クララの事情
よろしくお願いします。
「ちょっとメラニーどうしましたの? 顔が赤いですわよ」
「いえ。先日バルドウィン様とも同じような話をしたばかりで……。その節は恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした」
これも嘘じゃないけど、本当の理由は恋愛感情に気づいたからだなんてユーディット様に知られたら、この場でどんな行動を取られるかわかったもんじゃない。
バルドウィン様はふわりと笑う。
「いや。いいんだ。君が家族を守りたいように、私も君を守りたい。一方的では寂しいからね。それに気づいてくれたならそれだけで嬉しい」
うっ。言葉と笑顔が一緒だとすごい破壊力だ。だけど、あの時夢うつつに、雇用主は部下を守る責任があるとバルドウィン様は言っていた。勘違いしてはいけない。私はあくまでも雇われているだけ。そう自分に言い聞かせるけど、先程の言葉が私の頭の中を何度も駆け巡り、気分が浮き足立つのを止められない。
おかしい。私はこんな性格じゃなかったはずなのに……。
恋をすると女は変わる。昔聞いたお母様の言葉がようやく理解できた。
ユーディット様はニヤニヤと笑う。その下卑た笑いはやめてくれませんか。エルンスト様も引きますよ。
「……ふうん。わたくしが心配するまでもありませんでしたわね。何だかんだ言ってうまくいっているようですし」
クララ様からは涙が引っ込んだ。キラキラと目を輝かせて私とバルドウィン様を交互に見る。
「お二人も同じようなことがあったのですか? よかった。私だけではないのですね。ツェーザルは私が何を言っても、クララは心配しなくていい、俺がうまくやるから、と取り合ってもらえなくて……。一方的だとやっぱり寂しいですよね」
「うっ……申し訳ありません」
ツェーザル様の立場だった私には耳が痛い。だけどそれだけツェーザル様はクララ様を愛していて、大切に思っているということ……。あれ?
「そういえば、そのツェーザル様はどうしたんです? それだけクララ様を思っている方が、クララ様を泣かせてそのままとは思えないのですが」
自分が泣かせたなら、尚更放っておけないものではないのだろうか。クララ様はバツが悪そうに口を開いた。
「それが……私が怒鳴ったらツェーザルが怯んだんです。その隙に家の馬車を使ってここまで来た、というわけです。初めに言った通り、ここしか行くところが思いつかなくて」
「ですが、ご実家があるでしょう? それにご友人も……」
ユーディット様が尋ねると、クララ様は自嘲気味に笑う。
「元々ツェーザルと私を結婚させたがったのは私の父なんです。ご存知だと思いますが、父はお金で爵位を買いました。父の先祖に貴族の私生児だった方がいらっしゃったようで多少は魔力もあったこと、それ以上に国に貢献したこともあるのですが、噂ばかりが一人歩きして、お金で爵位を買ったことばかり強調されてしまって……。そうでなければ爵位を手に入れるなんて難しかったはず。だけど、手に入れられたからといって簡単に受け入れてもらえないのが貴族社会。それならと父は正統な貴族と縁を繋ぐことで受け入れてもらおうと考えたんです」
クララ様はここまで一息に話すとお茶を飲み、ため息をつく。
「ですが、正統な貴族が成金貴族と縁を結びたいとは思いませんよね。そこで父が目をつけたのは名門ミュラー伯爵の血筋でありながらも、かつて当主を巡る争いに負けてしまった側の子孫であるツェーザルでした。そうして私たちは政略で結ばれることになったんです。そのため、私は父にツェーザルに逆らってはいけないと懇々と言い聞かされました。だから実家には帰れなくて……。それにそんな成金貴族と揶揄される私たちですから、友人もいません。ただ、この間のガーデンパーティーでメラニー様とお話しさせていただいて、すごく親近感を感じてしまって……。あっ、すみません! 馬鹿にしているわけではなくて……!」
うんうん、わかっていますよ。庶民的と言いたいんですよね。私にとってそれは褒め言葉。それに。
「ツェーザル様はバルドウィン様の又従兄弟です。そうなるとクララ様も私にとっては親類です。頼ってきてくださって嬉しいです」
バルドウィン様の親戚関係は複雑だけど、今はこうしてユーディット様とも仲良くなれた。すごく地道な努力かもしれない。それでもお家騒動にまつわる人間関係が改善していくなら無駄じゃない。それが少しでもバルドウィン様の心を守ることに繋がるのなら。
そう思う一方で、寂しさも感じてしまう。バルドウィン様の憂いが晴れてまた魔法が使えるようになれば私はお役御免。バルドウィン様のために頑張れば頑張るほど、別れの時は近づいてくるのだ。
しんみりとしたのも束の間、またまた執事が来客を告げる。今日は本当に千客万来だ。まあ、誰かは予想がつくけれど。
「ツェーザル・ミュラー様がお見えです……」
「やっぱり」
四人で顔を見合わせてため息をつく。
ところが、執事が案内する間もなく、ツェーザル様はすごい勢いで乗り込んできた。
「クララ! 無事か!」
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