嬉しい報せ
よろしくお願いします。
バルドウィン様はチラリと私に視線を向ける。目があってドキッとした。
夫婦であっても家族であっても、個である限り完全に理解することはできない。それは私にもわかってはいたのだけど……。バルドウィン様への気持ちを自覚したら、バルドウィン様のことが更にわからなくなった気がする。
近くにいるのに遠い。だからこそ、わかり合うために話し合うことは必要。何より、私がバルドウィン様のことを知りたい、わかりたい、寄り添いたいと思っている。
ツェーザル様は違うのだろうか。
「う、ん……」
クララ様が身じろぎをして、気づいたツェーザル様が呼びかける。
「クララ……?」
「……ツェーザル。私、どうして……」
目は開いたものの、クララ様の意識はまだぼんやりしているようだ。顔色も良くない。
そこにお医者様が到着した。ツェーザル様だけを付き添いにして、私、バルドウィン様、ユーディット様は部屋を出て廊下で待機をする。
「大丈夫でしょうか……」
「ああ。悪い病気でないといいが」
「……本当にあの男は! 自分のせいだとわかっているのかしら!」
「まあまあ、ユーディット様……」
顔を赤くして憤慨するユーディット様をなだめていると、中からツェーザル様の叫び声が聞こえた。
病人の前で、とまたユーディット様の表情が険しくなる。
「もう我慢できませんわ! ツェーザル、いい加減になさい!」
ユーディット様が扉を開いて乗り込むと、ツェーザル様はクララ様を抱きしめ、クララ様も涙を流しながらツェーザル様を抱き返していた。
「ちょっ、そんな、まさか……!」
最悪の事態を想像したユーディット様は顔を青くする。私もただならぬ状況を察して、体が強張った。そんな私の手をバルドウィン様は握る。助けを求めるように視線を合わせると、バルドウィン様は更に強く手を握りしめてくれた。
──一人じゃない。
鼓動は忙しくなるけれど、それ以上に安心感があった。私もバルドウィン様の手を握り返す。バルドウィン様が真剣な表情でお医者様に尋ねる。
「……それで、彼女は大丈夫なのか?」
「ええ。ただ最近食事をあまり取っていなかったせいで貧血を起こしたのでしょう。お一人の体ではないのですから、食欲がなくても食べられる時は食べてください」
「え? 一人の体じゃない? それって……」
どういうこと、と私が尋ねる前にお医者様は笑顔で告げる。
「おめでとうございます。ご懐妊です」
え。クララ様をまじまじと見ると、クララ様ははにかんだ。
「最近気分が悪くて食欲がなかったのもあったのですが、なんだかイライラしてしまって。それも妊娠からくるものだったみたいです」
「そうだったのですか……。おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
病気でなくてよかった。とはいえ、元気な赤ちゃんを産むためにも、クララ様の憂いを晴らした方がいいと思う。
バルドウィン様がツェーザル様に話しかける。
「おめでとう。お前が父親になるとは……。だが、それなら余計に赤ん坊のためにもクララ様を不安にさせるようなことをするな。元々はお前が暴力を振るったことに端を発しているんだろう?」
「お前に言われたくない」
ツェーザル様はわかりやすく不機嫌になる。本当に子どもっぽい方だ。クララ様は眉を寄せてツェーザル様の両頬を軽く叩く。
「いい加減にしなさい。こちらに迷惑をかけた上に、その態度。そもそも私が迷惑をかけてしまったのだけど……。ずっとあなたがわからなくて不安だった。妻である私は何も知らないのに、人からあなたが何をしたか知らされる気持ち、あなたにわかる? 私はやっぱり愛されていないのか、話すには足りないのかって、いろいろ考えてしまって……」
「クララ……。悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ。暴力を振るおうと思ったわけではなくて、かっとなって手が出てしまった。だが、その理由はお前を傷つけるものだから言いたくなかった……」
「私はいろいろ言われることには慣れているの。自分の中で大切な人とそうでない人の線引きをしているから、どうでもいい人の言葉にいちいち反応しないわ。だからあなたも大人になって。父親に……なるんだから」
「ああ……!」
実感がじわじわと湧いてきたのか、ツェーザル様は満面の笑みで頷く。だけど本当にわかっているのかは甚だ疑問だ。
ツェーザル様が思うよりも、クララ様はずっと大人で強い。いきなり妊娠がわかっても狼狽えるどころか、それを踏まえた上でツェーザル様と話をしている。きっと芯がしっかりしているのだろう。
「よかった……」
「そうだな」
独り言のつもりだったけどバルドウィン様が同意してくれた。隣を見るとバルドウィン様は目を細めて二人を見ている。
このままツェーザル様とバルドウィン様の関係も改善していけばいいのに。そんな願いを込めて、私は無意識にバルドウィン様の手を強く握っていた──。
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