生まれたばかりの恋心?
よろしくお願いします。
「ああああ……」
穴があったら入りたいとはこのことだ。いくら調子が悪かったとはいえ、バルドウィン様の前で弱いところを見せてしまった。恥ずかしさのあまり、私は頭からシーツを被って身悶えていた。
「いつまでそうしていますの!」
怒声とともにシーツが剥ぎ取られた。見ると、シーツを掴んだユーディット様と、所在無さげなメイドがいる。
ついついメイドに同情する。あの剣幕に負けてしまったのだろう。ご愁傷様だ。
「ユーディット様、ひどい……。私は一応病み上がりなんですよ?」
「よく言いますわ。シーツから出て来なかったのは、バルドウィン様とのイチャイチャを私に見られたからでしょう? 夫婦なんだから別にいいではありませんの。減るものじゃありませんし」
「……減りましたよ。主に私の気力が」
思い出してげんなりする。だけどユーディット様は反対に喜色満面だ。
「本当に至れりつくせりでしたわね。何か欲しいものはないか、寒くはないか、私が食べさせてやろう、私はどこにもいかないから安心してくれ……」
「わあああ! もうやめてください! 鳥肌が立ちそうです!」
「鳥肌って、バルドウィン様に失礼でしょう。愛ゆえの行為ですのに」
「違います」
愛……ではない。情だ。バルドウィン様は優しいから、一度懐に入れた相手にはとことん尽くすのだと思う。現にユーディット様だって嫌がっていたのにこうして受け入れているし。
頑なに認めようとしない私に、ユーディット様は呆れ顔だ。
「あなたって素直じゃありませんわね。好きなら好きでいいではありませんの。何故問題をややこしくしようとするのです?」
「よくそんなこと言えますね。だったらユーディット様はどうなんです? さっさとエルンスト様を好きだと認めたらどうですか」
「なっ! わたくしはあの男なんて好きではありませんわ! 邪推をするのもいい加減にしてくださいな!」
「それはこっちの台詞です! バルドウィン様の気持ちなんて本人にしかわからないんだから、邪推をしないでください!」
「わたくしはバルドウィン様だけでなく、あなたのことも言っているのです! 政略で結婚したからといって恋愛をしてはいけない理由なんてありませんわ」
「理由なんて……!」
あるに決まってる。私には社交界デビューもまだの弟妹がいるのだ。親代わりとしてあの子たちが成人するまでは、私にも責任がある。恋だの愛だのにうつつを抜かしている場合じゃない。
それにバルドウィン様とは別れる前提で結婚したのだ。好きになったところで別れが待っているのに不毛だろう。
だけど、これは口にしてはいけない。最後の最後で理性が勝って、私は言葉を飲み込んだ。
「難儀ですわね。あなた自身が自分を縛り付けているように見えますわ。まるで以前のわたくしを見ているよう」
「え?」
ユーディット様は私の顔を見て苦笑する。
「そんな顔しないでくださいな。わたくしがいじめているみたいではありませんか。わたくしが言いたいのは、あなたがわたくしに教えてくれたように、自分を抑える必要はないということですわ。抑えすぎると自分を無くしてしまう。あなたが何を思い悩んで頑ななのかはわかりませんが、自分の気持ちに正直になってみてもいいのではありません?」
「ユーディット様……。まさか、ユーディット様に説教されるとは……。でも、私にも正直に言って自分の気持ちがわからないんです。バルドウィン様のことは、弟妹と同じように守ってあげたいと思うんですが……」
家族同様に大切に思っていることは間違いない。雇用主だから? 自分に問いかけるけど、やっぱりわからない。
「何となくですが、あなたの言いたいことがわかる気がしますわ。異性として意識したことがないからわからないのでしょう。恋愛をすっ飛ばして結婚してしまった弊害かもしれませんわね。だったら意識することから始めればいいのです!」
「え? いや、別に私はバルドウィン様を意識したいわけじゃ……」
「だけど、本当にありませんの? 例えば、相手の言葉に一喜一憂するとか、近づいたり触れるだけで胸がときめくとか、姿が見えないとついつい探してしまうとか、いろいろあるでしょうに」
どきっとした。それって……。思い当たる節がありすぎる。体調が悪くなる前触れで片付けたかったのに、ユーディット様は私の心に踏み込んできた。
──抑えすぎると自分を無くしてしまう。
先程のユーディット様の言葉を反芻する。否定ばかりしていると、私も私の気持ちがわからなくなるのかもしれない。
とりあえずは──好きかどうかはわからない。だけどバルドウィン様にときめいた──という事実を認めることにした。
「……あった、かもしれません。でも恋ではないような……」
ユーディット様は私の目をじっと見る。私も視線を外さないように見返した。
「どうやら嘘ではないようですわね。なるほど。まだ生まれたばかりの恋心なのかもしれませんわ。だから、自分で無理に否定して消してしまわないこと。おわかり?」
「……はい。ですが、何故ユーディット様がそんなに気にするのです?」
「あなた方がうまくいかないと、せっかく大人しくなったお母様が騒ぎ出しかねませんの。そうなるとわたくしにもとばっちりが……」
「それならユーディット様も早くエルンスト様とのことを認めることです。あの方の相手ができるのはユーディット様しかいらっしゃいません」
私がここまで素直に話を聞いたからか、ユーディット様は怒らずに顔を赤く染めて目を伏せた。
「……ええ。腹立たしいと思うのだけど、いないと寂しいなんて、わたくしも自分で自分の心がわかりませんわ」
「そういうものだと思いますよ」
私もやっぱりわからない。心に理屈をつけたところで、理屈の通用しない動きに翻弄されるだけだ。それが、恋心はままならないということなんだろう。
だけど、ユーディット様と話せてよかった。自分の気持ちの整理がついた気がする。
それにしても……初めてバルドウィン様にときめいたらしい後に熱を出すなんて。これってまさか知恵熱というやつだろうか。さすがにこれはユーディット様に言ったら馬鹿にされそうだ。私は遠い目で乾いた笑いをするのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




