい限りだが」


 恥ずかしい? この言葉にはカチンときた。クララ様はバルヒェット卿の見栄のために生きているわけじゃない。だけど、今の私はユーディット様の侍女。黙って話を聞くことしかできないのがもどかしい。


 ユーディット様が言葉を返す。


「いいえ。クララ様は他人の気持ちを考える優しい方だと思いますわ。恥ずかしいなんてとんでもない。ただ、貴族社会というのは、人を陥れたり、相手によって態度を変える方も少なくありませんから、生きにくいだろうとは思いますけど」


 これはバルヒェット卿に対する当てこすりかも、というのは穿ち過ぎだろうか。ユーディット様の静かな怒りを感じた気がした。


 バルヒェット卿は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「優しいだけでは生きていけないだろう。あいつはどこまで甘えた性格をしているのか。泣きつかれて、お前の居場所はここじゃないと突き放したら、更に泣き出す始末で……」

「突き放した? それはいつのことです?」


 ユーディット様の声が険しくなる。それに戸惑ったバルヒェット卿はつっかえながらも答える。


「あ、ああ。今朝だが」

「……それであなたは身重の娘を追い出したのですか」

「追い出すも何も、嫁いだ時点であいつは私の庇護下にはないだろう。帰ってくる方がおかしい」


 庇護下。つまり責任があるから置いていたわけで、責任がない今は養う義理がない、と言いたいのだ、この方は。愛情を欠片も感じられない言葉に、怒りよりも悲しみを感じていた。


 クララ様はどんな気持ちでご実家を訪ねたのか、その後どんな気持ちで後にしたのか。


 思い余って突飛な行動を起こさないか、それが心配で仕方ない。


 ユーディット様はそれでも冷静だった。


「クララ様はその後どちらへ?」

「それは家に帰ったに決まっているだろう。そこにしか居場所がないのだから」


 何を当たり前のことを聞く、とバルヒェット卿は言いたげだ。当たり前じゃないから聞いているのに。もう聞くだけ無駄な気がしてきた。


 ユーディット様は立ち上がる。


「クララ様がいらっしゃらないのなら、失礼いたしますわ」

読んでいただき、ありがとうございました。

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