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届かない言葉

よろしくお願いします。

 相手の嫌なことをして、愛しているなんてよく言えたものだ。結局は愛情を押し付けているだけ。それだとそのうちにクララ様は息苦しさを感じるようになる。


 だけど、私の言葉はツェーザル様には響かなかったようだ。


「……黙れ。何も知らないくせに偉そうなことをぬかすな」

「ええ、知りません。ですが、知らなくてもクララ様が悲しんでいることは感じます」

「話にならない。お前に言われなくても俺が一番クララのことはわかっている。もう黙れ。じゃないと……」

「暴力に訴えますか? わかりました、もういいです。これではいくら話したところで無駄ですから」


 ツェーザル様はガーデンパーティーで問答無用で魔法を放ったような方だ。いくら言葉でわかってもらおうと思っても、聞く耳を持たないのでは意味がない。後はクララ様とツェーザル様の問題だ。


 あっさりと引いた私に、ツェーザル様は怪訝な顔をしながらも「話は終わりだ」と言い、クララ様の元へ帰っていった。


 口火を切ったのはユーディット様だった。


「……あれではまた同じことを繰り返すのではありません?」


 バルドウィン様も頷く。


「だと思う。かといって人の言うことを素直に聞くような奴ではないから、もうできることはないだろう」

「私もそう思います。きっとあの方は何かあってからではないと気づかないのでしょう。クララ様には申し訳ありませんが、私たちにできることはここまでです」


 それぞれが釈然としない顔をしていたけど、仕方がない。


 そして客室で朝食をとった後、笑顔のクララ様と仏頂面のツェーザル様はミュラー邸を後にした。私たちの心に一抹の不安を残して──。


 ◇


「……なんだかやるせないですわね」

「仕方がないだろう。ツェーザルは元々あんな奴だ。クララ様の言葉を聞くだけでも驚きだった」


 ユーディット様とバルドウィン様はやっぱりクララ様のことが気になるようだ。二人が帰ってしばらくは別の話をしていたのにやっぱりこの話に戻ってきた。


 だけど私には他にも気になることがあったので、バルドウィン様に聞いてみた。


「バルドウィン様。ずっと気になっていたのですが、どうしてクララ様のことを夫人ではなく、様で呼ぶのです?」


 立場的にはバルドウィン様の方が上だからか、なんとなく聞いていて違和感がある。ツェーザル様自身、騎士爵を賜っているのなら、奥様であるクララ様は夫人でいいと思うのだけど。


 これにはユーディット様が呆れたように説明してくれた。


「メラニー、あなた気づきませんの? ツェーザルは騎士爵でありながらもミュラーを名乗っているでしょう? 騎士爵は爵位的には下位とはいえ、そちらにも名前があるのにミュラーを主張している。つまりは、自分はミュラーの正統な継承者だと言いたいのですわ。そうなるとクララ様はミュラー夫人。呼んでしまえば、当主自らツェーザルが正統な継承者だと認めることにもなりかねない。呼べるわけがないでしょうに」

「いや、まあ、そうなんでしょうが……。ユーディット様のことは呼び捨てなのに、クララ様は様付けなのが気になってはいたんですよね」


 ここでようやくバルドウィン様が口を開いた。だけどなんだか嫌そうだ。


「あのツェーザルの愛妻だぞ? 呼び捨てにできるわけがない。かといって、さん付けでも馴れ馴れしいだのと怒り出すからこうなったんだ。ミュラー夫人は一人いれば十分だ」


 なるほど。確かに一人いれば十分だわ。私が頷いていると、ユーディット様が半眼になった。


「他人事みたいな顔してますけど、あなたのことですわよ、メラニー。わかってますの?」

「わかってますって」


 たまに忘れそうになるけれど。それはやっぱり夫婦だという実感がないせいだろう。あくまでも私は雇われているだけで、夫婦関係は存在しない。バルドウィン様との間に信頼関係はあると思うけれど──それだけだ。


 いけないいけない。感傷的になるなんて私らしくない。まだまだやることは山積みで、しばらくは雇われ夫人でいられる。


「今度は思い出し笑いですの? あなた、最近情緒不安定ではありません? ……はっ、まさか! あなたも懐妊……なわけはありませんわね。この二人に限って」

「あるわけないじゃないですか」

「あるわけないだろう」


 声を揃える私たちに、ユーディット様は肩を竦める。


「クララ様もそうですが、誰しも自分たちのことは客観的に見ることができないのでしょうね。わたくしにはわかるのに、どうしてあなた方は……」

「何を言っているんだ?」


 首を傾げるバルドウィン様に私も頷く。ユーディット様も思い込みが激しいから、また何か思い込んでいるに違いはないのだろうけど。


「わからないのならいいですわ。ツェーザルといい、あなた方といい、人との距離の取り方が下手な方ばかり。もう少し学んだ方がいいのではなくて?」


 学ぶ? 誰から……。

 頭に思い浮かんで、私はぽんと手を叩いた。


「わかりました! エルンスト様とユーディット様ですね。ですが、顔を合わせれば喧嘩ばかりというのも……」

「そうだな。喧嘩するほど仲がいいとはいうが、私たちには無理だ」


 みるみるうちにユーディット様の顔が赤くなった。眦を釣り上げてものすごい剣幕で怒鳴る。


「何故わたくしとあの男なのです! それに仲良くなんてありませんわ!」

「ええ? だっていつもお互いが相手のことを聞くじゃないですか。そんなに気になるなら直接本人に言えばいいのに」


 いつも相手を気にしているくせに、本人が現れると何でもない素振りをする二人が、私にはどうにも不思議でたまらない。意識しているのがバレバレなのだけど。バルドウィン様も真面目な顔で突っ込んだ。


「いや、メラニー。それができないから私たちを使うんだろう。ユーディットたちも人との距離の取り方が下手ということだ」

「なるほど。お二人も学ばないといけないということですね。ですがそれなら誰を手本にするんです?」

「……いないな。まあ、実地で学んでいくしかないんじゃないか?」

「そうですね」


 バルドウィン様とそんな会話をしていたら、ユーディット様が声を上げる。


「わたくしは違いますわ! あの男が喧嘩腰なのが悪いんです!」

「はいはい、わかりました」

「わかってない!」

「わかってますよ」


 その後もしばらくユーディット様とこんな会話をしていた。そのせいか、自分たちが一体何について話していたのか最後には忘れてしまったのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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